終報は鎮魂曲を携えて
アカデミーの試験期間が終わってから三日後。
冬一郎はホスピタルの入院個室で暇を持て余していた。
診断は極度な疲労と受けたが、 それだけに回復も早かった。
今は点滴も外されて、 ベッドの上をゴロゴロしている毎日である。
なのに外出許可が下りないどころか、 面会謝絶で部屋から出ることも許されなかった。 通信可能な機器(トクマツを含む)を取り上げられて、 ネットにも繋がれずスカレポで暇潰しもできない。
要するにここは隔離するためにあてがわれた部屋なのだ。
現に窓を覗けば地面は遠く、 脱走防止の意図がありありと現れていた。
この待遇に不平不満が無かったわけではない。
しかし原因に心当たりがありすぎたので、 甘んじて受け入れるしかなかった。
「やあ藪影君。 調子はどうだい」
ドアが開いて弓波が入ってきた。 後ろに紀伊馬も続く。
この二人だけは例外措置として面談が許されていた。
冬一郎にとって数少ない話し相手であるが、 内容はもっぱら試験中に体験したヒアリングで、 こちらからの質問は一切応じることはなかった。
それでも気晴らしにはなったしあらかた話し終えているので、 この息苦しい現状を打破する新しいアクションに期待が持てる。
冬一郎は上半身を起こして頭を下げた。
「こんにちは、 弓波さん紀伊馬さん。 どこも問題ありません。 絶好調です」
「うんうんもう大丈夫みたいだね。 けどもう少しだけここに居てもらうよ」
「あぁ……ハイ」
「道草食ったお前さんが悪い」
冬一郎はぐうの音も出なかった。
「まったくだよ。 アカデミー試験の真っ最中にね、 これだけやらかしてくれたのは君が初めてた。 登壇計画書からの逸脱、 未登録の≪雷神≫発見と接触、 特務への妨害行為多数、 貸出備品の損壊に使用禁止の武装使用。 未知の兵器を発動させた疑いすらある。 常識も規則もことごとく覆してくれた挙句に、 ノルマが足りず不合格ってそりゃないよ」
「いやなんか……本当にすいませんでした」
「けどアカデミー側から打診があってね。 今日はそれを伝えに来たんだ」
二人は手頃な丸椅子を持ってベッドの横に座った。
それから紙の封筒を一通、 冬一郎に手渡した。
表にはなにも記載されておらず、 裏を返すと封緘印が押されていた。
「これは一体……」
「実はね、 君のこれまでの行動……いや功績と言い換えてもいい。 その評価基準はスカラシップに相当すると再考したそうだ。 数々の深刻で異常な事態を、 臆することなく渡り歩いた君の道選びは最良であった。 おめでとう藪影君。 試験合格だよ」
「……ありがとうございます」
冬一郎は頭を下げて礼を言った。
しかし口にした言葉とは裏腹に、 達成感や喜びといった感情は湧いてこない。
手ごたえを実感する前に何もかも終わってしまった、 というのが正直な感想だった。
「弓波よ。 開示してやってもよいのでは」
察した視線を寄こす紀伊馬に、 弓波はうなずいて返す。
「藪影君。 君はたった今、 開示条件を満たした。 これでやっと報告することができる。 君が気を失った後どうなったか、 この事件の結末を」
「教えて下さい!」
冬一郎は身を乗り出して叫んだ。
「まあまあ落ち着いて……順を追って話そうか。 君のバイタルサインはアカデミーがモニタリングしててね。 異変に気づいてスカウトを派遣したんだ。 現着して確認されたのは倒れてる君と倒された≪機械人≫、 稼働中の機械知性が一機、 残骸一機。 機動兵器は発射シークエンスが解除されてウェイト状態のままだった」
「……それだけですか」
「≪雷神≫の親子は確認されなかった。 すぐにその場を去ったんだろうね。 もちろん君の報告を疑っているわけじゃない。 機械知性と交渉して録画データを提供してもらったからね。 しかし何度観ても信じられない光景だった。 まさか母親と子供が違う種族だなんて……そして野性と破壊の象徴たる≪雷神≫が友好的に接してくるなんて――」
「それは!」
冬一郎は思わず叫んでしまっていた。
話を遮られた弓波が目を丸くしている。
「わかっておる。 これも母性愛の発露じゃろう。 彼女はきっと優しいのだな」
紀伊馬の気遣いに冬一郎は一言「すみません」と謝した。
「僕の言い方が悪かったね。 こちらこそすまなかった」
そう返した弓波は≪雷神≫に話を戻した。
「とにかく彼女等が何もせずに去ってくれたのが本当に良かった。 僕達人間の心理的領域を汲んでくれたのかはわからないが、 もしも更なる危害を加えてきたら人食い認定せざるを得なかった。 そしたら我々も後に引けなくなって元の木阿弥になっていただろう。 しかしこうして互いの状況悪化を防ぐことができたんだ。 たとえ関係が振り出しに戻っただけであっても、 僕は大いに期待してしまう。 もしもまた彼女等に逢うことができたなら、 今度こそ友好を深められるのではないかってね」
「そうなれば重畳だがの、 ≪雷神≫自体めったに姿を現さん。 しかも子育て中なんて儂等も初見の超レアケースときてる。 あまり一人に背負わせるな」
「いやぁすみません。 嬉しくてつい……」
≪雷神≫をポジティブに捉える二人を見ながら、 冬一郎は安堵の息を漏らした。
マジックスピアの講習やナナシの話からもっと目の敵にされていると思っていたが、 どうやらあの親子にとっても良い方向に進んでいるらしい。
無事に逃がせたという手ごたえを実感しながら、 またいつか霧の中で逢いたいと祈るように願った。
「次は霧に空いた大穴だけどね、 蛇鶏によって既に塞がれてしまっている」
「いやに対応が早かったのう。 何らかの感覚器官で霧を把握してるのやもな」
「ありえますね。 それが知れただけでも穿った価値はありました。 そしてなにより玉手箱の中身を確認できたのが大きい」
「取り込んだ霧をエネルギー変換して大規模な電力供給を可能とする兵器……か。 こりゃまた扱いに困る難物を土産にくれたものじゃな」
「瞬間的な供給力は機動兵器以上ですが……いろいろと制約が厳しいですね」
「それに恐らく主目的であろう霧の恒久的浄化は見事に失敗したしのう」
翻って渋面をつくる二人を見ながら思う。
スペックに目を通すだけでは真価を知ることはできない。
この身で体験したからこそ自信を持って言い切ることができる――だが今じゃない。 そんな推測や仮説を語るよりも今すべきことがある。
冬一郎は思い切って尋ねてみた。
ずっと身を案じていた、 真価を知るもう一人について。
「あの、 回収された≪機械人≫はどうなりましたか」
二人の会話が止まった。
強い視線を向けられて息が止まりそうになる。
「自死した」
紀伊馬の宣告は慈悲の欠片もなかった。




