29.二人への気持ちが分からない
「では、リアナ。祝福をお願いします」
「……はい」
今日も憂鬱な祝福業務がやってきた。笑顔を張り付けて、次々と祝福を授けていく。そして、ふと、寂しさを覚えた。
今日はフィオナ様とシグリッドさんがいない。二人がいないと分かると、途端に心が不安になって祝福に障害が発生する。
ダメだ、ちゃんとしないと。気を取り直して祝福に集中するものの、受けに来た人たちの対応にどんどん精神が削れて行ってしまう。
そんな時も二人のことが頭を過る。いつも守ってくれたフィオナ様。傍にいて安心させてくれたシグリッドさん。二人の存在が私の中で大きくなっていた。
以前までとは比べようもないほどに意識してしまう。それもこれも、唇への祝福が最強だと知られたからだ。
……いや、今思うと、それはただのきっかけにしか過ぎなかった。それ以前の私の行動が二人の心を動かしていたっていうのが分かった。
……わ、私はとんでもないことをっ!
私はただ、その場で「放っておけない」と思ったから動いただけで、人の心を変えるような立派な人間じゃないし、そんな大それた力なんて持っているはずがありません!
きっと二人がもともと優しかったからで、私なんてほんの少し背中を押しただけ……いや、それすら思い上がりかもしれません。
なのに、「リアナのおかげ」なんて言われると、自分には到底釣り合わない評価をもらっている気がして、嬉しいよりも先に「そんなわけありません!」と全力で否定したくなってしまう。
しかも、二人も……。私には一人でもキャパオーバーなのに、二人も……。一体、どうすれば!
「今日も辛気臭い顔をしておるのぅ」
こ、この声は!? 無意識で祝福作業をしていると、目の前にアイリスがいた。まさに、今の私にとっては天の助け!
「ア、アイリス! こ、この後時間ありますか!?」
「なんじゃ、なんじゃ。何かあるのか?」
私は思わず、目の前の幼馴染に助けを求めた。
◇
「なるほどなぁ。私が忙しい間にそんなことが起こっていたとはな」
「うぅ……すべて、アイリスが煽てたからじゃないですか。だから、こんなことに……」
「いやいや。私のせいじゃなくて、以前からのリアナの行動が原因じゃろ」
「うっ、そ、それは……」
幼馴染に助けを求めると、逆に斬られた気分だ。
「わ、私はそんなつもりはなくて……。ただ、少しでも良くしたくて……」
「……はぁ。全く、昔からリアナはそうじゃからな」
アイリスは呆れたように肩を竦めると、小さくため息を吐いた。
「お主は陰キャのくせに、人が困っていると放っておけん。人と話すだけで疲れると言いながら、自分が傷つく方を選んでまで誰かを助けようとする。そのせいで相手は『自分を大切に思ってくれている』と勘違いするんじゃ」
「えっ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。勘違い? 誰が? 何を?
そんな顔をしていたのだろう。アイリスは額に手を当て、深いため息をつく。
「ほら、そういうところじゃ」
「えっ、えっ? わ、私、何かしました?」
「その反応じゃ。その優しさがお主にとっては当たり前だから、自分がどれだけ相手の心を動かしておるのか、まるで分かっておらん」
そんなことを言われても、本当に心当たりがない。私はただ、放っておけなかっただけ。困っている人がいたから、少しだけ勇気を出しただけ。それ以上でも、それ以下でもない。
きょとんとしている私を見て、アイリスはまた一つ大きく息を吐いた。
「だから悪いと言っておるんじゃ……」
ぽつりと零したその一言には、長年幼馴染として見守ってきた者にしか出せない諦めと苦笑が滲んでいた。
「お主は自分の優しさを無自覚に配っておいて、いざ相手から好意を向けられると『どうして!?』と慌てふためく。その繰り返しじゃ。自覚がないから余計に質が悪い」
「えぇぇっ!? そ、そんなことになっていたんですか!?」
「なっておる。昔からずっとな……本当に仕方のない奴じゃ」
あまりにも断言されて、私は言葉を失った。……もしかして私、本当にとんでもないことをしていたのだろうか。
「じゃが、リアナが他人の好意をここまで自覚をするのは珍しいの。それだけ、リアナを大切に思っていると思うぞ」
「そ、そうでしょうか……」
「そうじゃ。……リアナは他人の感情には疎いところがあるからのぅ」
なぜか、アイリスが寂しそうにそう言った。なんか、含みがあるように聞こえて、どう返していいか分からない。
「私は二人と距離を縮めていくのは賛成じゃ。そして、リアナがこの人だって言える人を決めればいいだけじゃ」
「えっ……私なんかが決めるんですか? いやいや、恐れ多いというか、大変失礼というか……」
「そこまで大切にしてくれる人を逃す手はないぞ。それに、二人ともリアナの力になれていると思う。……私はリアナの力になれなかったから……」
最後の方の言葉が小さすぎてあまり聞こえなかった。妙に気にかかるけれど、アイリスにはあの二人が私のことを大切にしているように見えるらしい。
「で、どっちがいいんじゃ? 輝剣の姫騎士か? 万敵殺しの女傭兵か?」
「うっ、そ、それは……」
どっちがいいかなんて、私なんかが決められない! だけど、決めないと二人に悪い……とか? だったら、余計に決められない!
一人で唸っていると、アイリスは「あっ」と声を上げて、イスから立ち上がった。
「そろそろ、仕事の時間じゃった。リアナには悪いが席を外すぞ」
「あっ、すいません……。無理に付き合ってくれて」
「いいんじゃ。仕事って言っても、出迎えじゃからな。ほら、輝剣の姫騎士が王都から帰ってくるからのぅ」
「あっ、フィオナ様、帰ってくるんですね」
久しぶりにフィオナ様に会える。そう思うと、自然と心が弾んだ。だけど、それもそこまでだった。
「なんでも、魔王軍の大きな動きに合わせて、こちら側も大きく動くらしくてな。王都から騎士団長がやってくるらしい」
その言葉に思考が停止した。今、なんて――。
「あの、騎士団長って……」
「リアナも知っているじゃろう。王都で一緒にいた、あの騎士団長――セレスティアじゃ」
その名を聞いて、体が凍り付いた。私が王都を追放された原因であり――唇のキスをしたくなくなった元凶の名だったから。




