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マジックスピア近接戦闘教練

 翌朝、 冬一郎は直風を携えて紀伊馬との待ち合わせ場所を訪ねた。

 霧の霊場・日枝塚墓苑。

 「塚」という名が示す通り、 この地に縁のある人物を祀った「墳墓」が由来である。

 現代でも当地の鎮守として厚く崇敬されていて、 志半ばに斃れた者達が英霊の列に加わるべく丁重に弔われている。

 紀伊馬の弟子達もここに眠っており、 残された者は墓守の務めを日課としていた。


「よく来た」


 そう言うと紀伊馬は石段から腰を上げた。

 竹箒を杖に見立てて持つ姿がしっくりとくる。

 苑内に漂う静寂な空気に身が引き締まり、 冬一郎は緊張した面持ちで一礼した。


「直風のご教授、 宜しくお願いします」

「そんなにかしこまらんでもいい。 今日はレクチャーだから肩の力を抜きなさい。 けど気を抜いたら怪我では済まんのがマジックスピアだ。 真面目に受講するように」

「わかりました」


 まずは座学からだと紀伊馬は場所を変えた。

 参道から外れてしばらく玉石を踏み歩いていくと、 一本の巨木に辿り着いた。

 樹齢の長さを思わせる極太の幹は圧巻の一言で、 地面から浮き出た根は血管のように四方へ張り巡らされている。

 まさに御神木としてふさわしい威厳と存在感があった。

 冬一郎は何の木か尋ねてみた。


「桜の木だ」


 紀伊馬は根元を避けるように腰を下ろして、 冬一郎もそれに倣った。


「これだけ大きいと満開になったら壮観でしょうね」

「確かにな。 四季がはっきりしていた頃ならもう開花の季節なんだが」

「霧が無かった時代は開花予報なんてのがあったそうですね」


 二人は桜の木を見上げる。

 環境の変化に適応した結果なのだろうか、 老木は時が静止したまま鎮座していた。

 月日は流れ華やかな記憶が風化しても、 鎮魂を祈る人々にとって大きな心の支えとなっている――そう前置きを経て、 紀伊馬の座学は始まった。


「レクチャーが弓波でなく儂ということはどういう意味かわかるかね?」

「槍術……接近戦用についての講習ということですね」

「そういうことだ。 一応訊いておくが槍の経験は?」

「護身術で棒を少々。 槍はありません」

「十分十分。 ではマジックスピアである直風の話からしていこうか。 今のこやつには殺傷能力が無い。  見ればわかるが刃がついておらん状態だ」


 先端に位置するマウントユニットはスロットが二つあった。

 どちらも空のままだ。


「そこで二本のカートリッジを渡す。 一つは雌雄鑑別に使うマルチカメラカートリッジ。 そしてもう一つが刃を錬成するブレードカートリッジだ。 ほれ差し込んでみい」


 手渡されたのは小振りな柄を連想させる、 長方形状の入出力機器だった。

 指示通りにカートリッジを装着させると、 直風は銃剣を取り付けた長銃みたいな成様となった。


「宜しい。 では儂が起動させてみせよう」


 立ち上がった紀伊馬が直風を無造作に構える。


「ブレード」と一声かけて虚空を突く。


 一閃。

 ブレードカートリッジから白銀の粒子が水流となって迸り、 押し出されるまま直線状に宙をすべる。

 その水筋が先細り霧に融けて霧散するかという寸前、 氷結したかのように物質変換された。

 刃身は滑らかに、 刃角は鋭く、 刃文は真白な光沢を放つ。 紀伊馬の一振りで直風は白銀の刃を顕現させた。


「素材は電気液体金属エレキッドメタルのスピリルという。 簡単に説明すると高い導電性を持った特殊な液体金属に、 生体電気を流して形状制御を行ったわけだ。 液体から固体に相転移する様からリバースブレード、 またはブレードと略称されとる」


 紀伊馬は直風を縦に持ち直して手渡した。


「こいつの利点は三つある。 一つ目は錬成する腕を上げれば上げるほど切れ味が増す。 二つ目は刃の形を自由にデザインできる。 枝刃えだはを付けて片鎌や十文字など用途に応じて使い分けることが可能だ。 そして三つ目は液体金属が尽きるまで何度でも刃を作り直せる。 切れ味が鈍ったり、 刃身が欠ける、 折られるといったアクシデントから即座に立て直すことができるようになるのだ」


