ライブ配信を観よう~怪鳥と雷槍と日本蛇鶏の会~
『本人からの自己紹介は最後にしてもらうので、 まずはこのまま観ていきましょう』
リリィが進行を始めたので、 視聴者もホログラムの受験生に注目した。
『実戦入試の試験内容は毎年異なりまして、 今年は異形・蛇鶏の喉焼きだそうです。 これは……結構ハードなの持ってきましたねー。 簡単に説明しますと霧を生み出す元凶たる大怪鳥に追っかけられながら口内を撃つ、 という段取りになります。 殺生はしないので苦手な方も安心してくださいね』
≪注釈バルーン≫が立ち上がり蛇鶏の図解を投影した。
霧の中でもはっきりと目立つ真紅の鶏冠と赤髭のような肉垂に、 色のない背景にとけ込むような真っ白い羽毛。 そしてまんまるな毛玉から伸びる淡い黄色をした足とくちばし。
見た目はそのまんま鶏に見えるのだが、一つだけ大きく異なる点があった。
尾骨から伸びる長い尾羽とは他に、 丸々太い爬虫類のような尻尾が生えている。 そのような二足歩行形態が最大身長十メートルまで成長する姿は、 恐竜の後継者として申し分ない威容があった。
『なぜ喉焼きが必要なのか。 それは数も把握できないほどたーくさんの蛇鶏が毎日毎日せっせと霧を吐いてくださいまして、 これを放置していると霧がどんどん濃ーく深ーくなっていくわけです。 だから定期的に喉を焼いて霧を吐けない個体を増やさなくちゃいけないのですが、 本業でも危険を伴う作業なので試験の難易度は非っ常に高めです』
リリィはざわめく発言ログの中から『他にもやり方あるよね』というコメントに気づいて、 手荷物を持つようにホログラム文字を拾い上げた。
『いいとこ突きますねー。 実は遠目から口内狙撃するという方法もあるのですが……口が開くのを待たないといけない、 射線を通していないといけない、 視界のきかない中で長距離狙撃をしないといけない、 と幾つかのハードルがある上に基本待ちなので非効率なとこが難点でして。 ならば多少危険でもアクティブに動いて数をこなしましょうと結論付けられています。 興奮して追っかけてくれれば大口を開けてくれますしね』
≪注釈バルーン≫が閉じられると、 ホログラムに微かな変化が見てとれた。
視界が上下に揺れているのである。
もちろん冬一郎を乗せているトクマツが揺らしているのではない。
撮影するカメラマンが揺れているのである。
冬一郎はかすかな重低音を身体で感じた。
試験場で響いた遠くの地鳴りをVSSが再現したのだ。
近づいてくる見えない標的に視聴者達も緊張を高めていくが、 相対する当の本人は臆する様子もなく静かに立っている。
いきなり画面が動いた。
受験生が横にフレームアウトする。
続いてなにもなくなった白い絵に、 うっすらと影が浮かび上がった。
数は二。
まだ小さく距離がある。
どうやらこちらに向かって走ってきているようだ。
『ご紹介が遅れました。 今回のすぺしゃるさんくす! このスカラシップのため特別にお手伝いしにきてくれました日本蛇鶏の会の方々です』
≪注釈バルーン≫が立ち上がり二人のネームプレートを投影した。
会員名はそれぞれ仲西、 丘と記されている。
顔写真は素朴で気の優しそうな中年男性に見えたが、 どちらも頭の上に野鳥を乗せていた。 気になった視聴者が『なぜだろう』とポツリと言った。
未だ二人の姿は影のままだが、 地響きは確実に大きくなっている。
VSSも一定の長い重低音からドスンドスンと地面を踏み鳴らす音へと転調していく。
『そろそろ受験生さんのところに着きますね』
リリィの言葉をきっかけに画面内が慌ただしく動きだした。
まず二人の会員から光が発せられた。
カウントダウンしているかのように規則正しく点減している。
続いてカメラマンが駆けだした。
ある程度距離を走って再び受験生をフレームに収める。
映された姿は以前より小さく、 傍から離れたのだと見て取れた。
『ここで一つ目のチェックポイント。 誘導役が引っ張ってきた標的をスムーズに受けとらないといけません。 もし失敗するとコントロールを失って逃げられるか、 最悪の場合は無差別に暴れだしちゃいます』
受験生は手に持った得物を頭上に突き上げた。
「おっと」
それを見た冬一郎はフォグコートのフードを引っ張って目深に被った。
