5.姫騎士フィオナ(2)
「いっ――いやいや! 高貴なフィオナ様を汚すわけには! 私と食べさせ合いをするなんて、ホコリ菌が移ってしまいますよ!」
同じ空気を吸うだけでも、処罰されそうなほどに高貴な方なのに! た、食べさせ合いをする!? こんなに美しい人を私なんかで汚すわけには!
なんとか断ろうとすると、ムスッとフィオナ様が不機嫌そうな顔になる。
「ちょっと、高貴って何よ。私はここでは普通の騎士と変わらないって言ったのは、リアナじゃない」
お、怒っているのそっち!? 確かに、そんなことを言ったような覚えはあるけれど……どうしてそこに執着するのか分からない。
「自分の言ったことは責任を持って、最後まで貫き通してもらいたい。じゃないと、私の気持ちがないがしろにされた気分」
「す、すいません……以後、気を付けます」
あっ……何故か知らないけれど、傷つけてしまった。申し訳ない気持ちがこみ上げてきて、自然と頭を下げる。
「……そんなに怒ってないから、顔を上げて」
「はい――んっ」
その声に顔を上げると、開いた口に何かが入ってきた。甘くてほろ苦い、チョコレートケーキの味。それは、フィオナ様が食べていたケーキだった。
呆気に取られている間に、口の中にケーキを置き去りにしてフォークが抜き去られる。
「ふふっ、美味しい?」
悪戯が成功したような顔をして、フィオナ様が子供っぽく笑う。口の中を動かすと、濃厚なチョコレートの味が広がって美味しい。
……ん、待てよ。そのフォーク、フィオナ様が使っていた奴じゃ!
「ちょっ――! フィ、フィオナ様! い、い、今のは!」
「えっ? どうしたの? ただの食べさせ合いでしょ?」
……間接キスを知らない? そ、そうだよね! フィオナ様はロイヤルで姫で騎士! そんな言葉とは無縁に生きてきた人だ。
知らなくてホッとした……。でも、知っている私だけもだもだするのが苦しい! 私だけ意識して、辛っ……! この気持ちをどうすればぁっ!
「ふふっ、それで――」
そんな乱れた心境を笑うようにフィオナ様が微笑みを向ける。
「間接キスのお味はどう?」
その言葉に心臓が高鳴って、全身から熱が溢れる。言われると思わなかった言葉に恥ずかしさがこみ上げて、堪らない気持ちになる。
「フィ、フィオナ様……知っていて……」
「それは、もちろん。そうなるように誘導したからね」
ま、まさか……始めからそれを狙って!? あの質問も!? いや、ケーキを買った時から考えていた、とか!?
わ、私は見事に嵌められてしまったということ!? それに気づくと、もっと恥ずかしくなって、もどかしい気持ちになる。
「その様子だと、少しは私のことを意識してくれた?」
とても楽しそうな顔でそう聞いてくる。その言葉を聞いて、改めて思った。私……攻略されている、と。
私が好きな人とじゃないとキスをしないって言ったから、本気で口説きに来ている! 絶対に最強の祝福をしてもらいたいからだ!
私、そんなつもりで言ったわけではなくてですね! どちらかというと、一線引いていた今までの関係の方が良かったと申しますか!
「――リアナ? また、自分の世界に浸っている?」
その時、肩を掴む感触がした。我に返ってみると、フィオナ様が身を乗り出して、顔を覗かせていた。
「うぅ、至近距離は……美しすぎて、辛いっ……ですっ」
「もう、またそうやってリアナは話をはぐらかす……。リアナは私の話を聞いてる?」
その質問も誘導なんじゃ……。そう思うと、一言を出すのにも神経を注いでしまう。
戸惑っていると、フィオナ様が拗ねたようにソッポを向く。
「リアナは私のことをなんでもないって思っているってこと?」
「い、いえ! そんなつもりじゃ!」
「じゃあ、ちゃんと言葉にしてくれないと困る。リアナは私のことをどう思っているの?」
拗ねた顔から真剣な顔へ。真っすぐな強い眼差しが向けられると、逃げられなくなる。言わないで嫌われる方が嫌だと思ってしまう。
すると、言葉が溢れてくる。私は恐る恐る口を開いた。
「騎士として立派だと思います。いつも誰よりも前に立って、危険な場所に向かって……皆を守ろうとしていて。その姿は誰だって憧れるものです」
戦うところはあまり見たことがない。だけど、聞こえてくる話しはたくさんあった。騎士として最前線にたち、人々を守り、仲間を守る。それは、騎士として最善の姿だろう。だけど、私はそれが一番だとは思っていない。
「一人で努力している姿は立派ですが、心配です。自分を後回しにして、自分を大切にしていない。それだと、守れるものも守れません。だから、私はもっと自身を大切にして欲しいです」
いつ、あの時のように倒れるか心配だ。一人じゃないんだから、もっと周りを頼ってもいいはずだ。周りだってそれを望んでいる。
少しでもフィオナ様が背負うものが軽くなれば、その気持ち一心で気持ちを伝えた。
「フィオナ様が倒れたら悲しむ人は沢山います。騎士団の皆さんも、王族の方々も……私も、悲しいです」
言った瞬間、自分で何を言ったのか理解して顔が熱くなる。
し、しまった! 今のは重かったのでは!? 迷惑だったのでは!?
慌てて取り繕おうとしたけれど、その前にフィオナ様の顔が目に入った。口元を手で隠して、横を向いている。よく見ると、眉間に皺が寄っていて、耳が赤いような――。
「――また、君はそうやって、私を見てきたように……」
「す、すいません! 出過ぎた真似でしたね!」
「……はぁ、気にしないで。リアナの気持ちがあの時から変わってないって知れただけでも」
あの時? 私、前にも変な事言っていた!? ど、どうしよう……嫌われたりとかは……。
お腹が痛くなるような葛藤がぐるぐると周り、冷や汗が出てくる。俯いていると、トントンとテーブルを叩いて私を呼ぶ。
恐る恐る顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべるフィオナ様がいて――。
「それで。私も悲しいという部分を詳しく聞かせてくれるかな?」
そうにっこりと笑いかけてきた。
……また、誘導に引っかかったみたいです、私。……私ぃぃいいいっ!




