ライブ配信を観よう~スカウティングレポート~
トクマツの眼がまた明滅している。
冬一郎はもう嫌な予感しかしない。
「亀のネタも尽きたことですし、 動画配信でヒマを潰してはいかがでしょう」
「おいちょっと待て、 今なんて言った?」
「スカレポに新着がきてますよ、 です」
「お前なぁ……」
亀なりのご愛嬌に呆れつつ冬一郎は新たなハードウェアを立ち上げる。
名は霧空間3Dホログラムシステム。
ディスプレイに見立てた霧へ大きな映像が投影される。
宙に浮いた画面ともいうべき空間には、
既に配信サイトのトップページが開かれていた。
指で操作するまでもなく、
トクマツが新着動画までナビゲートしていく。
霧の中で起きた最新情報を紹介するネット配信サービス。
それがスカウティングレポートである。
新発見やデータ解析、 または事件や事故など、
内容問わずさまざまな情報をレポートにまとめて発信している。
特に≪幽玄東京≫の≪禁足二十三区≫内のレポートは人気があり、
配信直後に入場制限が敷かれることも珍しくはなかった。
「データリンク良好。 視聴者が急速に集まってきています」
「急いで入ろっか」
「VOアリとナシ、 どちらで視聴しますか?」
「もちアリ」
「了解しました。 VSS起動」
音声入力のコマンドを受けて、
トクマツは外部スピーカーをオフにした。
それから音声データを振動波に変換して、
冬一郎との接触面から伝わせていく。
『テステステス』
トクマツの声が腰から広がるように響いてきた。
波導音に乗せた音声が耳を介さず直接脳に届けられたのだ。
VSSは音漏れの心配が無く聴覚をフリーにできる利点があり、
霧を歩く上でその恩恵は計り知れないと高い評価を得ている。
『ア~ア~ア~、 ただ今バイブのテスト中』
「尻にクるからマジやめて」
『準備完了。 いつでもどうぞ』
「んじゃスタート」
冬一郎のかけ声で配信が始まった。
軽快なオープニングテーマから快活な女性のタイトルコール。
そして配信用画面枠がリアルタイム構築されていく。
いつも内容によって配置が異なるのだが、
今回のレイアウトはメインスクリーンが最大限に引き伸ばされていた。
これは迫力のある激しい映像を流すときのパターンである。
「外回り確定だな。 こいつはツイてる」
冬一郎の顔に笑みがこぼれた。
≪二十三区≫内の野外配信ともなれば台本もロケハンもない。
……というか人知を超えた領分に一々できるわけがない。
ゆえに、 ただ歩いているだけで緊張あるライブ感が味わえるし、
突発的なトラブルイベントすらも期待できた。
「中継先も生配信なら文句無しなんだが、 まあ贅沢は言うまい」
冬一郎は拡張ウィンドウを開いて発言ログを映した。
視聴者たちが互いに挨拶をしたり予想をしたりと、
思い思いに語り合っているのが見える。
それもオープニングテーマが流れている間だけで、
曲がフェードアウトすると書き込みはピタリと止まった。
よく訓練された高い集団力を感じさせる。
『ハーイ視聴者のみなさーん、 グッドのーむん♪』
冒頭で聞いた声の主がメインスクリーンからひょいと飛び出してきた。
オレンジ色の髪をポニーテールに結んで真っ白いフォグコートを纏っている。
ややデフォルメされた背格好だが優しげでソフトな声質も手伝って、
見た目よりも品と落ち着きを感じさせる女性アバターだった。
『皆さんお天気はどうですか? こちらは真っ白です。 でも雨は降ってないからいい天気なのかな? わたしのとこ快晴だよーって方いましたらコメントしていって下さいね』
ありきたりのようでお約束な冒頭の質問。
どこも永遠に晴れない霧に覆われて久しく、
快晴だよーって方はいるはずもない。
よって視聴者が書き込むコメントは一つ。
「リリィちゃんは今日もかわいいねえ」
冬一郎は音声入力でコメントを記した。
他の視聴者達も一語一句そのままに書き込んでいく。
そうやってコメントが新たなコメントを呼び、
発言ログが滝のような怒涛のスクロールを始めた。
はた目からみれば視聴者の悪乗りだが、
一丸となって話題を逸らしたように見えなくもない。
真偽はどうあれ結果としてリリィと呼ばれたアバターの疑似反応が働いて、
恥ずかしそうに照れたりアワアワと慌てるかわいい姿を拝むことができた。
「かわいいを鑑賞する」
これこそ全視聴者が掲げる唯一無二の共通意識であった。
ちなみにトクマツはこの行動を、
「欲に駆られた都合のいいチームプレーですね」
と呆れるようなニュアンスで評していた。
『さて、 話を戻しますよ?』
コメントがピタリと止まった。
