28.優しくされたらどう返していいか分からない
第三章、完。
その言葉に、息が止まった。
だけど、その意味を理解した瞬間、胸の奥で心臓がどくん、と大きく跳ね上がる。それを合図にしたかのように鼓動は一気に速さを増していき、耳の奥で自分の心音が何度も何度も反響して、頭の中まで真っ白になってしまう。
そ、それは……告白では?
そんな言葉が喉まで込み上げてきたのに、恥ずかしさと動揺で声にならず。私はただ目をぱちぱちと瞬かせながら、シグリッドさんの体温と息遣いを感じる事しかできなかった。
ど、どうしよう。
私なんかが好かれる理由なんてないと思っていた。人と話すだけで寿命が縮む陰キャで、いつもおどおどして、すぐに自分を卑下して、聖女なのに頼りなくて、むしろ迷惑ばかり掛けている私を好きになる人なんて、この世にいるはずがないと、本気でそう思って生きてきた。
だから、心が追いつかない。
色んな考えがぐるぐると頭の中を駆け回り、どう返事をすればいいのかなんてまったく分からず、口を開いては閉じることを何度も繰り返してしまう。
そんな沈黙する私に、シグリッドさんはふっと優しい声を掛けてくれる。
「そんなに驚かなくてもいいよ。好きになった理由なら、まだまだ話せるから」
「ま、まだあるんですか……?」
思わず情けない声が漏れる。
「もちろん。リアナの好きなところなんて、一つや二つじゃ足りない」
そ、そんなに……っ!? 頭の中の陰キャが、今にも悲鳴を上げそうだった。
「リアナは誰かに褒められると、すぐに『そんなことありません』って否定するよね。でも、本当に優しい人ほど、自分の優しさに気づいていない。リアナはその典型だ」
「うぅ……」
「それに、誰かが困っていたら、自分が怖くても絶対に放っておけない。祝福の仕事で疲れ切っていても笑顔を作って、みんなのために頑張って、自分は後回しにしてしまうし、それに――」
「も、もう大丈夫です! 良く分かりました!」
どうして、馴れ初めの話から、こんな話に発展するんですか! 陰キャが誉め言葉で素直に喜ぶと思わないでください!
陰キャは優しくされ慣れていないのだ。
だから、こんなふうに真っ直ぐ好意を向けられると、嬉しいとか恥ずかしいとか以前に、まずどう受け止めればいいのか分からなくなってしまうし、自分なんかがそんなふうに思われる理由が理解できなくて、頭の中が大混乱を起こしてしまうのである。
褒め言葉をもらっても反射的に否定してしまうし、優しくされても「何かの間違いでは?」と疑ってしまうし、好きだと言われても「私のことですか? 本当に?」と確認したくなる。
つまり今の私は――嬉しさと羞恥と困惑と信じられなさが一度に押し寄せてきて、完全に処理能力の限界を迎えていた。
「そんなに優しくされると、どう返していいか分からなくなるんです」
「別に気にしなくてもいい。あたしが勝手にやっているだけだから」
「そ、それでも気になるんです……。誰かに何かをしてもらえることは特別だと思うから……」
そうしなければ、「恩知らずだ」と思われるんじゃないか、「失礼な人だ」と思われるんじゃないか、「もうこの子には何もしてあげたくない」と呆れられてしまうんじゃないか。
そんな不安がいつも頭の片隅に居座っていて、誰かの善意を素直に受け取ることがどうしても出来なかった。
だからこそ、私は与える側でいようとした。誰かを助けて、誰かの役に立って、そのお返しなら受け取ってもいいと、自分に言い聞かせるように生きてきた。
でも今、シグリッドさんが向けてくれている優しさは、そんな損得や貸し借りとはまるで違う。
ただ「好きだから」という理由だけで、惜しみなく与えてくれる温もりだからこそ、私は何を返せば釣り合うのか分からなくなってしまって。嬉しいはずなのに胸の奥がいっぱいになって、どう応えればいいのか答えを見つけられずにいた。
「あたしはただリアナが好きだから優しくしたいだけ。それだけじゃ、ダメ?」
「うぅ……でも、何もお返しするものが……」
「だったら、返事を聞かせてもらえる?」
「あっ、そっ、それは……」
「……分からないのなら、待つから。リアナが好きになってくれるまで。それまで、ずっと優しくする」
告白の返事を求められると、つい素直に戸惑ってしまった。だけど、それでも雰囲気は悪くならない。ずっと、シグリッドさんが優しいからだ。
返事もしないで、優しくされるだけは、とても居心地が悪い。だから、また私は口走ってしまうのだ。
「えっと、他のことでお返し出来ることがあれば、なんでもやります?」
「……なんでも?」
「はい、私に出来ることなら、なんでも!」
今の私にはそれしかできない。この胸のもやもやを晴らすには、自分が責任を持って何かをしてあげることしかできない。
「……だったら、このままでいいから……触れてもいい?」
「触れ……? そ、それくらいなら」
深く考えないで、了承してしまった。すると、髪を避けられる。首筋やうなじが空気にさらされて、ちょっとだけ肌寒い。
なぜ、そこを? そう思っていると――首筋に柔らかくて温かい感触がした。これは……唇? えっ、今……キスされた!?
「シ、シグリッドさんっ!?」
「いつもリアナがしてくれたように、あたしもしたくなってね」
いや、いつものはただの業務で! そんな風に慌てていると、何度もキスが降ってくる。
首筋やうなじに押し当てるだけのキス。それでも、誰も触れていないところだから、余計に意識してしまう。
顔が熱い、鼓動が煩い、息が上がる。こんな状態を我慢しなくてはいけないのが、とてつもなく辛い。
だけど、それだけじゃない。
「リアナ、好きだよ。……好き」
囁くように耳へ落とされたその一言だけで、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、頭の中を埋め尽くしていた思考という思考が一斉に暴れ始めた。
それなのに、シグリッドさんは「好き」と囁くたびに、まるで私が安心できるように背中を優しく撫でてくれて。その温もりに触れるたび、混乱していたはずの心は少しだけ落ち着いて。
でも今度はその優しさに胸がいっぱいになってしまって――結局、頭の中は最初以上にぐちゃぐちゃになるのだった。




