怪鳥園で捕まえて
鶏が卵を産むときは暗くて狭い場所を好むと云う。
その習性を利用して養鶏では産卵箱を作ったりするのだが、 蛇鶏ほどの巨体になると身を隠せる障害物は限られてくる。
そして該当する場所がこの左道を進んだ先にある。 古の教育施設跡だ。
背の高い建造物はもちろん、 スペースの広さも申し分ない。
近づくにつれて周囲の霧が濃くなってきた。
間違いない。 霧の元凶がこの先にいる。
ナナシの助言も相まって幸先の良いスタートを切れたと、 冬一郎は小さく拳を握った。
「ここからまた二手に分かれるぞ。 トクマツはここで待機」
「お待ちくださいマスター」
トクマツは甲羅から飛び降りた冬一郎を呼び止めた。
「なんだい」
「この後のプランをお聞きしたいのですが」
「計画? ただ雛鳥を探して鑑別する……と言いたいところだが、 やり方がどうも気に入らない。 もし騒がれて親鳥を呼ばれたら絶対面倒になるだろ。 ここは時間の許す限り仲良くなって、 寝静まったところを撮影しようと思ってる」
そう言って冬一郎は雷笛を吹き始めた。
楽し気で誘うようにピヨピヨと奏でる。
「雛鳥を呼んで、 仲良くなる、 という行程を一括できる支援ツールがございますが」
トクマツの提案に笛の音が止まった。
「……へぇ面白そうだな。 やってみるか」
冬一郎は体内に巡る生体電圧を一段階上げた。
電気供給量が増したマジックスピアは可変モードに従って、 基幹部をローパワーからアクティブへ切り替える。
文字通りに直風は目を覚ました。
「ローレンツダウンローダー起動」
『FG実行。 ローレンツダウンローダースタート』
命令はトクマツを介して直風に下された。
音声データがスピーカーに再生される。
「ピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィ」
聞こえてきたのは幼く可愛らしい囀り声。
そのまましばらく流していると行く手の方からカッチャカッチャとアスファルトを鳴らす音がしてきた。 地響きはしない。
見た目は黄色い真ん丸の毛玉だが、 背丈は冬一郎と等しい。
そして弓波が事前に説明した通り、 子供といえども立派なくちばしと鉤爪を持っていた。
突進の勢いに任せてじゃれつかれまいかと身構えるも、 雛鳥は急ブレーキをかけて立ち止まってくれた。
『そのまま近づけてください。 静かに、 ゆっくりとです』
VSSの助言に従って直風を伸ばすと、 雛鳥は顔を近づけて熱心に聴き始
めた。 鳴き返すこともせず、 ただただウンウンとうなずくばかり。
そんなリアクションに冬一郎は違和感を抱いたが、 今更止めるわけにもいかず様子を見守り続けた。
「ピィピィピィ……ピィ……ピィ……」
ほどなくして鳴き声は止み、 ローレンツダウンローダーは閉じられた。
直風から顔を離した雛鳥は熱いまなざしをこちらに向けてくる。
思わず腰が引けてしまうほどに。
「なあおいトクマツ。 これ本当に仲良くなってるのか? 目つきがおかしいんだけど」
一歩二歩と後ずさる冬一郎に、 雛鳥は一足で間を詰めてぶつかった。
体当たりと呼ぶにはあまりにもソフトなタッチで、 スキンシップにしては情がこもっているように。
ひよこという生き物はもっと無邪気さがあったはず……思考がまとまらず棒立ちになっていると、 背中を押される感触がしてきた。
後ろに回り込んだ雛鳥にくちばしを押し当てられたのだ。
「仲良くなれてよかったですねマスター。 お家へご招待してくれるらしいですよ」
「本当に? なーんか釈然としないんだけど……まあ、 行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ」
トクマツに見送られた一人と一羽はコロニーへと向かう。
ここから先は霧の発生源であり根源の中心といって差し障りは無い。
そのため視界が役立たなくなるのはあっという間だったが、 道幅の狭さと先導する雛鳥のおかげで迷わずに進むことができた。
行く手に左右対の建造物が姿を現すと、 ホログラムでは感じなかった迫力ある音が腹の底に響いてきた。
右側の≪歴史的視線誘導標≫こそ冬一郎の最終目的地であった。
