4.姫騎士フィオナ(1)
書類に目を通していると、頻繁に「百合キス」の文字が並ぶ。その度に胃が段々と重くなっていく。
「うぅ……祝福業務じゃないのに、文字を見るだけで調子が悪くなるなんて」
お腹を押さえて、蹲る。大きくため息を吐くと、頭を机に乗せた。
「考えないように、考えないように……」
そう自分に言い聞かせていたのに――。
『なら、好きになってもらうよう努力しよう。リアナの気持ちが私に向くように、これからアピールをさせてもらう』
『好きなってもらうのが一番なら、あたしはそれを目指す。リアナがあたしを惚れてくれるようにするから』
あの時の二人の言葉が鮮明に蘇ってきて――。
ガンッ!
堪らずに思いっきり頭を机に叩きつけた。
「わ、忘れろぉっ、忘れろぉっ! 二人が狙ってくるなんて、まさか、そんなっ!」
ガン、ガン、ガンと頭を何度も机に叩きつける。
「私なんてそこの辺のホコリと同じなのに! 掃除後に隅に残った頑固な汚れのホコリ程度の鬱陶しい存在なのにっ、捨て置かれるのが丁度いい存在なのにっ!」
はぁああっ、無理無理無理っ! 私が二人の汚点になってしまう! 私なんかと話すだけで陰鬱なホコリの空気に晒されているのに、これ以上どうして悪い気に当てなければいけないのか!
こんな私でも仲良くしてくれたのは、嬉しいし申し訳ない。だから、一定の距離を空けた今が私にとっての最高のベストポジションだったのに!
それが、何!? 唇のキスで最強の祝福の力が手に入れられるって知られたのは、非常に……ひっじょーにっ不味いんじゃないですかね!
だって、二人は最前線を守る主力の中の主力! そんな二人が最強の祝福の力を手に入れられるって知れば、そりゃあ利用するでしょう! いや、しないといけないっていう重責を抱えることに!
本当は嫌なんだ……いや、違う。嫌というより責任感だ、二人は優しいから。私なんかを利用しようとしているんじゃない。
最前線を守るために無理をしているんだ。。あぁ、私は……二人に嫌な役目を与えてしまった。
私が好きな人じゃないとキスをしないって言ったばっかりに、そうせざる負えない形になって……嫌な役目を!
でも、前言撤回は出来ないし……。本当に唇のキスだけは勘弁して欲しいし……。でも、このままだと二人は――。
「リアナ、寝ているの?」
その声を聞いて、体が硬直する。だけど、すぐに勢いよく顔を上げた。そこには困り顔のフィオナ様が立っていた。
「どど、どうしてフィオナ様がっ!?」
「仕事が空いたから、顔を見せに来たんだけど……。もしかして、疲れている?」
「えっと、その……疲れているといいますか、自分を戒めていたといいますか……」
「ふっ、何それ……」
すると、フィオナ様が軽く笑った。うっ、美しっ……じゃなくて! 私は何と言うご迷惑を!
「だったら、話しが早い。私と一緒に休憩しないか? このケーキと一緒に」
「えっ、いや、流石にそれは……私如きで申し訳ないといいますか……」
「一人で食べるのは寂しいの。だから、リアナが付き合ってくれると助かるんだけど……」
本当に寂しそうな目で見つめてきて、心が痛む。私なんかがフィオナ様の心を乱すなんて、許されない。だけど、付き合うのは――。
「……今、お茶を淹れてきます」
◇
皿に盛られたショートケーキをフォークで切り分け、口に運ぶ。生クリームの甘い味にイチゴの酸味が合わさって、ほっぺが落ちるほど美味しい。
ちらりと見ると、フィオナ様が丁度ケーキにフォークを入れているところだった。その所作は綺麗で、思わず見ほれるほど。
綺麗な指先がフォークを支え、優雅に動く。その動作を見るだけで、やっぱりこの人は別の世界の人間なんだと思わせられる。
「ん? どうしたの? 美味しくなかった?」
「あっ、いえ! とても美味しいです!」
「それは良かった。でも、今は私の方を見ていたでしょ? 何か、気になるところがあった?」
不思議そうに首を傾げるフィオナ様。その仕草だけでも王族の気品が溢れている。一緒にいると凄く緊張するけれど、気さくな態度がその緊張を少しだけ和らいでくれる。
「えっと、所作が綺麗だなって思いまして……。流石、ですね」
「ふふっ、ありがとう。私の動きを見てくれるなんて、気にしてくれた?」
「あっ、そのっ、すいません……。迷惑でしたよね?」
「そんなことないよ。リアナが少しでも、私に気があったみたいで嬉しい」
微笑みながらそんなことを言うものだから、心臓が痛い。
「気があるだなんて、そんな! ただの庶民の憧れというか、とにかく凄くてですね! ……やっぱり、壁を見ながら食べますね」
失礼がないようにしないと! そうじゃないと、私の首が刎ねられる! そう思って、体を小さくして後ろを向こうとすると――。
「二人一緒にいるのに、一人が壁を向いたら寂しいでしょ。だから、止めて欲しいな」
「で、でも……折角の休憩なのにご迷惑をかけるわけには」
「私の休憩はリアナの顔が見れて、会話が出来ることなんだ。それに、一緒に休憩を頼んだのは、もっとリアナと仲良くなりたいからだよ」
寂しそうに笑うその表情はとても綺麗で、見るたびに心臓が落ち着かない。そんな顔でそんなことを言われたら、逆らえない!
恐ろしいっ! これが、ロイヤルの力!
「そういえば、庶民ではどのように距離を縮めるんだい? 今、出来ることはある?」
「えっ、あっ、そ、そうですね……。た、食べさせ合いとか……やっていた、気がします……」
幼馴染のアイリスとは良く食べさせ合いをしていた。でも、これが仲良くなるきっかけというのも違う気が……。
やばい、フィオナ様にどうでもいいことを口走ってしまった! 早く、訂正しなければ!
そう思って、顔を上げると――フィオナ様がケーキが乗ったフォークをこちらに向けてきた。
「だったら、私たちもやろう」
あぁ、私のバカ! 言ったらやるってことに、どうして気づかなかったっ!?




