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リトル・ランサー~やくそくの地~

 そんなある日、 ぼくは女の子を秘密の場所へ連れてくことにした。

 久しぶりに空が高かったから今しかないって思ったんだ。

 ちょっと遠出になりそうだからぼくは青色のバックを女の子にあげた。

 二人で荷物を分担するためだ。 もちろん重い荷物はぼくが持つ。

 徳松はなにも持たないから楽そうでいいよな。


『ワンワンワンワン!』


 ごめんごめん。

 徳松は霧の中でレーダーの役目をするんだった。

 列の先頭に立つ先導犬ってやつ。

 音や匂いなんてぼくより敏感だから見かけ以上に頼りになる。

 だからレーダーが狂わないように余計なストレスを与えちゃあいけない。

 霧を歩くにはこーゆー気遣いが必要なの。 これって結構大事なことだよ。 じいちゃんもそう言ってたし。

 そう、 とにかく霧の中では気を払う。

 徳松の反応に気を払って、 女の子の足取りにも気を払う。

 まあまあ道中はうまくやってたと思うよ我ながらね。

 けど階段がちょっと長すぎたかなあ。

 女の子がへばっちゃって休み休みで登るはめになっちゃった。

 どうやらワンパクへの道はまだまだ遠いらしい。

 そんな苦労を乗り越えてぼくたちはとうとう秘密の場所へたどり着いた。

 扉を開ければ一面は雲の上!

 これには女の子もすっごく喜んでくれたよ。 ぼくも鼻高々だ。

 雲の上を歩くなんてなかなか経験できないだろ?

 まあ、 じいちゃんから種明かしされてるけど、 ここでバラすのはヤボってやつだ。 じいちゃんならそう言って黙ったはずさ。

 一つだけ言えることは、 女の子の手と徳松のリードを絶対放しちゃいけない。 それだけ。


 よーしとりあえず進むぞーって、 真っ直ぐ雲の上を歩いてたら女の子が訊いてきたんだ。 ここは天国なのかって。

 痛いところを突いてくるじゃないの。 実はここ天国じゃないんだ。

 もっと上に見える雲の上、 あそこが天国なんだ。

 じいちゃんもあそこへ行くって言ってたから間違いない。

 そう教えたらパパとママに逢いたかったって言うんだ。

 ぼくはやっちまったって思ったよ。

 もっと上手い言い回しができただろうに、 なかなかじいちゃんみたいにはいかないや。

 ぼくはなんとか励まそうとしたんだけど、 こーゆー時に限って悪いアクシデントが追い打ちをかけてくるんだ。

 いきなり雲が吹き上がって目の前が一瞬で真っ白になった。

 この現象をぼくは名前で覚えさせられた。 ホワイトアウトだ。


 真っ白で何も見えなくなったところで、 ぼくと徳松はへっちゃらだけど女の子がまずかった。

 足はガタガタ。 手もブルブル震えてる。

 涙をためた目には怯えた色が広がって、 濁った感情の中に安堵の光がチラついてる。 何が見えてるのか想像つくけど言いたくないね。

 結構連れ回したはずなんだけど、 女の子はまだ理解してなかったようだ。

 やれやれ仕方のない。 丁度いいからもう一度教えてやろうか。


『ワンワン!』


 そうだとも徳松。

 こんなモンはぼくらにとって惑う内にも入らないってことをな!

 霧に病んだ人をじいちゃんはよく笑って励ましてたっけ。

 これを使おう。 とりあえずまずは笑う!

 ハッハッハーと胸を張って自信たっぷりにだ。

 ぼくときみとは気分が違うと訴えるのさ。

 不思議がったり怒ったりしてきたらそこで大丈夫だって言ってやる。

 それから全てぼくに任せろって大見得を切るんだ。

 さあ女の子よ。 どう反応する?

 って身構えてたらぼくの腕にぎゅっと組んできた。 予想外だ。

 うん、 まあ、 パニックになって逃げ出されるよりはマシと受け取ろう。


 さあさあこの白い世界からセイキの大脱出をとくとご覧あれ……いや、 ぼくをジッと見ないで。 顔じゃなくて足、 足見て。

 左右のつま先とかかとがくっついてるだろ。

 時計でいえば十二時だ。 ここから右足を傾けて三時の形にするよ。

 そうしたら左足を右足にくっつける。

 今ぼく達の身体は三時の方向を向いているわけだ。

 時計の針でいえば三時十五分だけどね。

 ここからもう一回三時の形にして身体も同じように向けるよ。

 今は何時を向いているかわかるかい? そう六時を向いている。

 時計の針は六時半だ。 これでもうおしまい。

 このまま歩いて行けば、 ほら、 ちゃーんと初めに出た扉へ戻れた。


 いいかい? 見えなくなったといってもどーせ周りだけだよ。

 自分さえ見失わなければ道は続いてるもんさ。

 帰ったらまた霧の歩き方を教えてあげるよ。

 秘密の場所も時間切れになったし今日はここまでにしよう。

 けど、 あの長ーい階段を下りる前に座っておやつ食べよっか。

 三時の形を見たらお腹すいちゃったよ。 なあ? 徳松。


『ハッハッハッ』


 もうお座りしやがって。 おまえは本当に食いしん坊だなあ。


 帰り道、 ぼくは女の子に今後について訊いてみた。

 元気になったらホスピタルから出なくちゃいけないからね。

 答えはわからないだって。 そりゃそうか……って納得してる場合じゃない!