雑多な振動の中から一つ、 こちらに近づいて来る。 おとなの蛇鶏だ。
狭い道を窮屈そうに歩いてきた巨体が、 遥か頭上からこちらを見下ろしている。
出迎えに来たというより門番的役割を果たしに来たのだろう。
冬一郎は見上げながら実感する。
自分は今、 巨鳥のフィールドに踏み込んだのだ。
人間と蛇鶏はあまり友好な関係とはいえない。
弓波は大丈夫だと言っていたが、 冬一郎は自前で身を守るつもりでいた。
足元注意に頭上注意は基本のキである。
その上で自分が害悪のない人間だとアピールをしなければいけない。
「さてどうしたものか……」
初めの計画では雷笛をピヨピヨ吹いて、 雛鳥との親密さをアピールするはずだった。 しかし今は迷いが生じている。
ローレンツの奏でたテンションを、 雷笛で再現していいものかどうか……。
当の雛鳥はすでにピヨピヨ鳴いており、 顔を近づけた蛇鶏は熱心に聴き入っていた。 鳴き返すこともせず、 ただただウンウンとうなずくばかり。
「一々引っかかるんだよ。 そのリアクション……」
一人だけ蚊帳の外となった冬一郎は、 二羽が話し終わるのを待つしかない。
だが意外にも鳴き声はすぐに止み、 蛇鶏はすんなりと道を開けてくれた。
ただし足元を通り抜けるとき頭上から熱視線を注がれたことて、 この先ずっと知らん顔してやり過ごすしかないと、 頼りない行動指針だけは固まった。
門番が護っていたのはレンガ造りのモダンな門で、 それをくぐり抜けると急速に前方視界が開けてきた。
かつてキャンパスと呼ばれたコロニー内には、 状態の良い建築群が多く残されている。
中でも赤茶色のスクラッチタイルを施された建造物が壮麗に印象的であった。
「コォォォォォォォォォォォォォォォォッコッコッコッコッコッ」
突然、 建造物のてっぺんに留まっていた蛇鶏が翼を開いて羽ばたきを始めた。 慌てて建造物の中に逃げ込んだ冬一郎は、 祖父の言葉を口にした。
「小癪で一筋縄ではいかない存在……」
蛇鶏はただの駆け引き巧者ではない。
今の羽ばたき一つを取ってもちゃんとした意味があった。
風が止んで外に出てみると空は高く、 太陽の輪郭が以前より良く見えた。
先程まで虚ろだった存在がどれも明確化されている。 霧が薄いのだ。
早春の暖かい日差しが降りそそぎ、 穏やかな空気がコロニー内を満たしていくのがわかる。 霧で身を護る蛇鶏がどうしてこのような行いをするのか。
その答えが眼前に現れた。
「ピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィピィ」
あちこちから雛鳥達が集まってきて冬一郎を囲むと、 座ったり歩いたり小さい翼を羽ばたかせたり思い思いにくつろぎはじめた。
生まれたばかりの雛鳥は自力で体温を保つのが難しい。
その上日光がないと体内で必要な栄養を作ることができない。
だから親鳥は天気のいい昼間だけ霧を散らして幼い雛鳥を日光浴させているのだ。
しかも吹き飛ばした霧は消滅するわけではなく、 コロニーの周りに蓄積されてより厚く濃く深い霧の壁が形成されていく。
きっと上から見下ろせば台風の目のように見えることだろう。
蛇鶏が厄介なのは霧を生み出す異能力だけではない。
その霧を自在に操る手並みと応用力もまた感嘆すべきものであった。
めったに味わえない日光浴を満喫していた冬一郎は、 ふとあることに気がついた。
「俺の雛鳥……どこいった」
夢中であたりを見回すが雛鳥は右も左も前にも後ろにもいる。
見失うことを想定してタグなりリボンなり目印をつけとくべきだった。
しかし冬一郎に後悔している暇はない。
自分を囲んでいるのは雛鳥だけでなく親鳥も加わっていた。
こちらをじっと見ながら包囲網を狭める蛇鶏の親子達。
どうにかして建築物に逃げ込もうと隙をうかがう冬一郎。
じりじりと出入口に近づく彼の頭上に影が差した。 蛇鶏だ。
建築物のてっぺんにいた一羽が翼をすぼめて隕石のように落下してきた。
「やばいやばいやばいやばいやばい」
どこかで見たアンフェアなアクションを否定して駆け出すも、 ふわっふわな黄色い壁に行く手を阻まれた。
その直後、 冬一郎は地鳴りと噴煙に飲み込まれていった。