よく訓練された高い集団力を感じさせる。
『お送りするのは春の恒例企画、 アカデミー受験生の先乗り取材です。 今回は数ある学科の中から実戦形式の実技試験を行うスカウト・プログラムにスポットを当てています。 し、 か、 も。 カマタ・ゲートからの発信なのでイコール≪幽玄東京≫≪禁足二十三区≫内の配信になりまーす』
「やったぜ!」
最高のサプライズに歓喜のコメントが溢れる。
『一応、 お約束なので前説しますね。 よいしょっと』
リリィがフォグコートのフロントジッパーを下ろしていく。
中に着込んでいた衣服は白を基調に黒とグレーによるデジタル迷彩が施された、
モノトーンルックの女子制服だった。
すっかりアカデミー生になりきった彼女は、
両手でスカートの裾をつまみ仰々しくお辞儀をした。
それから加速する発言ログを後目に、
リーフレットを開けて概要データを映して見せた。
『アカデミーとは一般教育プログラムを終えた人が更なる知識や技術を身につけるために入る規格外教育機関の総称です。 みんなの中にも通ってる方いるんじゃないですか?』
彼女の問いかけに発言ログが肯定の書き込みで埋まる。
スカレポはただの娯楽サービスではなく、
高度な教養コンテンツという側面がうかがえた。
『アカデミーの中でもスカウト・プログラムはかなり特殊な科目です。 普通の人は立ち入れない危険地帯、 特に霧がより深いホワイトアウト内での活動能力を備えた人材育成に取り組んでいます。 スカレポはそんなスカウトさん達の全面協力によって提供されているわけです。 いつもレポートありがとうございます♪』
「いいなあ。 俺もなりたいよスカウト」
冬一郎は夢見るように呟いた。
すると目前のリーフレットが閉じられて場面が転換していく。
野外撮影だと一目でわかる。
荒れたアスファルトのホログラムが敷かれだした。
『そんなスカウトを目指す人達が受験するアカデミーセレクション、 スタートです』
メインスクリーンに試験場が再現された。
≪二十三区≫内のどこかなのだろうが、
霧の影響もあって位置の特定はできない。
ただ周りに適当な建築物が見当たらないので、
ひらけた場所だという認識はできた。
リリィが手を回すと画面が横に振られて、
アバターではないリアルな人間がフレームインした。
冬一郎は祖父の教えに倣って初見の印象を並べていく。
全身像はちゃんと映されている。
だがロングのフォグコートを着込んでいるので肉体的特徴がつかめない。
フードを深く被っている。
かけているゴーグルは不透明なミラーレンズ。
ジッパーで閉じられたボリュームネックが、
フェイスガードのように口元を隠している。
よって年齢と性別の判断もできない。
右手には銀色を帯びた槍状の得物が握られている。
長さは地面から耳の高さくらいまで。
「あれがヒルマキなら身長は百六十前後か」
深く腰をかけ直した冬一郎は声が乗らないように呟いた。
「拾える特徴が少ないときは、 感性で素早くまとめること」
祖父の言葉を懐かしむように反芻して総括にかかる。
肩幅は広くない。
都市霧用のスカウトブーツも大きくない。
そして背筋がまっすぐに伸びて凛とした佇まいは、
コート姿特有の重厚さを感じさせなかった。
「見た目以上に身が軽そうだが……」
冬一郎は気づいてなにかを言いかけたが、
リリィの解説が始まったので止めた。
『取材中にナイスタイミング! なんと特待生選抜のスカラシップにお邪魔できました』
特待生というワードに発言ログがざわつく。
入学金無料・学費無料はもちろん、
最高水準の機具を無料で使い放題。
求めればトレーナーや栄養士による管理も利用できる。
膨大なデータライブラリの閲覧権限は高レベルを支給。
卒業後のキャリアを見据えたスタートアッププログラムが、
自身に合った教育過程をデザインしてくれる。
才能を示せば厚い待遇を約束されるが、
ゆえにハードルが山のように高い。
アカデミー特待生とはすなわちエリート候補生と同義とされた。
『将来有望と見込まれた即戦力評価の実力はいかに! 先ほど終えたばかりのできたてほやほや♪ 実戦入試の模様を収めてきたのでみんなと一緒に観戦したいと思います。 ナビゲートはわたくし、 VOの東都リリィです。 よろしくお願いします』
「リリィちゃんはホントかわいいねえ」
名乗りをあげたら発言ログを加速させる。
もはやいわずもがなであった。
お読みいただき、ありがとうございました。
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