次の瞬間、 得物の先端から巨大な光が放たれた。
霧の中では減衰するはずの光源がみるみる膨れ上がって冬一郎を包み込む。
何も感じられない光の中で、 空気を切り裂く音だけが我を誇示するように轟き渡った。
『うっ……しまった! 目がッ』
『まぶしっ』
『目があああああああああああ、 目があああああああああああ』
光の暴力を防げなかった視聴者達が、 悶絶しながらもコメントを書き連ねている。
見上げた根性だと冬一郎は感心した。
『どーですかすごいでしょう! プラズマ増幅器・マジックスピアから放たれた天を衝くような巨大稲妻! そして徒長、 平行、 逆さ放電もない整姿整形された綺麗な雷光直幹! し、 か、 も、 内臓充電無しの体内から直の変換! 急速! 放電! これだけ規格外な超々発電力を持った人は本当に久しぶりです♪』
阿鼻叫喚の発言ログをよそに、 楽し気な様子で状況を説明するリリィ。
なにはともあれ受験生の自作音響閃光弾によって場は強制停止された。
視界を失ってから十数秒後、 光を再現していたホログラムが徐々に色を取り戻し始める。
カメラマンは遮光フィルターを取りはらうと受験生にフォーカスした。
再出力されたホログラムの姿は見失う前と変わらず、 マジックスピアを突き上げたまま立っている。
もう一つの被写体を捉えるべく画面がワイドに切り替わった。
目標補足。
蛇鶏だ。
姿かたちは≪注釈バルーン≫の図解で見たのと然程変わらない。
しかし受験生との距離感が狂うほどの圧倒的な巨体は、 大怪鳥と呼ぶに相応しい異形そのものだった。
『蛇鶏の会のお二方、 ありがとうございました』
リリィは役目を終えた誘導役にねぎらいの言葉をかける。
それは二つ目のチェックポイントが始まったことを意味していた。
蛇鶏は腰を持ち上げて尾羽を立てたまま、 重心を前方へ寄せて頭を低く前に突き出している。
しかしくちばしで噛みつくわけでもなく一向に襲ってくる気配はない。
『行動不能に陥った蛇鶏ですけど、 ちゃーんと受験生さんを再認識して狙いを定めています。 襟で口元隠れてますけど見えるかなー? 雷笛っていう技法を使って目の眩んだ相手にここだよーって呼び止めていたんですよ』
ズームアップした受験生の頭部から口元だけが部分拡大された。
顔の下半分はボリュームネックに覆われているが、 生地と頬の隙間から気泡状をした光の残滓がみてとれた。
きっと鳥を寄せる口笛のように、 稲光を奏でているのだろう。
『これが地味にエラい。 慣れてない人は録音した鳴き声で誘導するんですけど、 雷笛さえ吹ければ蛇鶏はもちろん、 それ以外の異形にも使えますからね。 雷笛は相手を選ばずコントロールできる強みがあるのです』
にらみ合っていた蛇鶏の足が動いた。
「飛ぶぞ!」
冬一郎が叫ぶと同時に砲弾が爆裂したような衝撃力が襲ってきた。
蛇鶏が地面を蹴って跳んだのだ。
続けて嵐のような大風が横殴りに叩きつけてきた。
羽ばたきで生じた羽風が地面に当たってはね返り、 波のように繰り返し押し寄せてくる。 荒れ狂う空気の濁流を再現するホログラム。
その中で風圧に煽られる受験生の姿があった。
右手で掲げていたマジックスピアを両手に持ち直し、 腰の高さで地面と平行に構えている。 攻撃準備前の中段の構えだ。
『きます!』
リリィが叫んだ。
蛇鶏は羽ばたきを止めて広げていた翼をすぼめる。
空気抵抗を減らす構えだ。 揚力を失い落下が始まる。
猛禽類のように頭から華麗に急降下するのではない。
巨体による自重を生かした体当たりに近かった。
まるで隕石のように落下してくる。
しかも衝突三秒前というアンフェアなアクションだ。
受験生もアクションを起こす。
左足を引いて左半身から正面の体位へ。
同時に中段の構えを解いて胸先で水平に携えたマジックスピアをぐるりと回し、 傾いた天秤のごとく斜めに握り直した。
持ち上げた切先から蛇鶏に目を移す。
全体像が視界に収まらないほどの至近。
蛇鶏は落下の勢いそのままに、 受験生を狙い定めて足を伸ばす。
湾曲した鋭い鉤爪が受験生に迫る。
突き立てるなんて試みなどない。
食い込ませるなんて努力もしない。
握って潰して、 踏んで潰す。 潰れろ!
VSSが悲鳴のような破砕音を上げた。




