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対機知問答

 紀伊馬の面前に辿り着いたトクマツが首を伸ばしてお辞儀をした。


「お待たせいたしました」

「うむ。 こやつを嬢ちゃんのところまで届けてやってくれ」

「心得ております」


 そう答えながらトクマツは四つ脚を巧みに足踏みして向きを変え始める。

 百八十度反転するつもりのようだ。

 紀伊馬は「お前さんに質問がある」と切り出して、 ソーサリングの外部スピーカーをオンにした。


『横から失礼。 自己紹介は不要だよね。 僕達は君と少し話がしたかったんだ。 なあに時間は取らせないし、 終わればちゃんと藪影君を渡すからさ』

「いいでしょう。 答えられる範囲でお答えします」

『うんうんそれでいいよ』


 トクマツは気を失っている冬一郎を見て足を止めた。

 無下に断れないシチュエーションは上手くはまったらしい。

 交渉のテーブルに座れた弓波は提案があると告げた。


『いつも電子や量子の世界に居る君達が、 こうして外界を闊歩するなんて本当に珍しい。 そういう時は大抵なにかの役目を帯びているはずだ。 その情報を僕達にも共有させてもらえないだろうか。 もしかしたら手助けができるかもしれない』

「情報制限がかかっています。 ニンゲン様は開示条件を満たしていません」

『それは残念。 じゃあ君のスペックについて訊こうかな。 その機体、 RNN-327Z月照ツクテラスには甲羅の中に玉手箱ミッションボックスが備わっている。 作戦によって様々な荷物を積んで運用するわけだが、 君はいったいどんなお宝を隠し持っているんだろう。 今さら携帯発電機なんていらないし、 爆弾なんてのは御免だよ』

「情報制限がかかっています。 ニンゲン様は開示条件を満たしていません」

『爆弾は否定してほしかったんだけどなぁ……まあいいや。 じゃあ三つ目の問い。 どうして藪影君なんだい?』

「お答えできません」

『うーん……どう思います紀伊馬さん。 このまま質問を続けても全て突っぱねられそうな空気じゃないですか。 僕達でも開示条件が満たせないってそういうことですよね』


 弓波の違和感は紀伊馬も気づいていた。

 今の時代でも軍隊を保有していない建前を守っているのだが、 戦闘力を備えた人物には暗黙的に旧時代の階級が割り振られる。

 これまで生者に与えられたのは佐官級が最高位。

 ここに現役と退役の最高位が揃っているのに条件が満たしていないというのは、 機械知性体が元から話す気など無いと意志表示をしているのに他ならない。

 紀伊馬は一つ心当たりのある単語を口にした。


「特務……か」

『僕もそう思います。 ちょっとマズくないですかこれ。 特別任務に関わった者は身元も生死も隠蔽されます。 藪影君だって巻き込まれたらタダじゃ済みませんよ』

「そうさな。 ここは問い質さんといかん。 ちといいか」

『お願いします』


 紀伊馬の持つ直風がいつの間にか抜き身になっている。

 妖しく光る切っ先をトクマツの鼻先に近づけて、 最後の質問だと言い渡した。


「儂は貴様の主人に手ほどきをしてやった者だ。 ゆえに機械知性よ、 貴様の立ち位置を問わねばならん。 貴様は主人にとって何だ。 観察者か、 守護者か、 答えよ」

「お答えできません……が、 特別にいいでしょう。 わたくしめはマスターの忠実な亀でございます。 そちらの質問に沿うのなら答えは後者です。 いかがでしょう、 まだ亀にご懸念をお持ちですか?」

