祖父の槍
トクマツの到着までならと断りを入れて、 冬一郎はパイプを支えに寄りかかった。
「こう見えてなあ、 オレはジジイの教導を受けているんだぜ。 特務のじゃない……藪影の、 だ。 いわばヒヨッコにとってオレは兄弟子になるってこった」
「その頃のじいちゃんはどんな感じだったんです?」
「厳しかった。 とにかく厳しかった。 霧中行軍訓練一つ取っても尋常じゃなかった。 あのジジイは先導役を買って出たのに途中で姿をくらました。 あげく混乱して彷徨ってるオレ達を容赦なく襲ってきた。 丸々一昼夜。 何度も何度も奇襲奇襲奇襲。 そして散々痛めつけられた後にナニ食わぬ顔で行軍再開ときたもんだ。 もうわかるだろ? まーた逃げられて襲われる……目的地までずっと繰り返しだ。 機械の身体になっても藪影の教えはオレの中に深く刻み込まれている……生命の痛みと苦しみの記憶がずっと突き刺さって抜けんのだ」
「いやなんかスンマセンでした。 厳しい以外で何かありませんかね? 思い出的な」
「思い出ねぇ……作戦上話せないモンばっかだなぁ」
「日常的なものでいいんですけど」
しばらく思案していたナナシは、 メットの頬を擦る手を止めた。
「技術的な話をしてやるよ。 興味ないか? ジジイの槍」
「いいですね。 お願いします」
ナナシは直風を指差して構えるように命じた。
冬一郎は言われるがままに基本の型を構えてみせた。
「人の構えか。 オーソドックスだな」
「人の?」
「ああ。 中段の構えを人の構えと呼ぶ。 そして上段は天の構え、 下段を地の構えと三つ合わせて打突三法ってな。 それに霞三段が加わって三法三段ってなるワケだがそこらへんは他の奴に習え。 ジジイはどの構えを遣っていたかっていうと……」
ナナシは立ち上がって冬一郎の横に立つと、 直風の先を握って力任せに押し下げた。
「……地の構え」
冬一郎が直風の切っ先を見下ろしながら呟いた。
天の攻め・地の護りと喩えられるように、 下段の構えは守備的な構えと云われている。
槍のリーチを生かして足元を攻めれば相手は容易に踏み込めない。
だがナナシはそれ以外にも大きなメリットがあって、 祖父もその点を重視していたと説いた。
「コイツの真価は戦闘中よりも移動中にこそある。 普通は霧の中を歩くとき下を向いて地面を見ろという。 足元に気を払うのは至極当然だが、 マジックスピアを持つと話が違ってくる。 護身用としてスピアを持つということは、 襲われる可能性があるということ。 であれば足元ばかりを見ていられず、 全周囲を警戒しなければならない。 そしてスピアはどのタイプにも必ず複合センサーが備わっている。 もうわかるな?」
「人の目とスピアの目を分担して見張れば効率が良いと」
「その通り。 どちらがどちらを見張るかで構えが変わるというわけだ。 もちろん優れた方が周囲を見張ることになるんだが……まあ、 大半はスピアになるわな。 構えは自然と上と下の中間である人の構えになる。 しかし目に見えないものを見る力……感性の鋭いやつはその逆になるんだ。 スピアは人間の拾えない情報を拾うが、 感性はスピアの拾えない情報を拾うからな。 当然スピアは地面を見るためにやや下げて地の構えになる。 ヘッドアップは熟練度を見極める指標にもなるから覚えておいて損はない」
「これは素直に勉強になりました」
「それプラス、 奇襲を受けても戦闘に守備から入れるのは悪くない選択だと思うぜ」
「なるほどねえ」
素振りを繰り返して構えを馴染ませる冬一郎に、 「細かいことだがもう一つ」とナナシが注釈を挟んできた。
「ソサリンは前の手に装着してると傷つけられる可能性がある。 ヒヨッコの構えが左半身なら後の手である右腕に装着しろ」
直風を躱すように間合いを詰めた鎧の巨体が、 左腕のソーサリング目がけて鋼の拳を寸止めしてみせた。
確かに光物が手前にぶら下がっていたら的代わりにされかねない。
「とても参考になりました。 有益な助言ありがとうございます」
「そんなかしこまらなくていい。 ジジイを差し引いてもヒヨッコはちょっとした有名人だからな。 試験で不利な立場に置かれてるからこそ手助けをしてやったまでよ」
「不利……俺が?」
「そうだ。 アカデミーの実技試験っていうのは基本的に実戦形式だから結果しか求められておらん。 だから過程はどうでもいいんだ……いや、 違うな。 過程も実戦を想定されているから、 どんな手段も許されているというべきか」
「どんな手段も……? うーん……カンニング的なものですかね」
「そうだ。 まあぶっちゃけるとヒヨッコの試験なら蛇鶏のコロニーをウメヤシキにいる連中に尋ねてもよかったし、 するべきだった。 現地での生きた情報収集も当然認められてるし、 合否以外の人物考査に反映されるからな」
更に云えば縁故や流派で捻じ込んだ者は派閥を生かして、 いくらでもカンニングができる裏道がある。
しかしカンニング一つ取っても身内で楽をした者には考査に全く反映されないという落とし穴が待つ。
当然受験者には知らされないしナナシも触れない。
「ヒヨッコは独りで大変だろーがな、 チャンスでもあるから腐るんじゃあねえぞ」
「人は人、 俺は俺ですからね。 自分のできることをするだけです」
「不利な点はもう一つある」
「もう腐りそうなんですが!」




