カマタ・ゲートの風景
カマタゲートは四つの地区に分かれている。
霧にまつわる特別機関が点在している東ゲート。
個人商店が集まっている西ゲート。
一級河川を利用した防衛線≪二十三区境界ライン≫に設けられた二つの出入口、 東のロクゴウサイドと西のヤグチサイド。
住宅地は主に両サイドで形成されており、 東ゲートはロクゴウ、 西ゲートはヤグチと住み分けられている。
しかしまがりなりにも禁足地内であるため、 やはり人の往来は少なく旧世紀の廃墟は放置されたままだ。
それでも住環境は飛躍的に向上しており、 一昔前は定住する者が出てくるなど思いもしなかっただろう。
最近は飲食店が増えてきてより街らしくなってきたが、 危険と隣り合わせであるのは今も昔も変わりなかった。
第四海堡を出立した冬一郎達はトクマツと合流して、 カンパチから西ゲートに入ろうとしていた。
百春はマップを広げて飲食店をチェックしていく。
「お蕎麦にカレーに洋食っと……冬一郎さんどれにしよっか?」
「カマタゲートなら蛇鶏肉だろ。 ここなら単価も安い。 ガッツリいこうぜ」
「うーん……それなんだけどさ」
マップに記された店の情報を開く。
時刻は夕霧の刻。
どこもアルコール提供の文字が躍っている。
蛇鶏肉を提供する飲食店はほとんどが食堂兼居酒屋の形態であった。
いつの時代でもアルコールと焼き鳥の組み合わせは鉄板である。
彼女の意図を把握した冬一郎は顔をしかめた。
「今まで気にしてなかったけど、 この時間に俺達が行ったら気まずいよなあ」
「なーんか微妙な立ち位置だよねー今のわたしたち」
「確かに俺達は成人した。 したんだけどなぁ」
「まだ十五歳だからねー」
「お酒は二十歳になってからって、 オンライン成人式で口酸っぱく言ってたっけ」
「お酒も煙草も未成年の内はこの亀が許しません」
百春が仰々しく式辞を述べると、 冬一郎も後に続いた。
「成長期にアルコールやニコチンを摂取したら身体に多大なダメージを被りますゆえ」
口調を真似された亀がジッと二人を見つめている。
「てかさー冬一郎さん。 わたしは未成年ってとこに引っかかるの。 わたし達は成人したはずなのに未成年ってどーゆーこと? 人が足りないから都合よくコキ使ってやろうって下心が透けて見えるんだよねー」
亀はスッと目を逸らして黙々と歩くことに集中した。
「……まあ仕方ない、 蛇鶏肉はまた今度だな。 ランチタイムにでもまた出直そう」
「だねー」
冬一郎は第二希望を吟味しようと百春のマップを共有した。
一足先に来ていただけあって更新情報が充実している。
二つのマップの差分をとっていた冬一郎は何となしに物足りなさを感じ取った。
「なあ、 カマタのヒーラーって面子変わってないのか」
冬一郎の問いかけに返事が返ってこない。
「英莉。 ヒーリングはどうしてる?」
「…………セルフ」
重ねて問われた百春がしぶしぶと答えた。
冬一郎は大きくため息をついてマップを閉じる。
「夕飯は抜き。 お前はすぐにヒーリングだ」
「やったぜ!」
「やったぜじゃない」
「……あれ、 冬一郎さん怒ってる?」
「呆れてる。 あれだけ激しく動いたのにディスフォッグもディスチャージもろくにしてないなんてな。 俺の教え方がまずかったのかねえ……責任を感じるよ」
「待って待って違う違う」
「英莉。 ヒーリングとは?」
「ヒーリングとは外界で取り込んだ霧の成分と蓄えられた生体電気を体外に排出させて、 心身のケアをしながら元の健康体に戻す施術法です。 スポーツなどのリカバリーに近い行為ですが、 怠ると命に係わるという点で意味合いが大きく異なります。 だから明確なルールではないものの、 自分一人で行うセルフヒーリングは非推奨です」
