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ライブ配信を観よう~決着、 そして~

 爆発するように噴出する土煙と砕けたアスファルト片。

 人間一人が潰れそうな大きい塊から粒子の一粒まで、 ホログラムは忠実に再現して冬一郎の身体をかすめていく。

 霧とは異なる視覚阻害に、 誰もが受験生を見失った。

 カメラマンは一早く再補足する。

 右上。

 宙だ。

 受験生が土煙を切り裂いて現れた。

 跳躍して鉤爪を躱したのだ。 けど、 その位置は――。


『避けて!』


 リリィが再び叫んだ。

 避けられない、 と冬一郎は思った。

 あの風の中で鉤爪をよく躱した。

 しかし跳躍した高さが悪かった。

 上昇速度と下降速度が等しくなる頂点。

 その位置は蛇鶏の目の高さだった。

 くちばしで攻撃される。 空中で軌道変更などできない。

 アスファルト片を避けるため大きく跳んだのが裏目……そう悲観した時だった。


「えっ?」

『えっ?』


 冬一郎を含む視聴者全員が疑問符を浮かべた。

 受験生がくちばしを躱したのだ。


「受けたか?」

『いや受けてない。 くちばし当たってない』

『まさかのまさか。 カイチョー空振った?』

『ははーん功を焦ったな。 ツイてるツイ……んん?』


 状況を飲み込もうと咀嚼していた視聴者達の口が止まった。

 受験生がまた躱したのだ。 確かにマジックスピアで受けていない。

 槍を回すと推力をもって水平に直線運動を行い、 右に飛んで避けてみせた。

 間違いない。 意識的に飛行している。

 その様子に視聴者達は『うおおおおおお』『すげえええええええ』と語彙力が失われてしまった。

 しかし蛇鶏はすぐさま対応してくる。

 首や尻尾を鞭のようにしならせて、 地面に圧しつけるように叩きつけてきた。

 変則的な軌道から避けるように受験生は着地、 一つ二つステップを踏んで、 再び飛び上がろうとした蹴り足が寸前で止まった。

 顎を上げて蛇鶏を仰ぎ見る。

 頭上に降ってくるはずの尻尾が、 寸前でうねるように空を這った。


『この期におよんでフェイント?』


 視聴者は予想外だと驚き、 怪しむように言った。

 野性的な荒々しさから一転、 弱気ともとれる姿勢に誰もが首を傾げた。

 しかし冬一郎は違った。

 攻撃を止めた尻尾から、 フェイントに見せたいという作為的なものを感じ取れたのだ。


「腑に落ちないからこそ目を凝らしてしまう。 なるほど……視線を引っ張ってるのか」


 そう言って冬一郎は己の視線を切った。

 このシーンはアクションにこだわらず、 視野を広げなければならないと、 俯瞰するようにホログラムを見直した。

 蛇鶏は疑似フェイントで受験生が飛び立つのを押し留めた。

 上と下。

 対比される二つの状況から求められるのは、 構図と配置、 イコール目的だ。


「蛇鶏が上を取った。 勝負に出るぞ!」


 冬一郎のコメントに、 リリィが『そのとーり』と応えた。

 蛇鶏は顎下の肉垂に隠していた喉袋をみるみる膨らませていく。

 最も恐るべき攻撃手段である危険有害性特技ハザードスキルの前兆だ。

 今、 喉袋の中では高濃度に圧縮された重霧ヘヴィーフォッグが錬成されている。

 触れるだけで感覚麻痺が生じて一口吸い込めば運動麻痺に襲われる重霧を、 全身で浴びようものなら指一本動かせなくなってしまう。

 しかもただ口から吹きかけるのではない。

 両の翼で扇ぎ、 風をつくって重霧の波をおこす。

 障害物のない平地ではまず防げない。

 文字通りトドメの一撃を放とうとしていた。


『受けて立つ気だ!』


 コメントした視聴者が正対する受験生を指した。

 飛ぶ前に見せた左半身の中段構えだ。

 ただしマジックスピアの切先は蛇鶏の口に的を定めている。

 決して追い詰められた動きではない。

 構えのとり直しが滑らかに過ぎる。

 受験生は初めからこのシチュエーションを狙っていたのだ。

 蛇鶏の喉袋が限界まで膨らんだ。 白熱の刃を蓄光させるマジックスピア。


『さあ、 クライマックスです!』


 リリィの掛け声と同時に動いた。

 刹那。

 開きかけた口に一筋の光が差し込んだ。

 構えを解いた受験生は悠然と飛んでフレームアウトする。

 ホログラムには突っ立ったままの蛇鶏だけが残された。

 ピクリとも動かない。


『……コ』


 VSSが蛇鶏の声を拾った。

 皆がかたずを飲んで見守る。


『ゴゲエエエエエエエエエエエエゴエッオエッオエエエエエエエエエエエエエ』


