32.不安な日々
「リアナ、どういうことじゃ。追放は精神的な理由で力が使えなくなったから、じゃなかったか? 原因となる人がいるとは聞いとらんぞ」
「えっと……あまり、言いたくなくて……」
「そんな大切な事をなんで言ってくれないんじゃ! 私はリアナの幼馴染じゃぞ! どんなことでも力になりたいって思っておるのに!」
「ご、ごめんなさい……」
セレスティアの発言を聞いたアイリスは私を叱った。そうなると思っていたけれど、地味に辛い……。
だって、アイリスに余計な心配をかけたくなかったから、喋らなかった。でも、こうして余計な心配をかけてしまって、心が痛い。
「まぁまぁ、落ち着いて。リアナにも事情があったんだよ」
そこに、シグリッドさんが間に入ってくれる。私の肩を持つようなことを言うと、アイリスが苦々しい顔をした。
「……その事情をなんで私に言ってくれなかった。私では力不足じゃったのか?」
「ち、違いますっ。その……アイリスに心配かけたくなくて……」
「そんなのっ、気にしなくてもいいのにっ!」
アイリスの怒鳴り声に体がすくむ。唯一の親友だったから、心配を掛けたくなかっただけだけど……それがダメだったらしい。
幼馴染に怒られて、気が沈む。怒らせるために黙っていたわけじゃない。だけど、現実は思うようにはいかない。
「アイリス、落ち着きなさい。リアナも思うところがあったんだ。それを理解した方がいい」
「……はぁ、分かったのじゃ。いきなり怒鳴って悪かったのぅ」
「い、いえ……私も黙っていて、すいませんでした」
シグリッドさんの仲介でなんとか和解は出来た。でも、まだ微妙な雰囲気は流れている。
「それで、どうしてあの人を嫌っているのか、教えてくれない?」
その言葉に体がびくつく。それを教えるためには、あのことを言わないといけない。それが、凄く嫌だった。
だけど、何か話さないと……。そう思って、とっさの嘘をつく。
「えっと、とても厳しくてそれで私が耐えられなくて……」
「……そんな様子じゃなかったと思うけれど。正直に話せない事情があるの?」
……ダメだ、シグリッドさんの前では嘘は言えない。まるで、私の心を見透かされている気分だ。
グッと手を握ると、俯きながら口を開く。
「あまり、言いたくありません……」
「……嫌なことを思い出すから?」
「……それもあります」
そして、流れる沈黙。とても重々しい空気に耐えられなくなりそうだ。
「だったら、今は言わなくてもいい。だけど、その時が来たら教えてくれない。そうじゃないと、どんな風にリアナを助けれるのか分からないから」
「……はい」
「とにかく、出来るだけリアナの側にいるよ。あの人が近づかないようにする。だから、安心して」
そう言って、シグリッドさんが頭を撫でてくれる。それだけで、荒れた心が落ち着いてくるようだ。
……不思議だ。あの人に触られると嫌悪感しかないのに、シグリッドさんは違う。……それに、フィオナ様も。
どうして、こんなに差があるのだろう。その答えを知るのは、近くに訪れると、この時は気づかなかった。
◇
魔王軍の攻勢に対抗するため、こちらも戦力を増強し、迎え撃つ作戦が正式に決定した。
その知らせを受け、王都から騎士団が派遣され、町は受け入れた後、作戦の準備で日に日に慌ただしさを増していく。
それに合わせるように、私たち聖女の仕事も目に見えて増えていった。
決戦の日までに少しでも魔王軍の戦力を削るため、騎士団と傭兵団は連日のように討伐へ向かい、その度に戦いへ赴く人たちへの祝福が求められる。
朝から晩まで礼拝堂には列が途切れることなく続き、心をすり減らしながら祝福を授ける日々が続いていた。
それだけでも十分につらい毎日だった。……なのに、ここへ来て、私の心をさらに追い詰める出来事が増えてしまった。
その原因は、もちろん――。
「リアナ、今日も来たよ」
毎日のように隙間時間にセレスティア様が会いに来た。ただ、会いに来るだけじゃない。その手には、色んなプレゼントを抱えていた。
「これで許してもらえるとは思っていないけれど、受け取って」
そう言って、無理やりプレゼントを渡してくる。陰キャな私は断ることも出来ず、ただ受け取るしかない。だけど、それが悪かった。
「ふふっ、少しずつリアナの心が溶けていっているのが分かる。リアナは私を許そうと思ってくれているんだろう?」
全くその気がないのに、勘違いをしてくる。私が許していっていると、そんな風に感じ取られてしまった。
……全然そんな風に思っていないのに。ただ、近くにいるのが嫌なだけなのに。何も分かってくれない。
「この後、少し時間があるんだ。中庭で話さないか。今までの埋め合わせをしよう」
そう言って、手を伸ばしてくる。それだけで、体が震えるけれど――その手をフィオナ様が掴んだ。
「そこまでにしてもらおう。リアナが嫌がっている」
「……嫌がっている? いや、これは違う。久しぶりでどう接していいか分からないだけだ」
「……どこを見て、そう思える? 明らかに怯えている」
フィオナ様が牽制するが、セレスティア様は――。
「それは、まだ私が許されていないからだ。でも、それももう少しで果たされる。そうしたら、きっと以前のように接してくれる。そうしたら、王都に連れ戻す」
まるで、自分が私の主導権を握っているような言い方をした。……怖い、この人は変わっていない。
この人に言う通りにしたから、だから――。
「あと、もう少し。必ず、その心を溶かすから…待っていて、リアナ」
目を細めて、熱のこもった目で見てくる。そう言い残すと、セレスティア様は去って行った。
セレスティア様は本気で私が心を開き始めたと思っている。でも、本当は怖くて何も言えず、拒絶することもできずにいるだけなのに、その沈黙さえ都合よく受け取られてしまうことが、どうしようもなく恐ろしかった。
このまま勘違いが深まれば、きっともっと距離を縮めようとしてくる。そのたびに私は何も言えず、ただ怯えることしかできないのだと思うと、不安で胸が押し潰されそうになる。
……お願いだから、もう私に近づかないで。その願いだけが、何度も何度も心の中で繰り返されていた。




