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突き繰り出すは無念無想と心得よ

 物事には三度目が肝心である。

 三度目の正直、 二度あることは三度ある、 仏の顔も三度まで等々……もしも何かを繰り返す機会があれば三度目に気を払いなさい。

 祖父からそう教わって指折り数えるように教育された。

 思い返してみれば潰されるのも三度目だ。

 スカレポのヴァーチャルで一度目。 英莉の飛び乗りで二度目。 そして今回。

 どうして気づかなかったのかと悔やむ。

 蛇鶏が建造物の天辺に居た時点で、 頭上を取られていると警戒すべきだったのだ。 この程度の危機感をどうして持てなかったのか。

 コロニーの中が思いの他ほのぼのとしていて、 まるで霧の中のオアシスみたいだったから……いや、 霧の世界で「つい」や「うっかり」は命取りだ。

 これは一瞬でも気を緩めた自分が悪いのだ。


『イヤイヤそんなことないと思いますよ』


 そうだろうか。


『点と点をネガティブに結び付けているきらいがあります。 物事に想定外はつきものですから、 あまり引きずらないでポジティブにいきましょう』


 それもそうか。 じゃあもう一眠りしよう。


『ああっいけません。 スリープモードはお止めください』


 そこをなんとか。


『夜も更けてまいりました。 さあ作業を再開しましょう』

「夜だと!」


 冬一郎は驚いて目を開けた。

 横になっていた身体は起こさず、 姿勢はそのままで状況把握に努める。

 左腕のソーサリングはトクマツの声をしっかり拾っている。

 ゆっくりと拳をつくって足首を動かし、 全身の筋肉を連動させてみる。

 痛みは無い。 どうやら蛇鶏の鉤爪で握り潰されずに済んだらしい。

 内から外へ意識を移す。 周りは灯りが無く真っ暗だ。

 しかし闇特有の恐怖感は無い。 むしろ温かくて安心感を覚える。

 それは霧の中では決して抱くことが叶わない、 陽の恩恵。


『ただの雛団子ですよ』

「だよな」


 トクマツの指摘にあっさり同意する。

 床のあたりをまさぐるとふわふわですべすべな触り心地がした。

 間違いないと確信を持って身体を起こすと、 雛鳥達がおしくらまんじゅうみたいに丸く寄せ合って眠っていた。

 自分は生きた羽毛布団で寝かされていたわけだ。

 近頃にない快眠だったと手足を解して一つ伸びをする。


『早く起動して下さい。 いつまでも待機していたら取り返しがつかなくなりますよ』

「……なんだよそれ」

『とりあえずご無事でなによりです。 話は鑑別を済ませてからにしましょう』

「あんまり無事とはいえないがな」


 冬一郎は空の右手を見た。

 まずは直風を探さねばなるまいと雛団子から降りることにした。

 立ち上がると汚れてよれよれなフォグコートに目がいく。

 きっと気を失っている間についばまれだのだろう。

 蛇鶏は人間を喰わないので好奇心からくる悪戯なのは明白。

 されど力加減を間違えたら人間などひとたまりもない。

 やはり気が緩んでいたのだとコートを正して気を引き締めた。


 雛団子をぐるりと歩きながらより広範囲に観察する。

 まず親鳥が見当たらない。

 そして闇の黒色が支配しているこの場所はどこかの建物内だと気がついた。

 とにかくだだっ広く天井も高くて柱が無い。

 フローリングの上に羽毛が敷かれている。

 ここは蛇鶏の巣箱なのだろうと冬一郎は推察した。

 雛団子を一周するころに直風も見つかった。

 大事そうに抱えながら眠っている一羽こそ昼間仲良くなって見失った雛鳥だった。

 直風をゆっくり引き抜き右手に収めてハイパネーションモードを解除する。

 システムを活性化させた銀色の槍が主の命を待つ。


『自己診断プログラムに異常ナシ。 壊れてなくてよかったですね』

「まったくだ。 音声入力、 マルチカメラ」


 マウントユニットが歯車のごとく回転してカートリッジを押し出した。

 先端には点のように小さいカメラレンズが幾つも配されている。

 冬一郎は再び雛鳥に向き直った。

 腹這いに寝ているから、 尻を突き出した格好をしている。

 こいつは都合がいい。

 直風を構えて、 狙いを定め、 一気に――。


「セイッ!」

「あふん!」


 弓波の教え通りに尻穴を突くと、 セクシィな喘ぎ声が返ってきた。

 思ってもいなかった反応で戸惑いつつも、 能動的にカメラを回す。

 撮影している間に冬一郎は思う。

 俺っていったい何してるんだろう……。


『ただの鑑別ですよ。 決してプレイではありません』

「誰が答えろって言ったよ。 あとプレイ言うな」

『仰せのままに』


 鑑別の判定結果は思いのほか早かった。 性別は雄。

 未登録の個体と確認。 データの新規登録完了。

 有効点プラス一点。 ノルマ残り二点。


「まずは一羽目っと」

『おめでとうございます。 マスターは裏試験の開示条件を満たしました』

「なんだそれ」


 冬一郎は裏という響きに嫌な予感しかしなかった。


『説明しましょう。 初生雛鑑別試験に限らず、 一般の実技試験には二つの難易度があります。 表のノーマルと裏のハード。 表は最低限の結果しか求められませんが、 裏はより実戦的な能力の証明が必要となります。 いわば暗黙的なスカラシップとでも言いましょうか』

「そんなもん頼んでないけど」

『裏試験の方が評価高いですよ』

「表のままでいい」

『もう無理です。 今のマスターは迷子の雛鳥という設定です。 蛇鶏の親達はマスターを不憫に思ってコロニーへ迎え入れました。 もちろん一晩だけではなく立派に成長するまでずっと養ってくれるでしょう。 もし逃げようものなら親鳥が猛ダッシュしてきて連れ戻されます。 この状況わかりますか? スカレポでも言ってましたよね』

「逃げ切るまでが試験です……ってふざけんなよ! やっぱり追い回されて体力勝負になるんじゃねーか! なんか変だと思ったんだよ蛇鶏のリアクションがおかしくてさあ。 ローレンツダウンローダーか。 あの鳴き声のせいなんだなそうなんだろ!」

『勘のいいマスターは話が早くて助かります。 ご指摘のとおり親から逸れた雛鳥のサンプルボイスで作られた合成声です。 蛇鶏の好意と母性につけこんで懐に潜り込むに最適なツールといえます。 確か刷り込みという学習現象を拡張作用させたものだとか』

「手段といい引用といい何もかもおかしくなってるぞオイ」

『まあまあ細かいことは気にせずさっさと脱出しましょう』


 冬一郎は自分が置かれている状況をようやく理解した。

 泥沼だ。 完全に片足を突っ込んでいる。


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