 女の子がこの街に留まってくれないと、 せっかく友達になってワンパク化してきた努力が無駄になるじゃないか。

 またネットでワンパク自慢される日々に戻るのは絶対にゴメンだ!

 だから女の子に一つ提案したんだ。 ぼくの家に来ないかって。

 部屋はじいちゃんのとこが空いてるし、 なんだったら二人部屋にしてもかまわない。 お小遣いも半々で手を打とうじゃないか。

 徳松も一緒に父さんと母さんにお願いしてくれるよな?


『ワンワン!』


 いつもより激しく尻尾をふりふりしてる。

 やる気マンマンだな頼もしいぜ。

 だからさ、 もう泣かなくていいんだよ。

 独りぼっちの気持ちはぼくもわかるから……だからぼくといっぱい遊んでいっぱい笑おう。

 そしてまた秘密の場所に行ってお空の雲に居るパパとママに見せてやろう。

 元気にやってるから安心してくださいってね。

 じいちゃんのようには上手く言えなかったけど、 ぼくはぼくの本心を言葉にしたんだ。

 女の子に伝わってくれてればいいんだけど、 それは今後の課題ということで。

 どうにか落ち着いてくれた女の子は最後に不思議な話をしたんだ。


『わたしにはお羽があるの。 大きくなったら白い空を飛びなさいってパパとママがくれた秘密のお羽。 特別に教えてあげるから誰にも言わないでね。 わたしのたった一つのかぎを……』


 お羽かあ。

 見た感じ背中には生えてないけど、 空を飛べるってところが気に入った。

 そのかぎ二人だけの秘密にしようじゃないの。

 だから空を飛ぶときは一声かけてくれ。

 どんな形でもいいからぼくも飛んでみたくなったからさ。

 すると女の子は快く受け入れてくれた。

 どうだい徳松も飛んでみるか?


『ワン!』


 相変わらず尻尾をふりふりしやがって。 わかっているのかねえコイツ。

 つられて女の子も笑ってくれたから、 ぼくはホッと胸を撫でおろしたよ。

 いろいろあったけど秘密の場所への遠征は成功といっていいだろう。

 終わりよければ全てよしってやつだ。

 じいちゃんはそう言って苦労話を豪快に笑い飛ばしたものさ。

 だからきっと今日は楽しい思い出となって記憶に残るだろう。

 そして何度も思い返しては笑っちゃうのだろう。

 ……なので帰りが遅いってナースさんにめちゃくちゃ叱られた顛末は忘れよう。


「忘れられねーよ」


 冬一郎はそうツッコんで目を覚ました。 知らない天井が見える。

 日枝塚墓苑に居たはずだが、 どうやら室内で寝かされていたらしい。

 そしてこの夢を見るときは必ず彼女がいる。

 横を向くと同じベッドで添い寝をしている百春がいた。

 穏やかな寝顔をこちらにみせて寝息をたてている。

 枕を並べた者達は時おり互いの生体電気に感化されて同じ夢を見るという。

 ただし相手の夢を直接見るのではなく、 あくまで自分の記憶で再現される。

 百春もきっと同じ夢をみているのだろうが、 それが楽しい夢かどうかを冬一郎に知る術はない。


「ここは一体どこだ……」


 起き上がった身体が妙に軽い。 筋肉痛特有の疲労感すら覚えない。

 この爽快感にも似た回復具合はヒーリング・プラスを施されたもの。

 少なくとも百春と紀伊馬が連帯していたことは理解できた。

 冬一郎は静かにベッドから抜けると、 薄暗な部屋を見廻しながら歩いてみる。

 何もない。

 チェアもクッションもテーブルも収納棚も家電もインテリア雑貨も何もかもが無かった。

 いや部屋の隅に引っ越し用のコンテナボックスが一つ置かれている。

 そしてボックスの上には一本の花瓶に飾られた赤い花。

 温室で育てるしかない観賞用の花々はとても貴重だ。

 しかも見慣れない種ならなおさらである。

 ソーサリングをかざすと、 返ってきた花の名はラナンキュラス。

 冬一郎は探し物を求めて部屋を出る。 当たりを付けたのは玄関。

 備え付けられた下駄箱の上に、 紙製のメモ帳とペンが置かれていた。

 独り暮らしを始めても変わらぬ藪影家の習慣。

 彼女の在り様を心のどこかで安堵しつつ、 紙を一枚破ってペンを走らせる。

 記したのはメッセージを受け取ったという一言。

 「ありがとう」と小声で読み返してペンを置いた。

 そういえばと、 もう一つ貰った言葉を思い出す。


「……秘密のお羽」


 夢で見た最後の言葉。

 今にして思えばあれから一度も百春は口にしていない。

 真意はなんだったのだろうか……置き去りにした不可解を拾い上げて、 冬一郎は玄関のドアを開けた。


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