27.優しさを教えてくれたから
体が密着して、ドキドキする。普通なら嫌な感覚になるのに、それがない。きっと、相手がシグリッドさんだからだ。
以前は他人を寄せ付けなくて、孤高な人だった。だけど、傷つく姿を放っておけなくて、世話を焼いていたらいつのまにか優しくなっていた。
その頃から、シグリッドさんを意識していたと思う。それが最近になって強く意識をするようになったから、こんな接触で心がかき乱される。
「リアナ、苦しくない?」
「だ、大丈夫です! わ、私のことはお構いなく!」
「……それは出来ない。リアナのために一緒に居るんだから。こうしたら、安心するでしょ?」
耳元で声をかけられるだけで、体がぞくぞくとする。なのに、そんなに優しくされたら気でも狂ってしまうんじゃないかって不安になる。
「触れているだけでも安心出来るって……リアナが教えてくれた。誰かが傍にいてくれるだけで安心できるって……リアナが教えてくれたんだよ」
……私、そんなことを教えた覚えはない。陰キャなりに精一杯の交流を図っただけだと思うのだけれど……それがシグリッドさんの心を動かした?
「覚えている? リアナが初めて業務外で話しかけてくれたこと。傷だらけのあたしを気遣って言葉をかけてくれた」
「えっ、あっ、はい……。毎回会う度に傷が増えていったので、とても気になってしまって……。堪らず声をかけてしまいました」
シグリッドさんは以前から私の祝福を受けに来た傭兵さん。その傭兵さんが傷だらけで祝福を受けに来ていたので、心配になってしまったのだ。
その時のシグリッドさんは余計なお世話だと言わんばかりに厳しい態度で接してきた。私も余計な事をしたかな、と反省はしていたけれど、毎回傷だらけになって来ると黙って見過ごせることが出来なくなった。
「あたしが突き放しても、リアナはあたしを心配してくれたね。鬱陶しかったのに、次第にそれが心地よくなったんだよ」
「あはは……あの時はご迷惑をおかけしました。でも、諦めなくて良かったです。だって、それでシグリッドさんの怪我が増える原因が分かりましたから」
シグリッドさんの怪我の原因は――一人で戦っていたことだ。傭兵団に所属していても、シグリッドさんは孤高の存在だった。
誰の助けも借りずに一人で戦場を駆け抜けた。その実力はあった。だけど、実力だけでは傷はなくならなかった。
一人で戦場を駆けていると知った時、シグリッドさんに仲間がいればいいのに、と思った。そうしたら、傷も減るのに。
そう思った私は早速行動に移した。傭兵団に行って、シグリッドさんと共闘しながら戦ってくれないかと持ち掛けた。
シグリッドさんは傭兵団の中で一番強い存在。誰もシグリッドさんについてこれなかった。だから、誰も共闘しようとは思わなかった。
「リアナがあいつらを熱心に説得したお陰で、あたしの手助けをしてくれる傭兵が増えた。気にかけてくれる傭兵が増えた。それだけで、心強さが変わった」
「言葉が届いて良かったです。シグリッドさんをフォローする傭兵さんがたくさん出来たお陰で、シグリッドさんの怪我が減りましたし……」
めげずに傭兵さんたちに働きかけると、少しずつ変わってくれた。シグリッドさんを気に掛けるようになって、少しずつ交流が増えていった。
そのお陰で、シグリッドさんの怪我が減った。みんながフォローしてくれたおかげで。それがとても嬉しかった。
怪我が減って、苦しそうなシグリッドさんがいなくなった。凄く心が軽くなったし、普通に笑うシグリッドさんがいてくれて安心した。
「リアナの優しさが傭兵団を変えてくれた。そして、あたしのことも変えてくれた」
「……私が変えたんですか?」
「……気づかなかった? あいつらのフォローが入ったから変わったんじゃなくて、リアナの優しさが変えてくれたんだよ」
いや、私はシグリッドさんの怪我が減れば、と思って行動しただけだ。人まで変えているなんて、思いもしなかった。
シグリッドさんは私を抱き寄せる腕に、ほんの少しだけ力を込めた。その温もりは決して苦しくはなく、むしろ壊れ物を扱うように優しかった。
「リアナは、自分では何もしていないって思っているけれど、違うんだ」
静かな声だった。けれど、その一言一言には積み重ねてきた想いが滲んでいて、胸の奥へゆっくりと染み込んでくる。
「初めて会った頃のあたしは、人なんて信じる価値はないと思っていた。仲間なんて足手まといだと思っていたし、誰かを頼れば弱くなる、弱くなれば死ぬ、それが戦場の常識だと信じ切っていたから、誰かが近づいてきても突き放して、一人で傷だらけになって、それでも生き残ればそれでいいと、自分の命さえどうでもいいような生き方しか知らなかった」
シグリッドさんの声は穏やかなままなのに、その言葉には昔の自分を悔いるような痛みが滲んでいた。
「そんなあたしに、リアナだけは諦めなかった。冷たくしても、迷惑そうな顔をしても、何度突き放しても、『大丈夫ですか』『無理をしないでください』って、何の見返りも求めずに手を差し伸べ続けてくれた。それは英雄だからでも、最強の傭兵だからでもなく、一人の傷ついた人間として心配してくれたからで……そんなふうに向けられた優しさなんて、生まれて初めてだった」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。そんなふうに思われていたなんて、知らなかった。
「リアナは、自分では小さなことだと思っているんだろうけど、その小さな優しさは、人の生き方を変えるくらい大きな力を持っている。あたしはもう、一人で全部背負おうとは思わなくなった小さな聖女が、それでも勇気を出して『怪我は大丈夫ですか』と声を掛けてくれた、たった一度の優しさだったんだ」
真っ直ぐにそう告げられ、私は返す言葉を失った。
私はただ、シグリッドさんに傷ついてほしくなかった。それだけだったはずなのに――その優しさが、一人の生き方を変えていたなんて、夢にも思わなかった。
なんと、言葉を返したらいいか考えていると――。
「だから、そんなリアナが好きになったんだよ」