 蛇鶏はガラガラ声で絶叫をあげると、 喉袋に溜めていた重霧を吐しゃ物のように吐き出した。

 そして胃の中身まで出そうな咳とえずきを繰り返しながら、 ゆっくりと倒れていった。


『絵面が汚い』

『酩酊したおっさんかオマエは』

『リリィちゃんのさいかわ配信を穢すな! 帰レ帰レ』


 視聴者は辛辣だった。

 スカレポがゲロレポとなったことに遺憾の意が示される中、 蛇鶏は力なく立ち上がるとふらふらと千鳥足でフェードアウトしていった。

 哀愁漂う背中に手を振って見送ったリリィは、 スカレポの進行を再開させた。


『えーと、 以上をもちましてスカラシップの行程は全終了となりました。 目測ですが受験生さんの喉焼きはうまくできていたと思います。 一つだけ補足。 いろいろあったので事後説明になってしまいますが、 実はここで最後のチェックポイントがありました。 当然ですが、 焼いたらそれで終わりではありません。 蛇鶏から逃げ切るまでが試験です。 普通はここも手こずるポイントなんですよ。 走って撒かなくちゃいけませんからね。 けど結果はご覧の通り。 蛇鶏が一撃で戦意喪失するくらいの切れ味鋭いカッターショットもさることながら、 やはり語るべきことは人力飛行でしょう!』


 視聴者達も『それそれ』と同意した。

 分厚い本を手に取ったリリィは、 ページをめくりながら話を続ける。


『いやいやーびっくりしました。 ジャンプからの滑空や浮遊ではなく、 スピードが乗った完璧な飛行を見たのはわたしも初めてです。 見事なバルーニングでしたねー』


 ここで機械採点が発表された。 文句無しの満点フルマーク

 試験官の主観採点はこれからだが、 結果は同じだろうと誰もが思った。


『参考までに、 生観戦した仲西さんと丘さんにも評価を訊いてみましたよ』

 リリィが『どうぞ!』と言うと、 カメラマンはくつろいでいた二人に近づいて一言二言、 言葉を交わした。


『えっ、 スカラシップの評価? どうだった丘さん』

『航跡光が全く残らないキレイな軌道、 思いのままに急反転や急旋回する鮮やかさ、 まるでツバメのようでした。 視聴者の皆さんツバメ知ってますか? スズメ目ツバメ科ツバメ属。 霧が無かったころは春にたくさん見られた渡り鳥です』

『野鳥の講義じゃなくて採点だってよ丘さん。 儂は満点あげるね。 文句無し』

『これで不合格ならウチに欲しいですよ。 大歓迎! アカデミー辞退しませんかねぇ』

『ダメ元で誘ってみようか丘さん』

『あちらと近い待遇にすればもしかするともしかするかも?』


 よからぬことを公然と企みだした蛇鶏の会に、 リリィが『コラコラコラ~』と咎めに入る。

 彼女にツッコミさせるとはデキるおっさん達だと、 視聴者の評価も上昇した。

 ふと立ち話をしていた三人が空を見上げた。

 待ち人がやってきたらしい。

 リリィは小さく咳払いして迎え入れるように語り始めた。


『まだ肌寒さが残る早春の季節ですが、 これから何かが起こりそうな、 止まってた時間が動きだしそうな、 そんな期待に胸が膨らむ好レポートでした。 さあ帰ってきたところで自己紹介をしてもらいましょう!』


 ふわりと着地した受験生がカメラに向かって駆け寄り、 フードを脱いでゴーグルを外す。


『女の子だ!』


 視聴者達がにわかに活気づいた。

 ミルキーなピンクブラウンのポニーテールが跳ねるように結わえられて、 深みのある紅電気石ルベライトの瞳が微笑むように光を帯びている。

 紫外線にさらされない霧の恩恵を受けた抜けるような白い肌に、 散りおちた桜色の唇が映える。

 幼さを残しつつも引きしまった顔立ちは明るく朗らかで麗しく、 見ただけで心が温かくなる春陽みたいな少女だった。


百春英莉ももはるえいりです。 宜しくお願いします』


 ぺこりと頭を下げると発言ログが暴走した。

 スカレポ冒頭に匹敵する加速度をみせる。

 だが『かわいい』というコメントの嵐も、 リリィがぱんぱんと手を叩いたらピタリと止まった。 よく訓練された高い集団力を感じさせる。


『はい、 百春さんお疲れ様でした。 さて、 次の受験者は――』


 ここで冬一郎はスカレポから退室した。

 感性が刺激される良い配信だったと、 満足げにホログラムとVSSを閉じていく。

 夢のような時間が終わり、 元の静寂な日常が戻ってきた。

 相変わらずトクマツはノシノシ歩いている。

 すると前方の乗降場に人影が見えてきた。

 耳に馴染んだ快活な声が呼びかける。


「お待たせー」


 そこにはスカレポに映っていた少女、 百春がいた。


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