槍主継承の儀
どちらも直風より二つ多い四つのカートリッジがセットされている。
スタンダードの上位モデル、 ハイグレードタイプのマジックスピアだ。
武装としては確かに申し分ない。 ただ二本とも機能停止しているのと、 もう一つ重要なハードルがあることを冬一郎は知っていた。
「ハイグレードはユーザーの権限管理が厳格だったはず。 赤の他人が無断で遣える代物じゃないぞ。 どうにかする手立てがお前にあるのか」
「お任せください。 特別な手段などではなく、 れっきとした仕様がございます。 ハイグレードモデルは自由度の高い拡張性からワンオフに近い運用が想定されています。 事実上の専用槍になるのですから自然とユーザー登録数も絞られるわけです。 そこで問題となるのが人間様の耐用年数になります。 一生の長さはマジックスピアよりもはるかに短い。 ゆえに次の担い手へ継承し続ける仕組みを用意したのです」
「継承……それがお前の手立てか」
「そうです。 マジックスピアの、 しかもハイグレードモデルに至ってはこの時代の最高級殺傷兵器になります。 誰でも扱って良い代物ではありませんので、 選別は当然ながら行われます。 わかりますか? 持ち手が槍を選ぶのではなく、 槍が持ち手を選ぶのです。 マスターはこれから槍主継承法に挑んでもらいます。 この試練を乗り越えられれば、 再び霧の舞台に登壇することも叶いましょう」
「……試練とは何だ?」
「それは握ってみればわかります。 ユーザー未登録はこちらです」
トクマツは繋がったスピアの片方に首を伸ばした。
「彼女が所持していたやつだな」
「銘は春風です」
「春風……こいつさっき起動してたよな。 誰か登録されているのか?」
「されていません。 あの時はフィレンツェの特例措置でしたので」
機械知性体による上位権限ならば、 どのような機器にも介入が可能である。 当然トクマツも特例措置をとれるし、 実際ソーサリングへの進入もしてみせた。 なのにこの場では講じる素振りも見せない。
全ての答えは春風の中にあるような、 予感めいたものに背中を押されてマジックスピアのグリップを握る。
連結されたスピア二本分の総全長は三メートル以上。
そんな長柄の末端を地面から離すようにゆっくり持ち上げた。
「上級オーダー、 槍主継承の儀」
トクマツの音声入力を受けて、 ロックしたシステムに再起動をかける春風。
戦闘継続を想定しているのか、 静音化を効かして起動音も発光色も発しない。 しかし確かに目覚めた。
グリップから掌を通して強い鼓動が伝わってくる。
機械仕掛けの槍に魂でも宿っているかのように。
直風にはここまでの感触はなかった。 本来はそれが正しい。
電子機器に生命力などあるはず無いのだから。
『貴方はどうしたいの』
女性の声がした。 頭の中に直接聞こえてくる。 VSSだ。
語りかけてきたのは春風。 質問自体は至ってシンプルである。
それでも冬一郎は即答を避けた。 なにをしたいかであれば力を欲する動機を答えればいい。
しかし、 いやきっと、 春風の求めてるのはそれじゃない。
悲哀に満ちた声音と荒い息気が、 とぎれとぎれに聞こえる。
トクマツは継承と言った。 間違いない。 この声は亡き春風の主だ。
そう理解すると春風が急に重く感じられた。 まるで魂という見えない力が加わったみたいに。
苦し気な様子からおそらく命を賭しての問いかけだろう。
冬一郎は呻くような声を上げた。
「――じいちゃん」
春風への回答ではない。 冬一郎も問うたのだ。 なぜここへ導いたのか。
自分にどうしろというのか。 しかし祖父ならきっと「答えは胸の内にある」と諭すだろう。 そう思った時だった。
身体を貫くような――一瞬の閃きが疾ったのは。
「ああ……そうだったのか」
胸に手を当てる。
「思い出した……俺の中に遺された原点……俺のすべき答え……」
グリップを強く握り締めて、 冬一郎は叫んだ。
「であれば、 やるべきことは決まっている。 俺はあの子達を助けたい!」
これが嘘偽りない今の気持ち。 たとえ認められずとも悔いはない。
これは生き方の問題だ。 他人の求める答えを忖度してはいけないのだ。
相手が命を賭けるのならこちらは人生を賭ける。
それで釣り合いが保てるはず。
さあ春風よ。 答え合わせといこう。 藪影冬一郎が問う。
貴女はどうしたかったんだ?
突如、 春風の形状に変化が起こった。
KILLコマンドが解かれてオーバークローの四指が格納し、 マウントユニットを前方にスライドさせて、 精密機器の内部構造を露呈させた。
剥き出しの再生用レーザー装置から投影されるホログラム。
左右一対。 それがみるみる伸びて折り返し、 翼の形に成型されていく。
大きくなるに連れて羽根文様が浮かび上がり、 よく見るとそれは故人のフィジカルデータだった。
春風が大きく羽ばたかせると羽根が一枚、 また一枚と散っていく。
春風から解放された彼女は、 これでやっと眠りにつけるのだろう。
たとえ仮初の魂であってもどうか安らかにと、 冬一郎は祈った。
『あの子を……お願い』
そう言葉を残して、 最後の羽根が散って消えた。
「やはり……貴女は寄り添ったんですね……」
春風の翼が生え変わった。 託された想いはこの槍と共に継いだ。
あとは成すだけ。
冬一郎は前を向いた。 無言でうなずき、 目配せを送る。
「では準備をしましょう」
甲羅に横半分の亀裂が入り、 上部分がせり上がった。
まるで大昔のカプセルトイみたいなギミックだったが、 カプセルから出てきたのは玩具と呼ぶには物々しい外観をしていた。
変形自体は初見だったが、 中身には見覚えがあった。
マジックスピアの基幹部に酷似しているのだ。
その装置は粒子を光の速さまで加速させる機能を持つ。
手槍のサイズでも十分な威力を持つのに、 この大きさではどれだけの高エネルギーを生み出せるか想像もつかない。
それも生体電気があればの話だが……。
冬一郎は痛む首に手を当てて尋ねた。
「春風とそいつだけで……いったいどうする気だ」
「世界をひっくり返すのです」
トクマツは無機質な声でそう告げた。




