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霧には霧の火が灯る  作者: 風山十五朗
第一部 五章
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覚悟の始まり

 歩くこと数時間。 平坦だった道のりが起伏に富んできた。

 霧の匂いに重厚な重みを感じさせる。 これは水の匂い。

 であればこの先に二つの≪視線誘導標≫があるはず。

 それは対になる小池と大池。

 特に大池はかつて名勝の地と呼ばれた歴史的価値が高い≪誘導標≫だが、 ≪息継位置≫としては要注意と評定されている。

 冬一郎は警戒を強めながら近づく。 水辺には様々な生物が集まって来るが、 当然ながらその中に≪雷獣≫も含まれていた。



「魂の試練は、 ここに」


 フィレンツェが飛び立って霧の中に消えていった。

 後を追うと灰色だった霧が暗い夜の紺色を滲ませ、 道は緩やかに下方へ傾斜をなしている。 まるで洞穴にでも飛び込むかに進んだ先は、 溜め池がぽっかりと口を開けていた。

 道はそのまま遊歩道と合流して、 池沿いに先が続いている。 どうやらトクマツを連れていけるのはここまでらしい。 そしてもう一つアクションがあるはずだと、 冬一郎はソーサリングに目を向けた。


『ON-CHARGE(充電中)』


 トクマツがVSSで伝えてきた。

 ソーサリングもその旨≪注釈バルーン≫を立ち上げている。

 思った通りだと古い記憶を懐かしむ。

 祖父が元は釣り堀だと語った水源地。 間違いない。

 ゴールは、 小池。


 冬一郎は軽く遊歩道を散策することにした。

 ただ目に入るのは元水鳥の≪雷鳥≫ばかり。

 そして翼を休める足場と化した、 池の中心で一際目立つ≪異形計画≫の戦跡。


「ロマンだねえ」


 浸るように眺めながら冬一郎は言った。

 見た目は砲を担いだ戦闘車両だが、 トクマツとは違ってパイロットが搭乗可能な、 まさに戦車という出で立ちであった。

 ただし足はキャタピラでなく四本のマニュピレーター。

 立ち上がれば全長八メートルもある巨体は、 戦馬のごとく駆けて蛇鶏相手に機動戦を繰り広げたという。 それも今は昔の話。

 砲はマジックスピアに、 担ぎ手は戦車から人間に替わり、 自走不能となった機体はその場で打ち捨てられるが定めとなった。

 だが大型の決戦仕様ともなれば、 行動不能になろうとも動力源はまだ健在な場合がある。

 中枢機能さえ無事であれば空間電力伝送によって、 あらゆる機器に被接触で電力供給が可能とされる。

 結果として≪禁足二十三区≫内では闘争の傷痕というべき古戦場跡が、 ≪給電領域(ホットスポット)≫として往来する人々に恵みを与えうる場と化した。

 ソーサリングに給電したのは、 小池の中央に擱座している充電機であった。


「なあトクマツ、 直風はなんで給電されないんだ?」


 ホログラムに映る目減りした充電率を見ながら、 冬一郎は尋ねた。


「裏試験中は適応外になりますゆえ」

「また裏かよ……実技試験は実戦形式じゃなかったんかい。 例外が過ぎるだろ」

「裏試験の方が評価高いですよ」

「理由は≪給電領域≫に籠らせないためだから休まず発電し続けろってハッキリ言え」

「勘のいいマスターは話が早くて助かります」

「お前のせいだからな。 何でもかんでも人を試しやがって……」


 冬一郎はぶつくさとぼやきながら池の周囲を一周したが、 フィレンツェの姿はどこにも見つけられなかった。 どうしたものかと≪雷鳥≫を眺めていると、 一羽が池に打ち込まれた杭に飛び乗った。

 杭は飛び石のように転々と続いていて、 目で追っていくと杭に乗っている人の姿が二つ見えた。 冬一郎は警戒心を出さず自然体に話しかけた。


「おーいキミ達ちょっと訊きたいんだけど。 ここらで酷く怪しい鳥を見なかったかい」


 相手はフォグコートを着込んでフードを被っているものの、 百五十も満たない背丈は一目で幼い子供だとわかる。

 まるで昔の誰か達みたいだなと苦笑いすると、 二人の子はひょいひょいと杭を飛んで向こう岸へ渡ってしまった。


「マスター、 心を平穏に」

「ああ、 もう一人いるな。 わかっている」


 ……大きな音をたてちゃいけないよ。

 ビックリして逃げてしまうからね。

 だから静かに近づきなさい……。

 冬一郎は遊歩道を歩きながら、 祖父の言葉を思い出していた。

 だが相手は野鳥ではない。 大きな音をたてないのは当然として、 逆に音を殺し過ぎてもいけない。

 いつもの自然体で接するのだと歩を進める。

 飛び杭の終点となる場所まで回り込むと二人の子が待っていた。

 三人目も一緒にいる。

 全身フォグコート姿で手にはヒルマキタイプのマジックスピア。

 背丈は槍の柄長より頭一つ分高い。 おそらく百七十くらいはあるか。

 深く被ったフードの下は細い顎に上品な薄い唇。

 すらりと伸びた身体が自然なラインを形作る。 大人の女性で間違いない。

 間違いはないのだが、 冬一郎には違ったものが見えていた。

 身体的特徴など些細なものだと、 そう言わんばかりの凝縮された空気を彼女は身にまとっている。 この感覚は見覚えがあった。 百春が生体電気を体中に満たした霧の祝福だ。

 しかも彼女の祝福は百春の比ではない。

 淡いゆらぎがハッキリと目視できるほど濃い状態で、 蓄積された電気量がどれほどのものか想像もつかない。

 確実に言えることは暴走したらこちらも一巻の終わりだろう。


 それでも冬一郎は歩みを止めない。

 初めから会話をできる距離までは近づくつもりでいた。

 問題は彼女の能力ではなく意図だ。

 近寄るまで気づけなかったのは、 彼女が隠していたからにほかならない。

 なぜだ? 心の平穏が乱されるのをグッと堪える。


「人の子よ、 汝はいかんとする」


 フィレンツェが羽音を立てて彼女の槍先に止まった。

 赤い鳥の問いに冬一郎は思い出す――竜の話の続きを。

 祖父は語った。

 もしも異形の中に竜と呼べる存在がいたら、 それはとても危険な存在であるだろう。 霧の中で竜の有無を確認する術など無い。

 だから心がけなさい。 危うきに近寄らず……そのために授かった鬼の眼だと、 これまでずっと信じてきた。

 しかし今は違う。 目指すは≪禁足二十三区≫の深部。

 そこで誰だかわからない相手を探す。

 もしかしなくても祖父から継いだ願いは十分に危ういのではないか。

 それゆえ冬一郎はこの一点において祖父の教えを背いている。

 近寄らねば危うきかどうかもわからない……そのための鬼の眼なのだ、 と。 だから水竜を見たときにある種の確信があった。

 自分は祖父に問われている。 藪影辰彦が見定めようとしている。

 藪影を継いだ自分はあのときのままか、 それとも――。


 冬一郎は胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 闘志や勇気といった焼けるような激しさは無い。

 風のない水面のようにどこまでも穏やかである。

 彼女と十分に近づいた。


 じいちゃん、 見ててくれ。


 これが俺の答えだ。


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