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彼の騎士は黒霧をまとい

 冬一郎は予め提出した登壇計画書に沿って行動した。

 目指したのは≪視線誘導標≫の旧鉄道駅から少し北に位置する左道。

 その進入口でトクマツと合流するつもりでいたが、 一人だけ先客が居るのに気がついた。

 彼の者は認知され辛い仕様のため、 この目で確認するまで近寄る必要があった。


「なんだヒヨッコじゃねえか。 もうそんな季節になったか」


 鎧姿に身を固めた男がこちらを向いた。

 西洋甲冑みたいな全身フル・プレート姿にマジックスピアを握った様はどこか古の騎士然として見えた。


「どーも」


 小さく頭を下げた冬一郎はサッと印象を並べる。

 フル・フェイスのメットによって素顔はわからない。

 マジックスピアの長さは地面から男の頭一つ分高くある。

 サイズ的には大人しい部類で長柄ではない。

 スピアがキータイプであるなら男の身長は二メートルくらいであろう。

 プレートの本体色は酸化して変色したダークシルバー。

 表面には大小さまざまな傷痕が数多く残っている。

 そして何よりもこのプレートは鎧ではなくて身体そのものであろう。

 間違いない。 男は≪機械人(マシンパーソン)≫。

 機械化された改造人間、 いわゆるサイボーグであるが、 ハイコストなため数は少ないものの≪禁足二十三区≫内で出会うことはそれほど珍しくなかった。


霧角灯フォグランプ持ってないってことはファイター志望じゃねえな。 隠形術から観てスカウトだろ。 こんな所をウロウロしてるなんて度胸があるのか阿呆なのか」


 鎧の男も冬一郎同様にジロジロ見て値踏みをしていた。

 わざわざ聞こえるように素姓を暴くのは話に乗せようと誘うためだ。

 そうわかっていたが話の裏を取るために冬一郎はあえて応じることにした。


「ウメヤシキに居るのがそんなにおかしいですかね」

「そりゃそうだろ。 現にヒヨッコ以外で誰か居たかよ?」

「いや、 いない……かったです」

「素人や未熟者は≪二十三区≫内の深部に少しでも近づきたくないのが心理だぜ。 そんな奴等はカンパチに沿ってヤグチの西側スタートラインがアンパイだっつーの」

「……なるほど」


 危険という発想が今の今まで無かったことを冬一郎は悟った。

 ここはかつて梅見で有名な商家があったと祖父が教えてくれた場所で、 自分にとっては思い出の地であり勝手知ったる地なのだ。

 この足跡こそが土地勘となって己の自信に繋がっているのだろう。

 そう自覚できただけでもこの会話には価値があったと、 冬一郎はそう思えた。


「ところでヒヨッコ。 名はなんという」


 そらきた。 警戒してた台詞だ。


「イヤイヤ。 名乗るほどの者ではありませんて」


 霧の中では様々な人間がいる。

 先に名乗らない者には名を明かさない。 鉄則だ。


「オイオイ。 そんなつれないこと言うなよ。 もしかして警戒してるのか?」

「そんなことありませんて」

「ジジイならバシッと名乗ったぜ。 なあ? 藪影冬一郎」


 鎧の男は肩をすくめるようにみせて冷笑した。

 何もかも知った上で試されていたのかと冬一郎は勘ぐったが、 先にすべきことがあると頭を切り替えた。


「祖父をご存知とは大変失礼致しました。 そちら様の御名前をうかがっても?」

「オレを見て名を訊くたあ度胸があるのか阿呆なのか……まあ面白ぇから答えてやるよ」


 そう言って左腕に内蔵されたソーサリングからホログラムを立ち上げた。

 映されたのはデジタル身分証。

 冬一郎は記載されていた名前を読み上げた。


「……名無野……権兵衛?」

「だーから言っただろうが。 このナリなら一発で特務とわかろうもんなのに、 スットボけてるのなら大したタマだよ。 まあ、 オレのことはナナシって呼びな」

「あぁ、 名無野さんではなかったんですね」


 ささやかな口答えにナナシはメットの中でニッと笑った。

 それからおもむろに左腕を揺らしてホログラムの枠を広げてみせた。

 ジッと動かずに画面を凝視している。

 何らかのタスクを走らせているのは明白であった。


「何を……しているんです?」

「芋掘り」


 ナニかを収穫しているのかそれとも貶したのか……。

 暗喩をいまいち解釈できなかった冬一郎だが、 ナナシはこちらの行動に対してアクションしたのは間違いない。

 自分に関わることなら放置するわけにもいかず、 とにかく会話を続けることにした。


「芋掘りって何です?」

「んー? ヒヨッコへの教育的指導」

「なんですソレ」

「見ず知らずの輩にソッコーで名をバラす間抜けへのお仕置き。 ほらヒヨッコの名前に紐付けられた個人情報を引っ張ってきたぜ。 住所、 生年月日、 学歴、 家族構成、 コードIDに顔認証に指紋認証。 まだまだあるぞ、 虹彩、 声紋、 静脈――」

「待って待って俺間抜けじゃない。 バラしてないのにこの仕打ちおかしいって」

「そして性癖」

「最後ォ!」


 冬一郎は掴みかかってホログラムを覗こうとしたが、 寸前で消されてしまった。


「うーっわー引くわコレ。 何やってんだよオマエ……ジジイも草葉の陰で泣いてんゾ」

「なんて書いてあったんだよ! なんで書いてあるんだよ! 教えろオッサン!」

「大丈夫だ。 こんなご時世だからな。 オレは個性を尊重するぜ」

「余計なお世話だイラネーヨそんなモン! じゃあなにか、 俺の名前知ってる奴等全員にこのネタを握られてるってことか?」

「機械知性の目を盗んで量子サーバーに潜れる奴ならな。 けど、 そんなのはなかなかいねーから一々気にしなくていいぞ」

「オッサンは潜れるんだな」

「オレは特別に許可を得ている。 不審者の拘束も仕事の一つなもんでよ」

「あっ……ソウナンデスカーナナシサン。 オシゴトゴクローサマデス」

「ハッハッハー今更取り繕わなくてもいい。 ヒヨッコとはまるっきり他人ってわけでもないしな。 ここら辺にゃナナシ姓も集まってるしオッサンで構わんぞ」

「そんなにいるんかいナナシ一族」


 ナナシは近くにあった白いガードパイプに腰を下ろすと、 横に座るようにうながした。


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