31.対峙
「……リアナ? どうした?」
私が体を固まらせていると、セレスティア様が不思議そうに首を傾げた。そして、ゆっくりと私を地面に下してくれる。
私をじっと見下ろして、不可解な現象だと言わんばかりに怪訝な顔をした。突然、ハッと何かに気づいたように目を見開くと、今度は肩に手を乗せてくる。
「久しぶりの再会で現実が受け入れられないのか? ははっ、リアナは可愛いな」
上機嫌でそう言うと、肩を叩いてくる。セレスティア様は気さくな感じだけど、私は逆に緊張していた。触れて欲しくないのに、無遠慮に触ってくる。
「……どうした、リアナ。どうして、何も喋らない? また、以前のように話してくれないか?」
だけど、とうとう私の異変に気付いた。本当に不思議そうに聞いてきて、問いかけてくる。
向こうの態度は以前と変わらない……いや、以前よりも気さくになっている。だから、余計に怖く感じる。
もっと踏み込んで来たら、嫌だから。だから、誤解されるようなことは言いたくない。口を固く噤んで、何も喋らないようにする。
その時、セレスティア様の表情が曇った。
「……怒っているのか? ……そうだね、リアナが追放された原因が私にあるのだから」
……どうして、何も喋っていないのに勘違いをするのだろう。私は追放されたことは怒っていない。
あれは私の祝福が十分に発動しなくなり、聖女として求められる役目を果たせなくなった結果、用済みだと判断されて王都を追われただけのことだ。
結局のところ、私の心が弱くなってしまったのが原因だった。
聖女としての責務に耐え切れず、人と触れ合うことに怯え、祝福を捧げるたびに心をすり減らしていった。その積み重ねが限界を迎えた結果、祝福は徐々に力を失い、最後にはまともに発動しなくなってしまった。
……もちろん、その原因を辿れば、セレスティア様に行き着く。
あの日々の出来事が、私の心に決して消えることのない傷を刻み込んだのは事実だ。あの日を境に、私は今まで以上に誰かに触れることも、触れられることも怖くなってしまい、祝福を捧げるたびにあの時の記憶が鮮明に蘇るようになった。
だけど、それを理由にセレスティア様を逆恨みしようとは、一度も思ったことはない。
悪意があったわけではないことくらい、私にも分かっている。だから、追放されたことを責めるつもりもない。
……むしろ、追放されて良かったとさえ思っていた。
王都を離れ、この人と二度と顔を合わせずに済む生活を手に入れられた。毎日怯えながら祝福を続ける必要もなくなり、この人が突然現れるかもしれないという恐怖からも解放された。
それだけで、私にとっては十分すぎるくらい幸せだった。だから――セレスティア様は、何もかも勘違いしている。
私が怒っているから黙っているんじゃない。怖いから、言葉が出てこないだけ。その違いに、この人は気づいていない。
セレスティア様は申し訳なさそうに眉を下げると、私の肩からそっと手を離し、小さく息を吐いてから静かに頭を下げた。
「リアナを追放される原因を作ってしまって、本当に申し訳なかった」
いつもの自信に満ちた騎士団長の姿はそこにはなく、ただ一人の女性として、心の底から申し訳ないと思っていることが伝わってくる声音だった。
「私がリアナの力を十分に引き出せなかった。私の未熟さが、リアナから聖女としての居場所を奪ってしまったんだ。本当に……すまなかった」
真摯な謝罪だった。きっと、この人は今までずっと自分を責め続けてきたのだろう。それが分かるほど、誠実で、嘘のない言葉だった。
……だけど、その謝罪を聞いても、私の胸は少しも軽くならなかった。
申し訳なさそうな表情も、優しく語りかける声も、私を気遣うような眼差しも、そのどれもが、私には恐怖でしかない。
謝らなくていい。そんなことは、もうどうでもいい。だからお願いだから、これ以上私に関わらないでほしい。
もう私の近くへ来ないでほしい。その笑顔も、声も、優しさも、何もいらない。ただ静かに、私の前からいなくなってほしい。
その願いだけが、恐怖で震える私の心を埋め尽くしている。
「どうか、私を許してくれないだろうか?」
そう言って、セレスティア様が距離を縮めてくると――私たちの間に突風が吹いた。その風に押され、お互いに距離を置く。
私が驚いていると、セレスティア様の表情が険しくなる。
「……誰だ」
そう睨みつけた先には――杖を構えたアイリスが立っていた。アイリスもセレスティア様を睨みつけ、今にも魔法を発動させような勢いだ。
「それ以上、近寄らんでくれるかのぅ。リアナが嫌がっているから」
「リアナが嫌がっている? そんなことはない。再会を喜んでいる」
「そうは見えんかった。それに、聞き捨てならないことを聞いた。リアナの追放の原因になった? ……そんな人物をリアナに近づけさせるわけにはいかない」
二人はお互いに睨み合い、一触即発の雰囲気だ。私はどうしていいか戸惑っていると、そこにフィオナ様が駆け寄ってきた。
「セレスティア殿、そこまでにしてもらおう。勝手な行動は」
「勝手じゃない。これは私にとって必要な行動だった。リアナだってそう思ってくれている」
「……リアナは嫌がっているように見える。だから、これ以上は」
「まさか、そんなことがないだろう。ただ、驚いているだけだ」
フィオナ様が窘めようとするものの、セレスティア様は全く聞く耳を持たない。そんな自我の強さを見て、さらに怖くなった。
……謝ったけれど、この人の本質は変わっていない。それだったら――。
「リアナ」
その声にまた、体が震える。
「落ち着いたらまた話そう。会いに来る」
そう穏やかに笑い、フィオナ様と去って行った。セレスティア様は去って行ったが、その言葉が頭の中で反響する。
これで終わりじゃなかったことに絶望した。




