生かす者と足掻く者
小さく硬いものが当たる乾いた響き。
閃光弾を浴びたような状況で、 視覚はまだ役に立ちそうもない。
頼りは聴覚。
そこが狙い所かとナナシは推測した。
「右」
音の方向を呟く。
するとまた音がした。
「左」
続けて聴けば流石にわかる。 これは小石を投げる音。
単なる注意力の散らしであったが、 三投目よりも早くナナシは予言した。
「右からの左……と見せかけて後ろ」
後背に人の気を捉えた。
目も耳も全盛期に比べて衰えたものの、 第六感が健在だったことに喜びを感じた。 これほどに生きている実感を得たのはいつ以来だろうか。
頼りきっていた複合センサーを失ったことで、 逆に生身の感覚が研ぎ澄まされてきた。 この肌のヒリつきも懐かしい。
今なら位置が手に取るようにわかる。 後方三十メートル。
雑木林の木々に身を隠しながら近づいて来ている。
獲物が罠に、 かかった。
「一度読み負けた相手に裏の裏で挑んでどうする。 そこは裏の裏の更に裏だぜ」
霧が深くても身を隠せる場所があれば隠したいのが心理。
霧が無くなればなおのこと有効活用したいだろう。
ナナシが一か所だけ開けた穴は雑木林。
障害物という誘惑でこちらの領分におびき寄せたのだ。
一度踏み入ってしまえばしめたもの。
不整地であるがゆえ物音一つ立てずに進むのは至難。
そう思った傍からパキリと乾いた音がした。
枯れ枝を踏み折ったに違いない。
未だ視力は戻らないが聴覚は冴える一方だった。
「決まりだ」
ナナシは左手に内蔵された光の盾を起動させた。
モードは対電撃をセレクト。
増幅させた生体電気を電流のごとく放つ攻撃に対して、 指向性な磁界を形成して流れを捻じ曲げる機能を備える。
体に染み込んだごく自然な選択だったが、 長年培ってきた経験的な直感は否と告げた。 何かがおかしいと訝しむ。
念のため喉を潰して直風もへし折っておいたのに、 生体電気を憂慮する必要がどこにあるというのか。
「マズイ」
このまま背を向けていていいのかと迷う。
油断を誘って引きつけるのは、 予備のスピアを想定しての事。
それも勝負手はたった一つ、 錬成刃で挑むしかないと確信していた。
だが読みが外れたのなら、 これ以上近づかせてはマズイ。
隙のない相手を間合いに入れてはマズイ。
藪影に不意討ちを許してはマズイ。
情報を再整理せねば。 振り返って確認せねば。
急げ、 今すぐ、 早――。
「なんだッ、 クソ! 視界が――」
振り向きざまにナナシは眩い閃光を浴びせられた。
狙いすました正確なタイミング。
遮光フィルターで防げなかったのはメットを喪失していたから。
現状は思っていた以上に深刻な問題をはらんでいた。
藪影に読みを通されているのはもちろんだが、 自作の閃光弾を撃ち出せる程の生体電気を得ている。 一体どこで――思考を遮るように力強い足音が耳に響く。 藪影が隠形を解いて突進してきた。
「やはり接近戦!」
「KILLコマンド!」
有無を言わせず特攻を唱える藪影。
絶対にありえない選択だと、 ナナシは眉間に力を込めて瞼をこじ開けた。
かろうじて確保した視界に溢れんばかりの電光が押し寄せてくる。
しかも放電の末端が淡紅白色という特徴的な色遣い。
銘の由来にもなっている華やかで儚げな現象。
藪影の得物がハイグレードならば一つの仮説を立てることができる。
これだけ膨大な電気を生み出すには相応の霧が必要になる。
そう、 たった今消失したばかりの≪不透明な物質≫をエネルギー変換すれば丁度いい位だ。 最高級殺傷兵器として申し分ない程に。
「だから継承した春風を、 ギリギリまで伏せるために――」
「ナンバーNINE!」
「オレの視線を引っ張ってたのか!」
「オォォォォォォバァー、 クロォオオオオオオオー!」
藪影の命で春風の四指が開かれる。
切っ先に溜めていた雷の球体も四方に広がっていく。
出で立ちは雷槍に備わった雷爪そのもの。
奥の手に恥じぬ殺傷力は一度握られたら最後。
対象に全エネルギーの高電圧大電流が叩き込まれる。
人間の抵抗力や≪機械人≫の耐電処理、 ≪雷獣≫の超回復力すらも意味を成さない。
猛威を振るう電流は体組織を破壊しつつ、 生体電気が伝える電気信号を狂わせる。 脳から発せられた指令が届かなければ、 身体が動かなくなるのは必定。
猛禽類が鉤爪で獲物を捉えるがごとく、 オーバークローとはそういう武装なのだ。 躱さなければならない。
ナナシは前屈みぎみだった姿勢を後屈させた。
そのまま倒れながら膝を曲げて伸ばせばいい。
後方に大跳躍して大池を飛び越えればいい。
そうすれば今のヤツでは追ってこれない。
機械の身体だからこそできる芸当。
特務も利己も何もかも諦めて、 全てを放り投げれば助かる。
なのに身体が動かない。
神経を介する情報伝達が何かに阻害されている。
――貴方はどうしたいの――
女性の声がした。 VSSではない。 己が胸の内から。
「心結」
左足を後ろに引く。
倒れまいと大地を踏ん張り、 力強く蹴り上げる。
影を振り払うように突き出した右拳は――藪影に届かなかった。
鉤爪に捕まった機械の身体へ容赦なく電流が送り込まれる。
焼かれていく。 力も、 矜持も、 想いも……願いも。
しかし灰となった燃え殻の中に、 一つだけ残るものがあった。
余燼に焦がされながらそれは言う。
右腕を突き出せ。
錬成刃を伸ばせ。
遣い手は槍の先に必ず在る。
春風に沿って刺し返すのだ。
燃え尽きる前に示せ。
貫いた瞬間こそが槍遣い最大の隙。
藪影よとくと見よ。
死んでも殺す刺し違える覚悟を。
最後の意地を!
「ブレード!」
再錬成した刃部が、 春風の柄をなぞるように伸びていく。
マジックスピアは優秀な装備である。 兵器としてはもちろん、 抜群な処理能力から生命維持装置と形容しても何ら遜色はない。
それだけにスピアユーザーは早々に手放すという選択を、 否、 咄嗟の判断が下せない。 腕に覚えのある槍巧者も、 ただの未熟者も、 等しくこの落とし穴にハマる。
なのに刺さったという感触が一向に返ってこない。
考えられることは一つ。
「拠り所すら手放してみせたか!」
懐に潜り込んだ冬一郎が拳を繰り出す。
どこまでも真っ直ぐな軌道はナナシの頬を捉え、 固く食いしばった上顎と下顎は、 貫通した衝撃に無理矢理こじ開けられた。 この一撃が誘因となって身体は完全に自由を失い、 糸が切れたように両膝をつく。
それは首から下の主要回路を悉く断たれ、 制御を喪失したことを意味した。
同時に機動兵器とのデータリンクも維持できなくなり、 発射シークエンスも中断、 停止させられた。




