エモテットアイルレポート
その様子を眺めていたナナシは肩を落とすように呟いた。
「この期に及んでリアクション無し……キサマ、 鬼の霞戯槍を継承しなかったな」
返事のできない相手に、 しみじみと語り続ける。
「不意討ちといえば藪影、 藪影といえば不意討ち。 世間はこう評していたが本当のジジイの強さってのは奇襲した後に繋げる槍捌きにあった。 大体は奇襲で片が付いちまうからなかなかお目にかかれなったけどよ。 ありゃあ本当に強かった。 まさに鬼。 訓練で手加減されても最後まで一本すら取ることができなかったんだぜ」
ナナシの苛立ちが直風に伝わってミシミシと軋む音が響く。
「だからキサマを見つけたときは本当に嬉しかった。 ジジイと別れてから研鑽した力と技の全てをつぎ込んでもう一度あの鬼の霞戯槍に挑める! って本当に、 本当に嬉しかったんだぜ……オレはよ。 逸る気持ちを抑えて細心の注意を払い、 キサマに奇襲する機会を与えないよう、 苦心してここまでやって来た。 それなのに蓋を開けてみればやっぱり半人前の未熟者。 鬼の眼が完璧すぎたからウメヤシキの後も未練がましく期待しちまったよ。 もしやこのオレにブラフ咬ましてるんじゃないかってな。 今の今までそう信じてきたんだ」
怒りを越えて、 失望を通り越し、 落胆に至る独白。
藪影を正しく継承しなかったと叱責されているようで、 冬一郎は返す言葉が無かった。 それでもやるべきことがある。
締められた喉の奥から懸命に声を絞り出した。
「……早……く逃……げろ……」
「二人の子ならホレ、 腰抜かしてやがるぞ。 まったくどうなってんだ。 野性味の欠片も感じねえ。 こちらとしちゃあ都合が、 いいけどなァ!」
ナナシは首を握ったまま力の限り振り回した。
されるがままに人間独楽と化す冬一郎。
視界が暴風のごとく流転していく中で、 へたりこむ二人の子の姿が映った。 確かに野性の本能が抜け落ちている。 今だって一目散に逃げられる局面だし、 逃げてくれれば有難かった。 なのになぜ逃げないのか。
そう、 二人の子は普通なのだ。
≪雷神≫とか≪異形計画≫とか関係ない、 不安に怯えるただの幼子。
彼女が愛情込めて育てたとわかるくらいに。
未熟者が無力さに打ちのめされるくらいに。
「それ…………でも!」
直風を握る手に力が籠る。 踏み足が退けた今なら――。
「その意気やよし。 だが――」
ナナシは更に力を込めて首を絞め上げると、 冬一郎は声にならない声を上げた。 万力のように加圧されて、 もはや呼吸すらままならない。
「オイ知ってるか突きの三急所を。 面、 喉、 水月。 いわゆる三段突きの狙い所なんだが、 ヒヨッコ達スピアユーザーにとっちゃあ喉が一番マズイ急所になる。 わかるか? 声が出せなくなればマジックスピアに命令が下せなくなるし、 息が荒れれば生体発電が乱れてマトモな錬成ができなくなる。 今のヒヨッコのようにな。 おっと充電機に頼ろうとするなよ。 裏試験入ったんだろう? ちゃーんと蛇鶏のコロニーで監視してたぞ」
冬一郎の顔色がどんどん青くなっていく。
理解したことを確認したナナシは、 遠心力を利かして冬一郎をぶん投げた。
ゴムマリのように飛んだ身体は受け身を取れずに、 アスファルトを二度バウンドしてから、 鉄柵に強打する形でようやく止まった。
「ちなみにオレ達≪機械人≫は機械でない生身の部分が弱点な。 わかるか? 面だよ面。 地の構えで足を狙った時点でな、 ハナから勝ち目が無かったんだ。 よってヒヨッコは全ての演目を終えて霧の舞台から降壇したわけだ。 ご苦労さんカマタへお帰り」
