あなたのオニをさがしなさい
女は霧の中を走っていた。
わたしはオニ。
オニの追跡者。
己の目処を頼りに突き進む。
マップはいらない。
ここの地形は頭に入っている。
今いるのは≪歴史的視線誘導標≫の廃駅西口から右手へ進んだ五差路。
その中から正面の細い道を選択。
入り組んだ路地の先へ行く。
問題は道のりではない。
追いかけている対象者だ。
白いフォグコートをなびかせて女は追う側の目線で思考を巡らす。
手始めに手近な≪視線誘導標≫に向かうのがセオリー。
でも逃げ出したのだからきっといない。
無意識ならば霧の流れに乗るかもしれない。
感情にまかせたら闇雲だってありうる。
可能性を挙げたらきりがない。
それが霧の捜索なのだ。
しかしたった一つだけ目処の立つ捜索法がある。
自分を見失った者は周りも見えなくなってしまう。
霧の影響も手伝って入ってくる情報が著しく遮られるからだ。
しかしゼロじゃない。
どれだけ霧が立ち込めようとも。
視程が下がろうとも。
迷い人の心理が拾い上げてしまう。
足元から伸びていく。
此処ではない何処かへの誘い。
それが誘い道。
魅入られた者はただひたすらに道を進んでいく。
その先に待つものは何もないというのに。
女は立ち止まった。
遠吠えがしたのだ。
遥かから一度きり。
吠え返しはない。
群れていないのは不幸中の幸いだ。
それでもやり過ごすには空間が狭すぎる。
刺激を与えないように努めはしよう。
しかし近づいてくれば容赦はしない。
携帯していた銀色の槍を取り出した。
左手に力を込めて、 右手を添える。
両脚を開いて右足を踏み出す。
そして爪先と目線を見えない相手に向けた時だった。
「……たい」
微かに人の声がした。
聞き耳をたてていたお陰で運よく拾うことができたのだ。
やはりこの道で間違っていなかった。
辺りを見回しながら物陰を探していく。
歩幅も小さく体力も無い。
力尽きてへたりこむならここいらだ。
廃屋。
垣根。
支柱。
対象は多数あれど霧の中で手探りをするにはむしろありがたい。
ここが空振りでも捜索の網は絞れるのだし。
残念。
ここには居なかった。
さあ次だ。
もう一度耳をすますとすすり泣く声がした。
「……ひっく、 えぐ……」
女は小道に入って声のする方へ急ぐ。
見えてきたのは小さな祠と、 その前でうずくまっている少女だった。
見ぃつけた、 と声をかける。
すると少女はわんわんと泣き出した。
「とてもいたいの。 いたいのがまんしたら、 もっといたいの」
女は少女を抱きしめた。
青あざを確かめるまでもない。
また六尺棒で叩かれたのだろう。
ハンカチを濡らして痛々しい痕を冷やす。
相手も悪気があって振るってるのではない。
それがわかっているだけにやるせない気持ちが込み上げた。
少女のような境遇にあると見ず知らずの者達は言う。
「逃げればいい」と。
女は唇を噛む。
わたしはこの助言が嫌い。
逃げた先で安寧を得られればよい。
しかしそうはいかないのが現実だ。
逃げれば逃げるほどに立ち上がる努力の量が増していく。
それを助言する者は教えてくれない。
それともう一つ。
逃げられない子の配慮が一切ない。
これが最高に許せない。
だからわたしは笑って励ます。
ハッハッハーと胸を張って自信たっぷりに。
「えっ、 なになに、 どうしたのおねえちゃん。 どこかへんだよ」
子供に真顔で心配された。
教わったのとなんか違う……。
どこも変じゃないと注を入れてから、 改めてもう一度。
「ひっさつわざ?」
そう。
わたしがとっておきの必殺技を教えてあげる。
「またいたいのするの?」
ぜんぜん痛くないよ。
激しさも荒々しさも力強さも必要ない。
ちょっとしたコツが必要なだけ。
ちゃーんと教えてあげるから安心して。
「おぼえたらいいことあるの?」
この技は特別なの。
どうしてもお話したい子がいたら、 この技を見せてあげて。
そうすれば必ずあなたに話しかけてくれるから。
「ほんとう? ほんとにほんとう?」
もちろん。
これは切っかけの槍だって、 教わった人が言ってたのよ。
「おねえちゃんもおそわったの」
そうだよ。
とっても怖そうに見えて実際気難しくて。
頼んで頼んで頼み込んで教えて貰っちゃった。
意外と優しくてだいぶ疲れてる……そんな人だったなあ。
「そんなだいじなの、 おしえちゃっていいの?」
もちろん。
大事なあなただから教えてあげるの。
だからね、 話しかけてきた子にもこの技を教えてあげて。
そうすればきっと、 あなたの大事が伝わるはずだから。
「うん! わかった」
いい返事。
じゃあ見ててね。
女は銀の槍を頭上に持ち上げて、 ぐるりと回してから構え直した。
穂にあたる白銀の刃が微かに揺らめく。
まるで湯気でも立つかのように、 少女の目には見えた。
そして弓波心結は喚ぶ。
――鬼の霞戯槍が一角、 一流透貫。
第二部始まりました。 お題は「槍」になります。
構え以外にも技やら派生やら諸々について語ってみようかなと。
一味違った物語を楽しんでいただけたら幸いです。
次のエピソードから主人公パートが始まりますので、
引き続きよろしくお願いいたします。




