ひよこのきもちも考えて
手を止めた各々の前にホログラムが立ち上がる。
文章化された映像には入試説明と記されていた。
「藪影君。 まずは数あるアカデミー・プログラムの中からスカウト・プログラムを選んでくれてありがとう。 僕の持つ指定人推薦枠にスカウトが充てられるのは久しぶりで嬉しいよ。 ここで最終意思確認をする。 本当に選考試験を受けるかい?」
「もちろんです」
「よし決まりだ。 それでは説明に入ろう。 君の試験は三日後に行われる。 推薦ではなく一般試験だから、 スカラシップみたいなお膳立ては一切無い。 備品の貸し出しはするけど持ち込みも可能だから、 納得のいくベストな状態で挑んでほしい」
「わかりました」
端が揃った紙束からスッと一枚抜き取られた。
「公正を期すために紙媒体で通達する。 受験生の課題はこれだ」
冬一郎は手渡された書類を見た。 そこには「初生雛鑑別試験」という表題が記されている。 図解としてふわふわした可愛らしい雛鳥が描かれていた。 隣に立つ成人男性の背丈と等しい、 怪鳥の子が。
「この雛は蛇鶏ですね」
「そう。 君にやってもらうのは蛇鶏の雛をオスかメスか記録してくること。 本当は通常業務の一環なんだけどね、 あえて手伝ってもらうことにしたんだ。 なぜなら――」
「人がいない」
模範解答でも答えるように四人の声が合わさった。
蛇鶏は産めよ増やせよ地に満ちよと数を増やしているが、 対して人間は世紀末時代と等しい低出生率のままだ。
加えて危険な任務を帯びるスカウトは、 慢性的な人手不足ときている。
本当は試験を受けてくれるだけでもありがたいし、 できれば受験生全員を合格させたいのが本音だ。
それでもふるいにかけるのは、 危険だからこそ適正を見定める必要があるため。
ゆえに名目上は実技試験であっても、 右も左もわからないまま放り出すことはしない。
弓波はホログラムに即席の流れ図を組み上げた。
「手順を話していこう。 まず三日後の午前九時に試験スタート。 期間は一週間。 その間だけ≪禁足二十三区≫の立入制限が緩和される。 一応活動範囲は広がるけど危険度も格段に跳ね上がるから、 できるだけカマタゲートの近くで蛇鶏のコロニーを探してほしい。 コロニーを見つけたら手頃な雛鳥を探すわけだが、 ここで注意点。 ターゲットにするのは雌雄未登録の雛鳥に限られる。 まあでも数が多いからハズレを引いても、 すぐにアタリは見つかると思う。 見つけたら鑑別スタートだ」
「いーなー冬一郎さん。 わたしこっちやりたかった」
「そんなにいいか? どーも体力勝負になる予感がするけどな……」
「鑑別方法は古来より受け継がれてきた伝統ある肛門鑑別を行う」
「冬一郎さん! 冬一郎さん!」
「英莉。 黙ってなさい」
「実際にどうするか説明しよう。 といっても簡単すぎて説明するほどでもないんだけどね。 十分に近づいて雛鳥のお尻を撮影するんだ。 いや、 ごめん言い直そう。 お尻ではなくてお尻の穴だ。 その近くにある小突起の有無で雌雄を鑑別するからね。 撮影するコツはカメラをおもいっきり尻につっこむこと。 お尻の表面をなぞる程度じゃ羽毛で隠れてしまう。 だから容赦なく突っ込むんだ。 ズブッと一気にだよ」
「…………」
「……英莉さん。 黙ったまま人の顔覗かないでくれます?」
「しっかり撮影すれば後は雛鳥家庭プログラム・ひよこのきもちが登録の有無も含めてオスかメスか判定を下してくれる。 これを三羽こなせば合格だ。 運がよければ一日で終わらせられるかもしれない。 けど取り合いになるような数じゃないから、 焦らずにじっくりと取り組んでほしい。 あ、 別に三羽以上鑑別するなとは言ってないからね。 いっぱい鑑別すれば蛇鶏の会の皆さんがきっと喜ぶよ」
「そういえば仲西さんと丘さんって追われ慣れてたよね。 撒くのも上手かったし」
「やっぱりスカレポみたいに追い回される流れかコレ」
「はっはっは大丈夫。 君さえ敵意を見せなければ歯牙にもかけないさ。 せいぜい足元をうろうろしたら邪魔だってくちばしで背中を押すくらいだよ。 どちらにしろ潜り込むだけなら何も問題ないから難しく考えなくていいよ」
席を離れた弓波は壁に拵えた槍掛けのところへ行った。
水平に掛けられた大小様々なマジックスピアの中から一槍を選ぶと、 冬一郎の前に持ってきた。
「藪影君。 君に支給品を渡そう」
弓波はマジックスピアを掲げた。
銀色に輝く外装は素槍と機関砲を組み合わせたデザインをしている。
しかしスピアの先端にあたる槍頭(穂)の部分には刃も銃口も存在しない。
代わりにマウントユニットが搭載されており、 着脱式のウェポン・カートリッジを組み合わせることで、 より柔軟性と多用途性を追求した運用ができるように設計されている。
「マジックスピア・スタンダードタイプ。 銘は直風」
弓波は直風を二つに折りたたんで冬一郎に渡した。
「受領しました。 大切に遣わせてもらいます」
「相手は無邪気で好奇心旺盛な雛鳥だ。 なんでもくちばしで突っついてくる。 当然だけど悪気があってやってるわけじゃない。 だから過剰に反応はしないでやってほしい。 あやすようにいなしてくれると、 後々関係がこじれなくてこちらも助かる」
「なんなのこのハートウォーミングな試験。 わたしのと全然違うんですけどぉー」
不平を漏らす百春に部屋の中が笑い声で包まれた。
「とはいっても直風は護身用であることに変わりはない。 藪影君、 明日はマジックスピアのレクチャーを受けるように。 お願いしますね、 紀伊馬さん」
「日枝塚霊苑におる。 いつでも来なさい」
紀伊馬はマップにマーカーを打ち込んだ。
海岸エリアの一区画を指している。
一通りの入試説明を終えた弓波は、 ホログラムを閉じて執務机に戻った。
そして最後に伝えることがあると冬一郎に告げた。
「いいかい。 霧に迷わず、 必ず帰ってきたまえ」
確答して全ての手続きが済んだ冬一郎は、 百春と共に退室を許可された。




