藪影を継ぐ者
「貴方はどうしたいの?」
黒髪の女がそう尋ねた。
ただ任務を遂行するだけだと答えたら、 そうじゃないと返されてしまった。 自分が自分を見失わないコンパスの問いだと説くので、 何を偉そうにと師匠面したおでこを指で弾いてやったのを覚えている。
女は凄腕のシューターを兄に持ち、 自身も引けをとらない槍巧者だった。
自分にとっては孫くらいに歳が離れていたが、 顔に似合わず態度や口ぶりに円熟したものがあった。
その上明るく面倒見もよかったので慕う後進は多かったし、 地に足のついた身持ちから目上の者にも覚えが良かった。
とにかく向上心が強くて藪影の教えを乞うために足しげく訪ねて来た。
最初は軽くあしらっていたが、 あまりのしつこさに根負けして技の幾つかを授けてやった。 ただし純粋なスカウトではなかったので、 藪影の本懐ともいえる術や芸には一切触れなかった。
しかし今にして思う。
もし教えていたら命を落とさずに済んだのだろうか。
でも死地に飛び込んだのは間違いなく女の意思。
無理強いも命令もしていないし、 そもそも現場に居合わせたことすら預かり知らぬことだった。 仕方がないのだ。 これも運命なのだ。
それでも考える。
指導を受けているときはとても楽しそうで、 悪戦苦闘しようとも笑顔をたやさなかった、 そんなアイツに何を手向ければよいのか――不肖の弟子、 弓波心結に捧げる鎮魂の花を。
手甲から伸びた錬成刃がバラバラと崩れ落ちてゆく。
ナナシは振り下ろした拳を引き上げた。
「無理か」
地面に転がった≪雷神≫が鋭い眼光を放っている。
そして彼女の後背に控えるは大池の主ともいうべき充電機。
片膝をついて降着姿勢をとってはいるが、 全高六メートル弱ある人型の二足歩行兵器である。
激戦を潜り抜けたのであろう、 頭と左腕を脱落した痛々しい形姿が雄弁に物語っている。
それでもなお稼働状態である人型マシンは、 右手を模したマニピュレーターで≪雷神≫を地面に抑えつけていた。
その様子を苦々しく見つめていたナナシだが、 折れた錬成刃を叩き割って手頃なベンチにどっかと座った。
強靭。 ナナシの頭にはその言葉が占めていた。
≪雷神≫をこれだけ弱らせてもなお、 刃を刺し通すことができない。
かといってこの機械の腕力では、 首一本折ることすら敵わない。
結局は二発目しかないと、 ナナシは充電機に目を向けた。
射撃準備が整うまで後もう少し。
次は撃たない。 暴走させて丸ごと吹っ飛ばす。
「キサマも、 オレも……ここで降壇するのだ。 次代のために――」
ナナシの通信デバイスが立ち上がった。 着信コールだ。
差出人は藪影辰彦。 この搦め手はどちらの思惑だろうか……これから任務を全うしようというのに、 当の本人はどこか楽し気ですらあった。
一先ず通信防壁を敷いてから、 テキストメッセージで受信した。
駆け引きはもう始まっている。
『やあオッサン』
「ようヒヨッコ」
通信データを洗っても攻撃的な混ざり物は無し。
普通に接触してきたので音声入出力だけは立ち上げた。
ただしメットの内部のみに限定して外部には漏らさない。
『忙しいところ申し訳ないね』
「別にいいぜ。 手は空いてるしな」
わかりやすいカマカケだなと、 つまらなそうに頬杖をつく。
『どうしても伝えておきたいことがあったんだ』
「聞くかどうかは内容如何」
『じいちゃんの最後の言葉……ってのはどうだい』
「……ほう」
『オッサンもじいちゃんの弟子なんだろ? なら教えておくべきだと思ってな』
「フッ、 趣向を凝らしたなヒヨッコ。 そいつは確かに捨て置けないネタだ」
ナナシはベンチの背もたれに身体を預けた。
はぁと一息吐いた冬一郎は、 過去を偲ぶようにポツリポツリと語り始めた。
『じいちゃんの末期は寝たきりでね。 ずっと窓の外を眺めていたよ。 代わり映えしない真っ白な景色をさ。 けどたまにね、 天候の変調や横切った鳥について教えてくれた。 だからお返しってわけじゃないけど、 俺も霧の中に土産話を探しに行ったんだ。 そんなやりとりが半年続いた後、 とうとうじいちゃんの容体が悪化してな。 危篤に陥ったって知らされた俺は、 ずっと病室に居て待ってたんだ。 じいちゃんは必ず帰って来ると信じて……そして帰って来た。 意識を取り戻したんだ。 じいちゃんはやっぱり凄いと尊敬の念を抱いたよ。 手招きするから少し誇らしげに近寄ったのを覚えている。 じいちゃんが呼んだのは他でもない。 最後の言葉を伝えるためだった』
一寸間を置いて――。
『じいちゃんはこう言った。 ちょっと雲の上を見に行ってくる。 どんな景色が拝めるか楽しみだ……って、 笑いながら頭を撫でてくれたよ』
「雲の上……そうか」
黙って耳を傾けていたナナシが、 うわ言のように呟いた。
『じいちゃんが亡くなった時さ、 俺は悲しくていっぱい泣いたよ。 そしてもしかしたらと霧の中を探したんだ。 またいつもみたいにかくれんぼをしていて、 見つかるのを待っているかもしれないって。 そんなわけないのにな。 しかし当時の俺は本気で見つけ出そうと、 持ち得る知識と技術を総動員して探し回った。 でもいないものはいない。 当たり前だ。 納得して諦めるまでずいぶん時間がかかった。 けどさ途方に暮れて悲しみが深くなるかと思ったら、 そうはならなかったんだ。 なぜだと思う?』
「……感性が麻痺した」
『違う。 巡る処々に楽しい思い出しかなかったからだ。 足跡を辿っている間だけはじいちゃんが傍らに立って語りかけてくれる……たとえ記憶から生まれた幻想であっても、 傷心の子供心には淋しさを上書きするだけの嬉しさがあった。 その根源はどこにあるか考えて一つの結論に達した』
「それは?」
『じいちゃんの笑顔』
「笑顔……」
『そう。 じいちゃんが最後に笑ってくれたから……笑って別れてくれたから、 孤独を改めて実感しても悲観しなかった。 きっと俺とじいちゃんは正しい別れ方をしたのだろう。 だから思うんだ。 じゃあ二人の子はどうなんだ? 今まさにオッサンの手で間違った別れ方をしようとしてる。 それが俺は、 許せない』
「ククッ、 ククククククク……」
『だからアンタを止めてみせる!』
「そうだそれでいい! なんだ言えるじゃないか」
藪影辰彦は常に説いた。 感性の在り処はどこなのかを。
頭でこね回さない。 相手にも求めない。 答えは常に胸の内にある。
ヒヨッコよ、 最後の後継よ。 キサマはそのことに気づけたのだな。
『行くぜ、 オッサン』
「来い、 藪影」