「……いや、 もういい」

『悪かったねー長々と呼び止めちゃって。 藪影君のこと宜しく頼むよ』

「心得ております」


 直風と冬一郎を甲羅の上に積み込むと、 トクマツは何事も無かったかのように去っていった。

 その姿が見えなくなると、 ソーサリングから大きなため息が漏れてきた。


『ちょっとちょっと紀伊馬さーん。 そこまでやるなんて聞いてないですって。 機械知性を脅すなんてホントよくできますねぇ。 僕は貴方をまだ見くびっていましたよ』

「いや本当に済まなかった。 あやつは人の心を読むからな、 段取りを決めとくわけにはいかなかったのだ。 打算的な思惑を見透かされないようにの」

『それでも彼らは管理という名目で我々の生殺与奪を握っているんですよ。 脅しはちょっとリスクが高すぎやしませんか?』

「機械知性と対等を望むのであれば本気で相手にせねばならん。 時には言葉を飾らず本音でぶつかることも一つの手だ。 少々過激でも道理を通しておれば、 あやつらもお目こぼしをしてくれたりする」

『なるほど……駆け引きのお点前、 お見事でした』

「そんな大層なものじゃない。 儂のような年寄りは経験として知っているだけで、 普段から機械知性とコミュニケーションをとっている者は自然と身につけておる。 ただ手段はよくなかったな。 機械知性にもそれぞれ個性があるし、 学習時間の短い未熟なAIモドキじゃ真に受けて通用せん。 だからお前さんはマネしない方がいい」

『わかりました。 なにか取引材料でも集めてみますかね』

「ハハッ、 そりゃいい。 対等の立場ってやつを得るのにうってつけな一手だ」

『立場といえば気になりませんか? 藪影君に対する機械知性の立ち位置。 忠実だと体裁は整えていましたが、 あれじゃ全権を委ねてるって曲解されてもおかしくないです』

「もしかしたらそうなのかもしれん。 あやつが欲すれば玉手箱を開けるやもな。 どちらにしてもこの案件は記録に残さん方がいいだろう」

『そうします。 あと彼にも黙っておきたいのですが』

「無論だ」

『ですよね。 試験前に余計なプレッシャーなんて与えたくないですし』

「……つくづくイレギュラーよな」

『大きな声では言えませんが、 あの二人どこまでイレギュラーなのか計り知れません』

「お前さんも大変だのう」

『いやいやいや。 他人事みたいに言わないでくださいって』


 すがるような台詞を振り払うわけにもいかず、 もう笑うしかないと紀伊馬は了解した。

 そうと決まればと二人は頭痛の種を横に置いて、 一先ず事務的な手続きを片付けることにした。

 レクチャーで得られた受験者のフィジカルデータに、 指導員チューターのレポートを添えて紀伊馬から弓波へ転送。

 そして弓波がアカデミーへ再転送して、 了承する旨の返信を受け取った。

 本来ならばこの後に天候やルート情報などの収集を得て、 行動予定を記載する登壇計画書の作成に着手するのだが、 ここからは試験の領分なので受験者に一任する形になる。

 とはいっても彼には機械知性体がついているので、 形式や内容に不備はないだろうという安心感はあった。

 よって二人の役目は一応ここまでとなり、 あとは本試験を待つばかりとなった。


「お前さん、 機械知性が来る前に言いかけたことがあったろ」


 別れ際に紀伊馬が一つ尋ねてきた。


『覚えていたんですか。 流してくれてよかったのになあ』

「覚えているとも。 儂が話の腰を折ったんだからな。 で、 あの二人に入れ込む二つ目の理由とはいったいなんだ?」

『紀伊馬さんには甘いと指摘されそうで、 お恥ずかしい限りなんですが……』


 ソーサリングから微かに息を吐く音が伝わってくる。


『あの二人を見てると本当の兄妹みたいだなと、 僕は微笑ましく思ってしまうんです』

「兄妹……か。 儂もそう、 見えるよ」


 交信を終えた紀伊馬は来た道を戻ろうとしたが、 咲かずの桜で足が止まった。

 老木の太い幹を撫でながら、 心の中の呟きが零れていくのを耳にした。


「次の世代へ繋げる……想いと、 願いか……」


 見上げた枝には一つの蕾もついていない。


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