我らの形に示現せしめしもの
霧を裂いて何かここに降って来る。
蛇鶏のような大気を揺るがす圧はない。
しかし速度が速い。 速すぎる。 躱す暇すらないほどに。
「時間稼ぎご苦労さん。 ホラ、 おいでなすった」
微動だにしないナナシ。
直後、 鋭い雷光が地面へと突き刺さった。
彼女だ。 空には糸のように尾を引いた細い閃光。
着地した足元には揺らめく雷火が広がっていく。
対岸から跳躍してきた脚力は、 生体電気による肉体改造のなせる技。
捲れたフードからふり乱した黄褐色の髪が顕わになった。
頭の上には獣のような立ち耳が生えている。
アーカイブでしか見たことが無い御姿がここにある。
人が造った罪業の化身。 生体電気を生む力はこの世に並ぶ者なし。
霧の王、 ≪雷神≫だ。
「グルルルルルルルルルルルルルルルゥ」
彼女が初めて口を開いた。 唸り声だ。 人のものではない。
腹の底まで響く濁った太い音。 一声でわかる憤怒の表れ。
その矛先を向けられたナナシはまだ動かない。
しかし自信満々だった態度に異変が生じていた。
大木のように真っ直ぐ立っていた体勢が僅かに傾いたのだ。
暗銀の甲冑内に渦巻くのは驚愕、 不信、 そして迷い。
「……なぜその槍を持っている」
彼女は問いに答えない。 当たり前だ。 人ではないのだから。
頭でわかっていても訊かずにはいられない程に自分を見失っている。
それでもやることは一つだと、 ナナシはマジックスピアを構え直した。
「そいつを目撃した以上、 もう逃がす訳にはいかん」
彼女が同様に構えた。 どちらも中段、 人の構え。
ただマジックスピアには声紋認証システムが搭載されている。
人間の言葉でしか命令を受けつけない仕様上、 ≪雷神≫が持っても無用の長物でしかない。
「KILLコマンド・ナンバーNINE」
ナナシの特別攻撃命令に従って、 マジックスピアは変形を始めた。
「オーバークロー!」
マウントユニットが四方に分かれ、 折り畳まれていた部位を展開させた。
次に装着した各々のカートリッジに刃が錬成される。
計四本。 その形状は猛禽類の趾と爪を連想させた。
「KILL-9、 オーバークロー」
どこからか言葉が発せられた。
彼女のマジックスピアもクローモードへ変形する。
≪雷神≫はスピアに命令を下せない。 そもそも正当な持ち主ですらない。
では誰が? 視界の端を赤い影がスッと動いた。
「キサマァ、 邪魔するか!」
ナナシのスピアから光の線条が疾った。
「フィレンツェ!」
光の矢に貫かれた赤い鳥は力なく地面に堕ちた。
マウントユニットに装着されたレーザーカートリッジの発射口が、 まるで目玉のような妖しい光を帯びている。
この隙を彼女は見逃さなかった。 スピアを構えたまま突っ込んでくる。
力強く地を蹴っているのに足音がしない。 ナナシの反応が一拍遅れた。
彼女は自らの生体電気をスピアに流してオーバークローを活性化させた。
大きく開いた四指の間に幾本もの電流が集まって、 雷のエネルギー弾とでもいうべき球体を生成する。
初めはゴムマリほどの大きさであったが、 すぐに彼女の全身が隠れるほど膨れ上がった。 その巨弾そのものをぶつけるかのように突きが繰り出される。
ナナシも雷球を生成するが同サイズまで練り上げられず、 それでもおかまいなしに突き出して迎え撃った。
大小二つの球体が接触して互いを拒絶するようにスパーク光が爆ぜる。
雷撃が四方八方に飛び散る中、 大きな球が小さな球を飲み込み始めた。
ものの数秒で拮抗が崩れて過負荷に耐えられないナナシのスピアが悲鳴をあげた。 逆流した電流にスピアを掴む両手を切り刻まれる。
それでも怯まずにオーバークローの四指を操って彼女のスピアを――鷲掴みにした。 クローとクローが互いを握って組み合った結果、 あれ程に輝きを放っていた二つの雷球が殺傷する意思もろとも霧散してしまった。
緊急物理停止措置によって二本の槍は封印させられた。
「だが!」
ナナシはスピアを手放すと体勢を低くして大股に踏み込んだ。
彼女はまだスピアを持っている。
≪雷神≫の戦い方は無尽蔵に近い都市破壊級の雷撃と、 肉体強化による怪力を振るうところが大きい。 しかし今は型的に槍術という枠で収まっている。
戦い方のサイズがスケールダウンしたといってもいい。
わざわざ彼女からこちらの領分に踏み込んでくれたのだ。
ならば≪雷神≫としてではなく人間として対処ができると、 ナナシは勝機を見い出した。 目的は単純明快。 槍遣いの懐に飛び込むこと。
低姿勢のまま相手の槍を自分の肩で担ぎ、 滑らすように掻い潜って前進する。
「ブレード!」
ナナシが叫ぶと右手甲からマジックスピアと同等の錬成刃が顕現した。
機械の身体だけに許された腕部内臓型の仕込み槍。
奥の手と奇襲を兼ね備えた必殺の一撃が彼女に迫る。
「グゥルアァアァァ!」
彼女が雷鳴のような咆哮を上げると、 錬成刃は粉微塵に千切れてしまった。 錬成者を上回る生体電気で電気液体金属に干渉・分解したのだ。
絶対に貫ける最強の矛でも≪雷神≫の持つ最強の盾には分が悪い。
ナナシは即座に懐からの脱出を図る。
顔面を狙った裏拳を寸手のところで躱すと後ろに跳んで間合いを取り直した。 それを見て彼女は無造作にスピアを捨てた。
≪雷神≫が己の土俵に上がってしまった。
これでもうまともな勝負はできない。
ナナシも当初の予定に立ち戻り、 右手を突き出して構えた。
「キサマが何者であろうが、 母親だというのなら証明してみせろ」
手のひらに邪眼が見開いて禍禍しき魔光を放つ。
視線の先は二人の子。
殺到する光のエネルギーに向かって、 魂から噴き上がる激昂が獣のごとく吼え狂った。