 冬一郎に構えさせて片刃を上に向けるよう注文した。


「よく見ておけ」


 紀伊馬は手頃な玉石を一つ拾い上げると、 刃の上から落とした。 両者が接触する刹那、 互いが弾いて拒絶すると思われたがそうはならなかった。

 落ちるがままに、 受け入れ、 交わり、 地に着いた。


「鍛錬を積めばこういうこともできる」


 紀伊馬は再び玉石を拾い上げて掌に乗せた。

 四指で支えながら親指で押すと、 玉石の上半分が抵抗なく滑り落ちた。

 鏡面状の断面が切れ味の鋭さを物語っている。


「凄い」


 息をのむ冬一郎に構えを解かないよう告げる。


「ここからが大事な話だ。 三つの欠点を教える。 一つ目がこれだ」


 紀伊馬は右手で手刀をつくるとブレードに繰り出した。

 刃の真横面を払うように打ちつけると、 白銀の刃身は繊細な飴細工みたいに粉々となって零れ落ちた。


「人外の剛皮を断ち切るために切れ味を極限にまで高めた結果がこれだ。 見ての通り刃の方向からの衝撃にしか耐えられない強度になっておる。 側面を使って叩く平打ち、 刃の反対側での背面打ちを固く禁ずる。 刃で打ち、 刃で受ける。 これが基本だ」

「わかりました」

「二つ目は声紋認証システムの搭載義務だ」

「声紋……そういえば刃を作るとき掛け声をかけてましたね」

「直風は人間の声を聞き分けておる。 昔の話になるが……まだスピアの操作が全て手動だった頃にな、 強大な異形に奪われたことがあった。 記録によれば使い方を瞬時に理解した異形は膨大な体内電力を注ぎ込んで、 見上げるほど巨大な大鎌を錬成したという。 その後どうなったかはお前さんの想像通りだ。 文字通り地獄絵図になったらしい」


 玉石のように人間が斬られていったのだろう。

 冬一郎の背中に冷たいものが走った。


「要するに人間専用の安全装置というわけだ。 直風は人間の発する言葉でしか命令を聞かん。 隠形を旨とするスカウトには不便だろうが納得してほしい」


 冬一郎が二つ返事で快諾しすると、 紀伊馬はマウントユニットを指差してみせた。


「お前さんが自由にできるウェポンカートリッジは一つしか無い。 だから覚える呼出しも一つだけで、 ブレードと命じれば安全装置が解除される。 まあ正規の槍ならもう少し融通が利くから支給されるまで我慢せいよ」


 傍から見たらこっ恥ずかしいよなと笑う紀伊馬に、 冬一郎もつられて苦笑した。


「そして三つ目がお前さんの課題となる」


 緩みかけた緊張が一瞬で引き締まる。

 紀伊馬は満足そうにうなずいて話を進めた。


「利点で話したがブレードは生体電気を流すことで形作られる。 逆に言えば液体金属に残量があろうとも生体電気を流せなければブレードは作れない。 そこでお前さんの発電力だが……ギリギリだろうな。 体調が良ければ問題ないが、 一度崩せば扱えなくなってしまう。 呼吸が乱れたらアウト。 そんなギリギリのラインだ」

「ギリギリのライン……」


 受験資格を問われていると、 冬一郎の表情に不安の色が浮かぶ。


「安心せい。 ちゃーんと下駄を履かせてわるわ」

「本当ですか」


 冬一郎の顔がみるみる明るくなる。

 紀伊馬はうんうんと頷いて指差した。


「まずは素振り百本」

「えっ」

「新しい得物を体に馴染ませるのだよ。 次に錬成百本。 これを十セットいこうか」

「に、 二千」


 冬一郎の顔がみるみる暗くなる。

 紀伊馬はうんうんと頷いてまた指差した。


「入門生は一にも二にも打ち込み稽古。 そいつを数年やって次のステップとするのが儂の修行方針な。 しかしお前さんは……というか受験生には時間が無い。 だから特殊な修練法で一時的にステップアップさせてやる。 効果はテスト期間中しか持たんが、 数年分を一気に跳躍するのだから相応の覚悟はしてもらうぞ。 ほれほれもたもたするな」


 もう十セット追加と告げられて、 冬一郎はあわてて素振りを始めた。

 無限に続く素振り地獄はまだ始まったばかり。

 この稽古が賽の河原の石積みだと気づくまで、 然程の時間はかからなかった。


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