↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/100

覚悟の始まり

 歩くこと数時間。


 平坦だった道のりが起伏に富んできた。


 霧の匂いに重厚な重みを感じさせる。


 これは水の匂い。


 であればこの先に二つの≪視線誘導標≫があるはず。


 それは対になる小池と大池。


 特に大池はかつて名勝の地と呼ばれた歴史的価値が高い≪誘導標≫だが、


 ≪息継位置≫としては要注意と評定されている。


 冬一郎は警戒を強めながら近づく。


 水辺には様々な生物が集まって来る。


 当然ながらその中に≪雷獣≫も含まれるのだ。


「魂の試練は、 ここに」


 フィレンツェが飛び立って霧の中に消えていった。


 後を追うと灰色だった霧が暗い夜の紺色を滲ませ、


 道は緩やかに下方へ傾斜をなしている。


 まるで洞穴にでも飛び込むかに進んだ先は、


 溜め池がぽっかりと口を開けていた。


 道はそのまま遊歩道と合流して池沿いに先が続いている。


 どうやらトクマツを連れていけるのはここまでらしい。


 そしてもう一つアクションがあるはずだと、


 ソーサリングに目を向けた。


『ON-CHARGE(充電中)』


 トクマツがVSSで伝えてきた。


 ソーサリングもその旨≪注釈バルーン≫を立ち上げている。


 思った通りだと古い記憶を懐かしむ。


 祖父が元は釣り堀だと語った水源地。


 間違いない。


 ゴールは、


 小池。


 冬一郎は軽く遊歩道を散策することにした。


 ただ目に入るのは元水鳥の≪雷鳥≫ばかり。


 そして翼を休める足場と化した、


 池の中心で一際目立つ≪異形計画≫の戦跡。


「ロマンだねえ」


 浸るように眺めながら冬一郎は言った。


 見た目は砲を担いだ戦闘車両に見える。


 しかしトクマツとは違ってパイロットが搭乗可能な、


 まさに戦車という出で立ちであった。


 ただし足はキャタピラでなく四本のマニュピレーター。


 立ち上がれば全長八メートルもある巨体は、


 戦馬のごとく駆けて蛇鶏相手に機動戦を繰り広げたという。


 それも今は昔の話。


 砲はマジックスピアに、


 担ぎ手は戦車から人間に替わり、


 自走不能となった機体はその場で打ち捨てられるが定めとなった。


 だが大型の決戦仕様ともなれば、


 行動不能になろうとも動力源はまだ健在な場合がある。


 中枢機能さえ無事であれば空間電力伝送によって、


 あらゆる機器に被接触で電力供給が可能とされる。


 結果として≪禁足二十三区≫内では闘争の傷痕というべき古戦場跡が、


 ≪給電領域(ホットスポット)≫として往来する人々に恵みを与えうる場と化した。


 ソーサリングに給電したのは、


 小池の中央に擱座している充電機であった。


「なあトクマツ、 直風はなんで給電されないんだ?」


 ホログラムに映る目減りした充電率を見ながら、


 冬一郎は尋ねた。


「裏試験中は適応外になりますゆえ」


「また裏かよ……実技試験は実戦形式じゃなかったんかい。 例外が過ぎるだろ」


「裏試験の方が評価高いですよ」


「理由は≪給電領域≫に籠らせないため。 だから休まずに発電し続けろ、 ってハッキリ言え」


「勘のいいマスターは話が早くて助かります」


「お前のせいだからな。 何でもかんでも人を試しやがって……」


 冬一郎はぶつくさとぼやきながら池の周囲を一周したが、


 フィレンツェの姿はどこにも見つけられなかった。


 どうしたものかと≪雷鳥≫を眺めていると、


 一羽が池に打ち込まれた杭に飛び乗った。


 杭は飛び石のように転々と続いていて、


 目で追っていくと杭に乗っている人の姿が二つ見えた。


 冬一郎は警戒心を出さず自然体に話しかけた。


「おーいキミ達ちょっと訊きたいんだけど。 ここらで酷く怪しい鳥を見なかったかい」


 相手はフォグコートを着込んでフードを被っているものの、


 百五十も満たない背丈は一目で幼い子供だとわかる。


 まるで昔の誰か達みたいだなと苦笑いすると、


 二人の子はひょいひょいと杭を飛んで向こう岸へ渡ってしまった。


「マスター、 心を平穏に」


「ああ、 もう一人いるな。 わかっている」


 ……大きな音をたてちゃいけないよ。


 ビックリして逃げてしまうからね。


 だから静かに近づきなさい……。


 冬一郎は遊歩道を歩きながら、


 祖父の言葉を思い出していた。


 だが相手は野鳥ではない。


 大きな音をたてないのは当然として、


 逆に音を殺し過ぎてもいけない。


 いつもの自然体で接するのだと歩を進める。


 飛び杭の終点となる場所まで回り込むと、


 二人の子が待っていた。


 三人目も一緒にいる。


 全身フォグコート姿で手にはヒルマキタイプのマジックスピア。


 背丈は槍の柄長より頭一つ分高い。


 おそらく百七十くらいはあるか。


 深く被ったフードの下は細い顎に上品な薄い唇。


 すらりと伸びた身体が自然なラインを形作る。


 大人の女性で間違いない。


 間違いはないのだが、


 冬一郎には違ったものが見えていた。


 身体的特徴など些細なものだと、


 そう言わんばかりの凝縮された空気を彼女は身にまとっている。


 この感覚は見覚えがあった。


 百春が生体電気を体中に満たした霧の祝福だ。


 しかも彼女の祝福は百春の比ではない。


 淡いゆらぎがハッキリと目視できるほど濃い状態で、


 蓄積された電気量がどれほどのものか想像もつかない。


 確実に言えることは暴走したらこちらも一巻の終わりだろう。


 それでも冬一郎は歩みを止めない。


 初めから会話をできる距離までは近づくつもりでいた。


 問題は彼女の能力ではなく意図だ。


 近寄るまで気づけなかったのは、


 彼女が隠していたからにほかならない。


 なぜだ?


 心の平穏が乱されるのをグッと堪える。


「人の子よ、 汝はいかんとする」


 フィレンツェが羽音を立てて彼女の槍先に止まった。


 赤い鳥の問いに冬一郎は思い出す――竜の話の続きを。


 祖父は語った。


 もしも異形の中に竜と呼べる存在がいたら、


 それはとても危険な存在であるだろう。


 霧の中で竜の有無を確認する術など無い。


 だから心がけなさい。


 危うきに近寄らず……そのために授かった鬼の眼だと、


 これまでずっと信じてきた。


 しかし今は違う。


 目指すは≪禁足二十三区≫の深部。


 そこで誰だかわからない相手を探す。


 もしかしなくても祖父から継いだ願いは、


 十分に危ういのではないか。


 それゆえ冬一郎はこの一点において祖父の教えを背いている。


 近寄らねば危うきかどうかもわからない……。


 そのための鬼の眼なのだと。


 だから水竜を見たときにある種の確信があった。


 自分は祖父に問われている。


 藪影辰彦が見定めようとしている。


 藪影を継いだ自分はあのときのままか、


 それとも――。


 冬一郎は胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


 闘志や勇気といった焼けるような激しさは無い。


 風のない水面のようにどこまでも穏やかである。


 彼女と十分に近づいた。


 じいちゃん、


 見ててくれ。


 これが俺の答えだ。


お読みいただき、ありがとうございました。

読者を選ぶ物語だとは思いますが、もし気に入っていただけたなら「ブックマーク」と「↓の評価 ☆☆☆☆☆」をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。