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霧には霧の火が灯る  作者: 風山十五朗
第一部 五章
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追跡者の罠

「いようナナシのオッサン奇遇だなあ」


 冬一郎も調子を合わせて遣り返す。

 だが言葉通りには思っていない。 あまりにもタイミングが良すぎる。

 つけてきたのは間違いないだろう。

 ナナシもそれと悟ったのか頭をかくフリをしてありのままを弁解した。


「まったくだぜ途中で見失っちまってよぉ。 再補足するのに難儀したわ」

「うまく撒けたと思ったんだけどな」

「いきなり爪楊枝(直風)のシグナルが消失した時は頭かかえちまったぜ。 もうこの手は使えんから教示しといてやるけどな。 ゴミを捨てたらゴミ箱も綺麗にしとけよ」

「ウィルスが残ってた?」

「ご名答」


 メットを揺らして笑うナナシ。

 正直、 搦め手を駆使して近づいて来るとは予想外だった。

 図体に似合わぬと思いつつも祖父の薫陶を受けた“らしさ”を見せつけられて、 冬一郎の緊張感は一気に高まった。


「実はオレも訊きたいことがあるんだわ」

「……なんだい?」


 ナナシはどこまでもマイペースで話を続ける。


「オレが追跡して来るって勘ぐったのは一体いつからだ?」

「オッサンが俺の試験内容を語った時だよ。 封緘されてたはずなのに雌雄鑑別と言い切ったろ。 だから俺は三つの可能性があると踏んだのさ」

「その三つとは?」


 相槌した相手を探るように冬一郎は見た。


「一つはアカデミーの指定人推薦枠を持つ、 いわゆる推薦人」


 変化はない。


「一つは立場を伏せた覆面試験官」


 変化はない。


「そしてもう一つは……言うまでもないだろ。 アンタ何を掠め取りに来たんだ?」


 ナナシが自分の頭をピシャリと叩いた。


「よかれと思ってアドバイスしたのが仇になったか……少し熱入れすぎちまったなぁ」

「で、 要件は?」

「それなんだがよぉ……そこの二人の子、 こっちにくんねーかな」

「断る」


 即答する冬一郎。


「まあ待て待てって。 この一件はどーみてもヒヨッコじゃ扱いきれない代物だぜ。 試験中なんだしここは一つ、 専門家に預けてみてはドーカネ、 ん?」

「専門家だって? オッサン一体なんの専門家だよ」


 冬一郎は直風を下段に構えた。

 刃こそ錬成していないが示威行為であることは明白。

 この時点でナナシは実力行使の許可を得たが、 スピアを構えようとはしなかった。 余裕ではない。 特務という立場に勝る感情が、 失ったはずの神経を昂らせたのだ。


「ウフフフフフよくやったよくやったぜヒヨッコ。 流石は藪影。 最後の後継よ。 オレはヒヨッコなら継承してると思っていたぜ鬼の眼をよォ。 それなのになんで一般枠でフツーに受験してんだよ。 スカラシップでも釣りがくるだろーが」

「単に実力が無かっただけさ」

「謙遜すんなって。 現にこうしてオレの探し物を引き当ててるじゃねーか。 オレは嬉しいぜ。 そして悔しいぜ。 弓波も紀伊馬も、 どいつもこいつも藪影を舐めやがって……どうよヒヨッコ、 今どんな気持ちだ? キサマを唯一理解して、 一番評価して、 信じ続けた人間が、 よりにもよってオレだったってことをよォ」

「なにが起こるかわからんもんだ……まさかオッサンに言い寄られるなんてな」

「そうだろうそうだろう。 だからオレだけは褒めてやるぜ。 よくぞ母親と子供を引き離してくれた。 なあおいヒヨッコ。 薄々勘づいているんだろ? 連中の素姓をよ」

「……何のことだ」

「二人のフード取ってみろって」

「うるさい」

「もう庇うような真似しなくてもいいんだぞ。 コイツらにそんな必要無いじゃないか」

「言うな!」


 鋭い声に肩をすくめるナナシ。


「ヒヨッコも知ってんだろ? 忌まわしい称号と異名の数々をよ。 ホレ並べてみろって。 霧の世界における生態ピラミッドの頂点。 我々のヒエラルキー上位者にして最高位消費者。 電光雷轟豪腕剛脚。 息をする局地災害。 全ての鼓動を止める者。 ≪異形計画≫による原罪権限の中核を成す、 科学文明破壊装置にして人類最大の敵」

「やめろ」

「其は≪雷神≫なりや」

「ブレード!」


 冬一郎は直風に刃を錬成させる。

 奴は言った。 彼女を二人の子を、 敵であると。


「どうしたどうした何を慌てているんだ」


 無造作に近づいてくるナナシ。

 スピアを構えず肩にかついだままずかずかと距離を詰める。

 冬一郎は左半身の体位で動かない。

 しかし狙いすました一撃を加えようと、 やや腰を沈ませている。

 踏ん張りを効かせて、 体勢が崩れるのを防ぐために。


「近寄るな!」


 冬一郎は警告した。

 お構いなしのナナシが射程内に――入った。

 直風を素早く繰り出す。

 手加減無しの下段突き。 狙いは右足の甲。

 切っ先が刺さろうかという寸前、 右足が横に開いて持ち上がり――一気に下ろした。

 空を突いた刃は粉々に踏み潰され、 二たび錬成しようと試みる冬一郎。

 だが間隙を縫って懐に潜ったナナシが阻む。

 直風を地面に踏みつけてから、 力任せに冬一郎の首根っこを押さえた。

 詰みだ。


「今のは下段の返し技でよ、 影踏みってんだ。 ヒヨッコにピッタリの技だろう?  地の構えを遣うのは結構だがな、 錬成した片刃を下に向けてちゃあイカンだろ。 私は足しか狙ってません、 切り上げることなんて一切頭にありません、 って宣言してるようなもんだぞ。 ああそうそう言い忘れてたけどな。 ジジイの刃は両刃だったぜ」

「クソッ!」


 苦々しく吐き捨てる冬一郎。


「ちなみにわざと片刃にして呼び込むっていう引っかけもアリだが、 ヒヨッコが槍巧者でないことはウメヤシキで確認済みよ」


 鋼の腕が握る力を強める。

 抵抗しようにも生身と機械では力の差が歴然で、 首を絞められるがままの冬一郎。


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