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闘争の爪痕も癒せないまま

 口の中に異物がある。 噛みしめると砂利の味がした。


 軋むような痛みと不快さで冬一郎はようやく瞬いた。


 身体を労わっている余裕はないと、 痺れる腕を支えにして起き上がった。


 ナナシと≪雷神≫の姿が見当たらない。


 あの時、 ナナシは光学兵器を撃った。


 人一人を消し炭にして余りあるほどの強大な光線を。


 地面を抉ったわだちの痕が破壊力を物語っている。


 無謀だと理解していても飛び出してしまったが、 こうして無事であるということは防いでくれたのだろう。


 自分というよりも、 きっと――。


「あの子たちは!」


 彼女が護った掌中の珠を探すと、 草影に震えてすすり泣く姿があった。


 立ち上がって歩み寄ると、 抱き合ったまま涙目でこちらを見返してきた。


 恐怖を通り越した目だ。


 達観ではない。


 諦め。


 無抵抗。


 全てを受け入れる。


 この後、 自分達の身に何が起きようともかまわない。


 ただただ悲しくて何も考えられないから。


 死の覚悟ではなく依存。


 とても見ていられない。


 見たくもない眼差しを向けられて、 冬一郎の胸は凍りついた。


「ごめん……ごめんよ。 こんなつもりはなかったんだ」


 思わず手を伸ばしてしまった。


 心底怯えている相手に気安く触ってはいけない。


 種族が違えば尚更である。


 母親を害した同類と思われていたら、 激しい恐怖に取り憑かれかねない。


 だが二人の子は逃げるどころか、 たじろぎもしなかった。


 そんな姿がますます哀れで罪悪感が満ちていく。


 だからこそ冬一郎は問わずにいられなかった。


「見せたかったのはこれかよ、 じいちゃん……答えろよ、 フィレンツェ」


 フィレンツェは地面に転がってピクリとも動かない。


 完全に機能停止している。


「マスターご無事で」と代わりに応えたのはトクマツだった。


「お前も無事でよかった。 状況報告しろ」


「≪機械人≫が≪雷神≫を制圧しました。 互いにバイタルサイン著しく低下中」


「彼女はまだ生きてるんだな?」


「はい。 ですがオーバーロードによるフルパワービームでしたので、 互いに大きなダメージを被っています。 そして目前の充電機はオーバーリミットによって先程、 機能停止を確認しました」


 役目を終えて眠りについた小池の守護者を見る。


 ナナシは≪給電領域≫を利用して己の攻撃力を超えた一撃を放ってみせた。


 にもかかわらず貴重な一機を使い潰してまで仕留めきれなかった事実は、 ≪雷神≫が異形の王たる所以を証明するものであった。


「今二人がどこにいるかわかるか?」と冬一郎は訊いた。


「大池に移動しています。 そして――」


「わかっている。 二つ目の充電機を使う気だな」


 あのナナシが痛み分けで済ますはずがない。


 大池に擱座された機動兵器を使うのは目に見えている。


 身の丈を越えた力を振るって消耗している今なら、 自分にもできることがあるかもしれない。


 冬一郎は己のマジックスピアを探した。


「マスター。 残念ながら」


 トクマツが首を伸ばした先には、 くの字に折り曲げられた無残な姿の直風があった。


 ナナシの宣言した通り、 冬一郎は既に霧の舞台から降壇していた。


 何もわからず何も成し得ず、 役目を終えてしまった我が身が情けなかった。


 もうできるのは二人の子を逃がすだけ……なのに逡巡してしまう。


 どうにかして止める手立てがないか、 奇跡のような一手を懸命に模索する。


 霧の中で藁などにすがってはいけない。


 祖父から戒められたはずなのに。


 不意に冬一郎の足がよろめいた。


 思考と身体が剥離したのかと疑ったがそうではなかった。


 二人の子がコートの裾を引っ張ったのだ。


 泣きじゃくったまま震える手でなにかを訴えかけてくる。


 フードが捲れた容姿を見て、 冬一郎は狼狽した。


「おまえ達、 その耳……」


 すがりつく男の子と女の子にも獣耳は生えていた。


 雷神の子という証が。


 しかし二人の子が生やす溢れるようなふさふさした耳毛を、 母親の彼女は持っていなかった。


 更にいえばリンクスティップと呼ばれる耳先から伸びた特徴的な毛も無い。


 彼女らを区別するために呼称するのなら、 母親は狼耳で二人の子は猫耳といえた。


 育ての親が産みの親ではないのはよくあることで、 それが異種動物間であっても無くはない話である。


 ただ≪雷神≫としては初のケースだった。


 無理もない。


 ≪雷神≫の子連れ自体が記録に無かったのだから。


「これは流石に予測できないって。 それでもまだ続ける気かよ……オッサン」


「手立てはありますよ」


 トクマツは言った。


 人間味の乏しい冷徹な眼がこちらを凝視している。


 言葉の意味とは裏腹に、 機械的な合成声が悪魔めいて聞こえた。


 また人の心を読んで隙間に干渉しようとしている。


 試練と称して人間様を試すような真似をするのだろう。


 悪辣な罠だ。


 そうとわかっていても飛びつかずにはいられない自分がいる。


「……本当かトクマツ。 この無意味な争いを治められるのか?」


「もちろんです。 今からでも遅くありません。 ただしマスター次第です」


「俺次第……」


 冬一郎は拳を握り締めた。


 痺れは無い。


 握力もまだ有る。


 発電できずとも疲労を撥ね退けるほどの気力が戻ってきた。


 闘志はまだ失っていない。


「覚悟はできましたか?」


「今更それを訊くのか……いいだろう、 やってやる。 だから教えてくれ」


「わかりました。 とりあえずマジックスピアを調達しましょう。 手ぶらで人外の戦闘地帯に乗り込むのは非推奨です。 ましてや生死をかけた闘争に介入するのですから、 最低でも自衛できる手段は必須といえます。 そしてなによりも我々の望む結末へ到達するためのキーとしますゆえ」


「しかし直風はもう……」


「あるじゃないですか。 そこに」


トクマツの示した先に、 打ち捨てられたスピアが二本あった。


お読みいただき、ありがとうございました。

読者を選ぶ物語だとは思いますが、もし気に入っていただけたなら「ブックマーク」と「↓の評価 ☆☆☆☆☆」をお願いします。

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