ソロモンの指環は手放すな
フィレンツェの案内はとにかく方向性が無く、 網目のような細道を縫いながら宛てもなく彷徨う体であった。
少し進むたびに右へ左へと折れるが、 決して行き止まりにはぶつからない。
この堂々巡りを冬一郎は歩きながら考察していた。
この誘導にはきっと意味が無い。
道順を覚えるよりもカマタの方向さえ意識していればいい。
そう決め打ちして歩けば混乱や不安を意図的に抑制できる。
その上で注意を払う。 曲がり角の死角も、 直線の先も、 霧で見えないモノさえも。 細心の注意力を持つ冬一郎だからこそ拾える情報がある。
徐々にだが≪禁足二十三区≫の深部に近づいていると。
その上でフィレンツェの意図も読めてきた。
この堂々巡りは現在位置を絞らせないためだろう。
わざわざ住宅地跡を歩く理由は≪視線誘導標≫を避けるためだ。
現に先程から似たような戸建てばかりで、 目印となる大きな建物と出くわしていない。
この仮説が正しければ手持ちの機器にも影響が出てきているはず。
冬一郎はソーサリングからマップを呼び出した。
ホログラムに映された周辺地図に光点が浮かび上がっている。
その位置は今いる路上ではなく建物の中を指していた。
すでに現在位置が狂っているのだ。 世界で広く普及されたかつてのGPSは、 厚い霧と衛星寿命がネックとなって現在は使用されていない。
霧に影響されずあくまで内々に処理する位置情報システムとして、 ソーサリングには足取り位置アプリがプリインストールされている。
機能はいたってシンプルなもので加速度センサーが揺れを検知したら、 向きと歩数分の位置変位をマップ上に更新していくものだ。
手軽に利用できる反面、 感度調整が甘かったり細かい移動でペースが乱れればズレが生じてくる。
フィレンツェはまさに後者を狙ったわけだが、 当然のようにズレを修正する手段も封じてきている。
地図とコンパスを使ったアナログの測定方法では、 目標を見つけてトラベルラインをセットする。 同様に足取り位置アプリも≪視線誘導標≫を目印にして、 位置情報をリセットする仕組みである。
今の冬一郎達はまさに遭難する一歩手前という状況であった。
だが、 しかし――。
「今はここら辺かな」
指でちょいちょいと現在位置をリセットする様子に、 赤い鳥はぽかんと口を開けた。 ドジでノロマな亀が位置情報の喪失を忠言していないと気づいたのはこの時だった。
冬一郎はニヤリと笑って言う。
「汝、 我が鬼の眼を惑わすことあたわず」
口調を真似されたフィレンツェが口をパクパクさせている。
冬一郎はどんな道でも個人的な誘導標を作って頭の中にに叩き込むクセをつけていた。 ゆえに歴史的があろうとなかろうと、 道順がどうであろうと、 ここら一帯はもうすでに目印だらけなのだ。
これでも祖父に散々仕込まれた鬼の眼のほんの一端にすぎず、 そこそこ付き合いのあるトクマツでさえも鬼の眼の全容はまだ把握できていない。
「ドジでノロマな亀よ」
「お断りです」
「イオjフ>アjyhピI9/0*jレアmdgrpgペアgポエアrdd」
「ふぁskhfぐい8thtこbc、mあz7t¥^jltyd¥んlf!」
「コラコラ。 人間様を除け者にするんじゃないよ」
「ピィピィピィピィキュピッ、 チィチィチィルールールーピピピピピィッ」
「ルーピールーピールルッ、 キュピッキュピッキュピッルールルーピピピ」
示し合わせたように奏でられたのは小鳥のさえずり。
透明感ある可愛らしい声で愛の唄を語り合っている。
はた目からはそう見えないが。
「……無駄に美声でこいつらほんとムカツク」
懲りずにマスター軽視した機械知性体の末路は「もう一度地べたに座れ」だった。
長い長いループを脱した冬一郎は、 相変わらず住宅地内の小道を歩き続けている。 それでもニコクと二本のガイドウェイを跨いだことでおおよその位置は掴んでいた。 カマタは五時の方向。
先程まで≪禁足二十三区≫の深部に近づいていたが、 今は一定の距離を保ちながら移動している。
この先にもコロニーの候補地がいくつかあったはずだと、 冬一郎はマルチカメラのセットを直風に命じた。
しかしマウントユニットは動かず、 代わりに≪注釈バルーン≫が出力された。
そこには機能衝突してるという警告文が記されている。
「我が光は偽りの世を許さず。 古の因果を手繰るのは汝の双眸なり」
「……要するにオフレコってことね」
直風のコントロールパネルを開くと見知らぬアプリが一つ加わっていた。
名前はソロモンズ・リング。 常時起動型で終了命令も受け付けない。
どのような処理をしているかわからない上に、 このまま放置していては試験の方も危うかった。
「お前の能力で衝突回避できないか? トクマツ」
「……ご期待に添えたいのは山々ですが……」
「なんなら強制アンスコしてもいい」
「ソロモンの指環は一度手に入れたら簡単に手放さないのが賢明です。 さもないと災難が降りかかりますゆえ。 例えばマジックスピアが故障してマスターに多額の賠償金が」
冬一郎はフィレンツェを睨んだ。
「キュピ?」
美声ですっとぼける赤い鳥。
トクマツが制しようとした理由もようやくわかった。
こちらが思っている以上に命運をガッチリ握られている。
試験に戻りたくばフィレンツェの気が済むまで付き合うしかないらしい。
そして気になることが一つ。 これまですれ違った者がいないのだ。
いくらなんでも往来がゼロというのは少し気味が悪い。
ここは深部の境界線にはまだ距離がある行動可能範囲内。
西側スタートの受験生が遠征してきてもおかしくないし、 現役のスカウトやファイターだっていてもいいはずなのだ。
オフレコという言葉に説明できない重みが増していくのがわかる。
だが今まで懸念していた不安材料も払拭された形になり、 後背に向けていた警戒心を周囲へ刷新させた。




