7.女傭兵シグリッド(2)
「なんか、すいません……。いつも愚痴ばっかり言ってしまって……」
膝を抱えて蹲る。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、シグリッドさんに愚痴を聞いてもらうと、心が晴れる。楽になる。まるで、アイリスみたいな人。
恐る恐る隣を見ていると、壁にもたれかかったシグリッドさんがこちらを見て笑ってくれていた。
「いや、良いんだよ。あたしもリアナの気持ちが知れて嬉しいし。困っているなら力になりたいって思っているから」
……やっ、さしいぃぃっ! なんでこんなにもシグリッドさんは優しいんだろう! 赤獅子なんて言われているけれど、全然そんな怖さはない!
あっ、でも……以前のシグリッドさんならそう呼ばれていたのが合っている雰囲気だった。無口で無表情で人を寄せ付けないオーラがあって、孤高な感じだった。
だけど、ある日を境にして今のような優しさに溢れる態度に変わった。本当に少しずつ変わっていったから、違和感がなかったんだ。
「ん? そんなに見て、どうした?」
「いや、その……今のシグリッドさんのほうが親しみやすいなって思って」
「……それは嬉しい。リアナと話すために、少しずつ自分を変えていったから」
わ、私と話すために? いやいや、どうしてそうなった!? 私はただの祝福係だから、道具としてしか見られていないはずじゃ!
「わ、私……何か変な事しました?」
「変な事? そうだなぁ……したかな」
や、やっぱり! 何かしちゃったんだ! うわぁぁ、穴があったら埋まりたい!
「うぅ、ご迷惑をおかけしてすいません……」
「……いや、全然迷惑じゃなかった。それどころか、リアナに救われたと思う」
……ん? 救われた? 私……全然そんな記憶がないんだけど……。
「だから、リアナの事だったらなんでも力になりたい。困ったことがあったら、頼って欲しい。そう思っているよ」
「わ、私はそんな大層な人物じゃ……」
「あたしにとっては大事ってこと。一人で抱え込むなら、あたしに分けて欲しい。そうすると、気持ちが楽になる」
穏やかに笑ってそう言ってくれる。そんな優しい言葉をかけてくれる人は少ない。だから、言葉が心に沁みる。
優しくされると困る。私からも優しくしてあげたいと思うから。私なんかに優しくされても困ると思うけれど、気持ちが大きくなって抱えきれなくなる。
だから、そっと……ほんの少しだけ思っても大丈夫だよね。
「そういうシグリッドさんも、最近の調子はどうですか? ……また、一人で無茶はしてませんよね?」
ちらりと顔を窺うと、ちょっと驚いたように目を見開いていた。
「シグリッドさんは……凄く万能なのは知ってますし。他人の手助けは必要ないかもしれませんけれど……少しでも周りに相談してますか?」
ちょっとシグリッドさんを放っておけない時期があって、陰キャなりにお節介を焼いていた。私の力なんて微々たるものだったけど、でもきっかけにはなってくれたと思う。
でも、やっぱりお節介だったかな……。自分で焼いておきながら、やっぱり止めた方が良かったかも。と、勝手に心配して勝手に葛藤している。
「わ、私で良ければ……少しでも力になりますから。だから、何でも言ってください」
あぁ、またそんな言葉をかけてしまった。なんか、重い……かな。ただの道具がこんなこと言ってきて、面倒くさがられないだろうか。
また一人で不安になっていると、黙って見てきたシグリッドさんの表情が柔らかくなった。頬が少し赤いような――。
「――また、リアナに心配をかけてしまったね。でも、その気持ちが嬉しい」
本当に心の底から喜んでいるような笑顔。その笑顔を見ると、鼓動が高鳴った。なんだか、私の気持ちが受け入れられたように感じて、恥ずかしさと嬉しさが混じった感じがした。
そっと手を伸ばされる。ちょっと怖い……でも、シグリッドさんなら平気なような気がした。
大きな手が私の頬を撫でる。それだけで、体がざわついて落ち着かない。怖いんだけど、気持ちいいような……そんな複雑な感じ。
「あたしはリアナのお陰で今もこうして生きている。だから、リアナには恩以上の感情を抱いているの、知ってる?」
「恩以上? いや、私は祝福係なので、それ以上は――」
「勝手に思うのはいいでしょ?」
はっきりと強い口調で言われた。優しかった目が獰猛な鋭い目になる。思わず体がビクリと跳ねた。ちょっと、怖い……でも、嫌な怖さではない。
困惑した顔をしていると、ハッと気まずそうに視線を逸らす。
「いや、それはちょっと言い過ぎたかな。好きに思うのを許して欲しい、かな」
途端に雰囲気が柔らかくなった。さっき、以前のシグリッドさんの片鱗を見て、変わっていない部分もあると気づいた。もしかして、そこが嫌われているって思っている?
「えっと、無理をしているのなら、以前と変わらない態度でも大丈夫です。私、怖くありませんから!」
どうか、素のシグリッドさんで居られるように。気持ちが重くならないように。楽で生きられるように。そんな願いを込めて伝えた。
すると、シグリッドさんは驚いた顔をしてから――酷く優しい表情を作った。
「それだと、駄目」
「ど、どうしてですか?」
「それだとね、リアナを――食べちゃいそうだから」
「へっ、食べ?」
見つめる視線には妙な艶があり、柔らかそうな唇の端がゆるやかに持ち上がる。その表情を見ると、胸がざわつく。逃げろと本能が言っているような――。
「鈍感なリアナのために、詳しく教えてあげようか?」
そう言って、手をギュッと握ってきた。これじゃあ、逃げられない!
その後のシグリッドさんの話しで、「そういえば、私……狙われていたな」という気づきを得た。……遅すぎぃっ!