急な問いかけも難なくこなし、 彼女はえっへんと胸を張った。
「そう。 んで禁足地に隣接する拠点は、 ヒーリングを職業とするヒーラーが集まりやすい傾向にある。 特にカマタゲートは腕の立つヒーラーが多くいるんだ」
「冬一郎さんだって負けてないよ。 私にヒーリング教えてくれたじゃない」
「いいや。 俺のは我流だし、 プロの方が確実でより安全だよ」
「んもーそれでいいから。 わたしの家に帰ろ」
「だからお前は出て行った。 俺の家から」
これまで絶やすことのなかった笑顔が、 みるみる表情を曇らせていく。
「……やっぱり冬一郎さん怒ってる」
「怒ってないよ。 むしろお前の選択は正しいと俺も思う。 現に今こうしてプロのヒーラーをタダで利用できるしな。 だから取ったんだろう? スカラシップをさ」
「違う。 わたしそんなんじゃ」
「違わない。 じいちゃんがよく言ってたよ。 お前の未来は一つだけじゃない。 幾つもの道があって、 無限の可能性に繋がっているんだ。 その選択肢一つ一つが自分の世界を広げていってくれる。 だからより良い道を選び、 自分だけの未来を掴めってね」
「わたしにはスカラシップしかなかったよ」
感情のない声がした。 微かに揺れる深紅の瞳を、 冬一郎は見た。
「英莉」
「ううん、 なんでもない。 冬一郎さんも疲れてるだろうし、 今日はお開きにしよっか。 けどそっちだって忘れちゃだめだよヒーリング。 なんなら明日わたしがしてあげよっか? なーんてね」
冬一郎はひらひらと手を揺らした彼女の前に立った。
「何があったか言ってごらん、 俺にだけさ」
「ずるいよ」と呟いて百春は薄く笑った。
「言えば気持ちが軽くなるさ。 霧と同じだよ。 溜め込み過ぎちゃ身体に悪い」
「それでも言わない」
突き放した台詞とは裏腹に、 しなやかな白い指が冬一郎のソーサリングに触れる。
そして曲線をなぞりながら、 繰り返し唱えるように言った。
「諦めないから。 わたしぜったい諦めないから」
「お前……」
百春が滲ませた仄暗い情念と渇望に、 冬一郎は困惑した。 いつもの彼女らしくない。 だからこそおくびにも出さないで、 わざとらしく一つため息をついてみせた。
「重い重い。 重いって英莉。 あまり深く考えすぎるなよ」
「なっ、 わたし重くない!」
「そういう意味じゃないからな」
「ふふっ、 んもう冬一郎さんったら」
彼女は小さな手をぎゅっと握ると、 肘を畳んで眼前に持ち上げた。 これは彼女の十八番。 よく見とけという示威行為の前触れ。
「英莉。 そんなことしたってなあ……」
「冬一郎さんったら♪」
拳が光った。
闇を切り裂かんばかりの生体電気が手袋のように覆っている。
張り付いた笑顔を浮かべたまま、 ぐーぱーぐーぱーと加減を確認して握り直す。
それが余計にプレッシャーとなって冬一郎の心をへし折りにかかる。
「トーイチローサン?」
最終通告。 念押しの一言が決め手となった。
「すみませんすみませんもう言いません許してください。 英莉さん重くないです」
「また言った!」
問答無用でズイズイと迫る触れたら最後の拳。 誅罰やむなしと覚悟を決めたが、 百春は電流を解いて鼻をつまみ悪戯っぽく笑った。
「冬一郎さんに一言だけ言っておきたいことがあります」
「なんだよ」
鼻を引っ張りながらジト目で見据える。
「冬一郎さんの……」
「俺の?」
大きく息を吸い込み、 たっぷり間を置いて――。
「ケチ!」
「ちょお前――」
脱兎のごとく駆け出した彼女は、 冬一郎の非難よりも早い速度で逃げ去っていった。




