30.騎士団長セレスティア
久しぶりに町の外へ出ると、転移陣の周囲には教会や騎士団、傭兵団の関係者たちが集まり、王都からやってくる騎士団を迎える準備を進めていた。
転移陣の陣頭指揮を執るのは、幼馴染のアイリス。国でも数人しか使えない転移陣を扱える、王国屈指の天才魔法使いだ。
その姿を見れば、普段なら「すごいなぁ」と素直に誇らしく思える。……でも、今日は無理だった。
この転移陣の向こうから、あの人がやってくるのだから。胸の奥が、そわそわと落ち着かない。
ど、どうしよう……。
出来ることなら顔を合わせたくない。気づかれないように人混みの後ろへ隠れた方がいいだろうか。それとも、やっぱり仮病でも使って教会で留守番をしていれば良かったのだろうか。
そんなことを考え始めると、不思議なくらい本当に具合が悪くなってくる。胸は重く、息は浅くなって、胃の辺りがきゅっと縮こまるような感覚がした。
「凄いわね。王都から騎士団を丸ごと転移させるんだから」
不意に隣から声が掛かり、びくりと肩を震わせる。振り向くと、そこにはミレイアさんが腰に手を当てながら転移陣を眺めていた。
「リアナも前に行って見てみない? こんな大規模な転移陣なんて、そうそう見られるものじゃないわよ」
「い、いえ……私はここで……」
これ以上前へ行ったら、向こうからやって来る人たちにも見つかりやすくなる。そんな勇気は、とてもじゃないけれど出なかった。
「……なんだか顔色が悪いわね。大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
「そうは見えないけど……。でも、今さら教会へ戻るわけにもいかないし」
ミレイアさんが困ったように呟いた、その時だった。
「転移陣、展開完了!」
張り詰めた声が周囲へ響き渡る。その合図を聞いた瞬間、心臓がどくりと大きく脈打った。
いよいよ来る。そう思っただけで、喉がひりつき、指先まで冷たくなっていく。
だ、大丈夫……。会わないようにすればいい。人混みの後ろにいて、目立たないようにしていれば、きっと向こうも私なんて気にしないはず。
私は何度も何度もそう自分に言い聞かせながら、不安で震えそうになる胸をぎゅっと押さえた。
その時、地面に刻まれた転移陣が眩い光を放った。光は一瞬で辺りを白く染め上げ、私は思わず目を閉じる。
やがて輝きが静かに収まると、ゆっくりと瞼を開いた。そこには、先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、王都の騎士団が整然と並んでいた。
そこに、あの人はいた。銀色の長い髪を風に靡かせ、特別な青い鎧をまとった人。
すらりと伸びた長身に、まるで絵画から抜け出してきたような整った顔立ち。綺麗という言葉だけでは足りないほどの美人で、その姿は相変わらず眩しすぎる。
……もう二度と見ることがないだろうと思っていた人だ。
遠くから見ているだけでも、胸が苦しくなる。以前の事がフラッシュバックして脳裏に蘇る。冷や汗が浮き出て、鼓動が不愉快に高鳴る。
……大丈夫。見つからなければ、どうということはない。このまま、受け入れが終わって、代表者の顔合わせが終われば……。
そう思っていると、各代表者が騎士団長に近づいていく。軽く会話をし、穏やかに進んでいる。
すると、話がまとまったのか指示だしをし始めた。在留の騎士たちが動き出し、転移して来た騎士たちを誘導し始める。
……なんとか、終わった? 本当に出迎えだけで終わってくれたみたいで、ホッとした。このまま、何事もなく教会に帰れれば――と、思った時、セレスティア様がこちらに視線を向けた。
それだけで、心臓が跳ね上がる。だけど、それでは終わらない。こちらにどんどん近づいているのが見えた。
近づいてくる距離。堪らず後ろに下がっていく。だけど、相手の方が足が速く、距離がどんどん縮んでいく。
ど、どうしよう……走って逃げる? でも、それだと目立って、逆に見つかってしまうかもしれない。だったら、このまま最後尾で身を隠していれば。
そう思っていたのに――セレスティア様と目が合ってしまう。
「リアナ!」
その瞬間、セレスティア様が私の名を呼んだ。み、見つかってしまった!
駆け出してくるセレスティア様。私は逃げたいのに、地面に根が生えたように動けなくなってしまった。
嫌だ、来ないで……。そう、願っているのに――目の前まで来てしまった。
そして、躊躇することなく、腕を伸ばして――私を持ち上げる。一気にセレスティア様の頭の上まで持ち上げられ、体が固まった。
「ようやく、会えた! ここに来るのが楽しみだった!」
その声は、心の底から弾んでいた。セレスティア様は満面の笑みを浮かべ、宝物を抱き上げた子どものように私を高く持ち上げている。
「元気でいた? 手紙は読んでくれた? ずっと会いたかったんだ!」
その勢いのまま、その場でくるりと一回転。さらにもう一回。
周囲から驚きと笑いが入り混じった声が上がる。それでもセレスティア様は気にした様子もなく、嬉しさを隠し切れないまま私を抱え続けていた。
「ははっ! 本当にリアナだ。夢じゃない!」
青い瞳がきらきらと輝き、頬は自然と緩み切っている。その表情には一切の曇りがなく、再会できた喜びだけが溢れていた。
まるで、大切な人にようやく会えたかのように。
……だけど。私は違った。頭の中が真っ白になる。体はぴくりとも動かず、まるで石になってしまったみたいだった。
怖い。ただ、それしか考えられない。
持ち上げられたままの体が小刻みに震え、冷たい汗が背中を伝っていく。心臓は壊れてしまいそうなくらい激しく脈打ち、呼吸もうまくできない。
どうして。どうして、こんなに嬉しそうなの。
逃げたい。今すぐ、この腕から逃げ出したい。
だけど、恐怖で体は強張り切り、自分の意思では指一本動かせなかった。




