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推薦人と顧問役は語る

 レクチャーの皮を被ったスパルタが顔を覗かせてから三時間。

 息も絶え絶えに振り続けた冬一郎はとうとう力尽きてその場に崩れ落ちた。


「よくやりきったな。 そのまま少し眠っておれ」


 紀伊馬は直風が握られた手を掴むと、 強張っている指を一本ずつ外していった。

 十の指を外して両の手とも自由にしてから、 仰向けに寝かせて口元にそっと手をかざす。

 荒い息が掌にかかる。

 一言「ふぅむ」と呟いた老人は、 おもむろにソーサリングを取り出した。


「嬢ちゃん、 終わったぞ」

『はぁーい』


 腕輪から返ってきたのは百春の声だった。

 バタバタと忙しそうな物音も聞こえる。


「受け取りに来れるかね。 なんだったら儂がおぶって行こうか」

『だーいしょうぶです。 トクマツを向かわせたので甲羅に乗っけてください』

「あの機械知性か……あいわかった」

『じゃあ、 宜しくお願いしますね』

「お嬢ちゃん」


 通信を切ろうとした百春を紀伊馬は呼び止めた。

 物音がピタリと止まる。

 手を止めて会話に意識を向けているのがわかる。


『どうしました?』

「……お嬢ちゃん、 今の暮らしは楽しいかい。 充実してるかい」

『はい! とっても幸せです』


 紀伊馬の問いに百春はキッパリと答えた。

 楽しいでも充実しているでもなく、 包括して一言に形容した声音には、 一切の澱みがなく迷いもなかった。


「うむ……それはよかった。 後を宜しくのう」


 百春との通信を終えると、 続けて弓波に繋げた。


「事後報告だ。 今終わったぞ」

『お疲れ様です紀伊馬さん。 で、 彼はどうでした』

「普通じゃないな。 あれだけ急激に霧を取り込めば無理矢理にでも発電力は上がるはず……なのだが鍛錬を終えた呼吸の中に雷笛はまったく混ざっていなかった。 錬成はできているから生体電気は発している。 ゆえに問題は肉体ではなく、 呼吸法なのだろう」

『下駄履きができなかったと?』

「少なくともファイターの鍛錬法では、 期待していた効果が得られなかった。 結果的にはまあ、 そうなんだが……かといって受験資格を満たせないほどに能力が低いわけではない。 儂が一番気になったのは持続力だ」

『霧に潜り続ける力ですか』

「初めての負荷環境下錬成訓練を三時間ぶっ通しでこなしてみせた。 成果が伴わなくてもこれはこれですごい。 普通にしてれば平均的な肉体限界時間なんぞ優に超えて活動できるだろう。 思ったんだがアレは辰彦にかなり仕込まれているやもしれん」

『そういえば辰彦氏も長距離スカウトでしたね』

「ああ。 そこを踏まえると無理に身体能力の開発はせず、 とっとと身の丈に合った槍技習得をさせるのが正解やもしれんな」

『では、 彼は――』

「能力に問題はない。 受験資格は十二分に得ているよ」

『そうですか! いやーよかった。 今年も受験生を本試験に送り出すことができて胸を撫でおろしましたよ。 イレギュラーに次ぐイレギュラーで不安でしたが、 こうして万事上手くいったのは紀伊馬さんのおかげです。 本当に有難うございました』


 弓波が熱心に謝意を表するので、 紀伊馬は困ったように頭を掻いた。


「儂は何もしとらんよ。 頑張ったのはあやつ自身だ。 というかお前さんは毎年あんなイレギュラー達を集めてきてるのかい。 縁故に頼れず流派にも属してない若い才能を掬い上げるお前さんの方針は知っとる。 けどこれだけの異才を集めるとは、 相当太いコネクションがあるのだろうな。 なかなかどうして、 お前さんもやるものだ」


 紀伊馬の過剰な評価を受けて、 弓波はバツが悪そうに笑ってみせた。


『過去一の当たり年なのは認めますけどね、 実は普通に応募者から選んだだけなんですよ。 推薦人たる腕の見せ所も無くてただ運がよかったことを、 喜ぶべきなのか悲しむべきなのか難しいところです』


 贅沢な悩みだと紀伊馬も笑い飛ばしたが、 笑いついでにもう一つ尋ねてみた。


「ところでレクチャー後のヒーリングだがな、 嬢ちゃんに任せて大丈夫だったのかね」

『本人が大丈夫だと言ってたので問題ないでしょう』

「しかしただのヒーリングではいかん。 わかっとるとは思うが超回復を含むヒーリング・プラスでないと体調を万全に整えられぬぞ」

『彼女はいつもやってるそうですよ』

「無免だよな」

『履歴ではそうですね』

「……つくづくイレギュラーよな。 お前さんが期待を寄せるのもわかる気がする」


 百春が規格外なのは紀伊馬も認めている。

 だが弓波の入れ込み具合は推薦人としての立場を超えているように感じていた。

 一己に惚れるな一途になるな。

 育成者と違って選考者は常に公平さを持ち続けないといけない。

 それでも彼女はあまりに煌めいていて、 目が眩んでしまうのも無理からぬものだと思った。


『大きな声では言えませんが、 いけないと思っていてもつい肩入れしたくなるんです。 百春君はもちろんですが藪影君も面白い。 彼がなぜスカウトになりたいと思ったのか、 その動機を面接で訊いたんですよ。 紀伊馬さん、 彼はなんて答えたと思いますか?』

「≪禁足二十三区≫内を探索したいとか、 祖父に憧れてとかじゃないのか」

『ちょっと違いますね』

「ではいったいどういう?」

『それは僕の口からではなく、 是非彼に直接尋ねてみて下さい』

「確かにそうだな、 そうしよう。 少々癪だがお前さんの思惑に乗ってやるわい」


 そう言って一本取られた格好の紀伊馬は苦笑いした。


『嫌だなあー。 彼を識るにはこれが一番だと思って薦めてるですよ。 それに――』

「いや待て」


 弓波の言葉が遮ぎられた。

 大きなシルエットが霧の中から歩いて来る。


『紀伊馬さん。 アレやっときましょうか』

「儂もそう思っていたところだ」

『では、 手筈通りに……』


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