「その子達を……どうするつもりだ」
痛む身体を無理矢理起こして、 冬一郎は問い質した。
「答える必要はない」
「人質に、 するつもりだろ。 喉を潰す真の目的は……生け捕りにするためだ」
「答える必要はないが、 確かに今のヒヨッコは無力化されたも同然だなァ」
白々しく仮定を置いて答えるナナシ。
我が身の不甲斐なさを思い知らされて、 やり場のない怒りが一気にこみ上げてきた。 震える声音に燃えるような憤りが滾ってくる。
「幼い子を利用してまで彼女を害したいのか。 こんなもの人間のすることじゃない!」
「いいや違うぜヒヨッコ。 人間だからできるのだ。 この罠は大昔のウルフハンターが考案した古典的手法を拝借したものだ。 そして実際の手段はもっと狡猾で残忍だったって記録にある。 そういう意味ではオレなんて専門家とは程遠いもんだ。 生き餌にしてるだけ有難いと思ってもらわにゃあ」
「アンタにそんな殊勝さがあるとは思えない」
「なんなら事が済めば二人の子を解放してやってもいい。 ターゲットはあくまで≪雷神≫。 母親よ。 コイツのためにどれだけ手練れをつぎ込んだことか。 人間と≪雷神≫には長い長い闘争の歴史があるんだぜ。 そういえば紀伊馬の弟子共も関わったっけな」
「……紀伊馬……?」
興味を惹く話題を提供されている。
頭でわかっていても問わざるを得なかった。
「≪エモテットアイル≫レポート知ってるよな。 ≪雷獣≫に襲われてる民間人を若いファイター達が命を賭して救ったっていう美談のやつよ。 あれな、 実は紀伊馬の弟子共がとある≪雷神≫を襲撃した戦闘レポートなのさ」
「そんな馬鹿な……」
「そう、 そんな馬鹿なだ。 弟子共は救えてなんかいない。 救ったのは尻ぬぐいをした紀伊馬だった。 肝心の連中は返り討ちにあって玉砕しちまった。 そんな様だからレポートは辛辣だぞ。 そもそもの起因は戦場をコントロールできなかったことにある。 だからありとあらゆる人間を巻き込めるだけ巻き込んだ挙句、 ≪雷神≫を殺り逃がす結果になってしまった、 ってな。 普通に考えたら未熟な青二才が異形の頂点に挑むなんておこがましいにも程がある。 しかし千載一遇のチャンスがやってきて連中は大博打に出た。 わかるか? もう耐えられなかったんだ。 雌伏の刻という人生の閉塞感ってやつにな。 なんでもいいから早く終わらせて楽になりたかったんだ。 まあ、 気持ちはわからんでもないがな」
「……オッサン?」
「だからよ≪雷神≫は弱みを抱えているから倒すなら今だって教えたんだ。 オレが」
「弱みって……まさか、 まさか」
冬一郎の歯がガチガチ音を立てた。
地に垂れた直風も慄えが止まらない。
「すぐに察するところは流石だぜ。 よく足で稼いでいる証左といえよう」
「それは野性の掟だろうが! 人間がベラベラと得意げに誇るものじゃない!」
「キサマこそ同じ話を繰り返すな。 人間だからできるのだ。 大っぴらには言えんことだが、 オレは弟子共を褒めてやりたい。 結果は大惨事となったが、 しっかり≪雷神≫に一矢報いたからな。 連中が削ったお陰でようやくトドメを刺す目処が立ったのさ」
「そのために多くの命が失われて、 あいつも天涯孤独になって……。 ウメヤシキじゃ任務に忠実だと言ったな。 アンタ、 自分は罪を犯しているという自覚があるのか?」
「オレは無理強いも命令もしていない。 決断して実行してヘマしたのもオレじゃない」
「だけど誘導して操った!」
「確たる証拠は無いし、 機械知性も黙認している。 だろ?」
「アンタは……」
何かを言いかけた冬一郎は上を見上げた。
風を切る音がする。




