25.分かっているけれど……
「リアナ、お疲れさまでした。しばらく休んでいてください」
「お、お疲れさまでした……」
今日もなんとか、一日の祝福業務を終えることができた。
最後の一人を見送った途端、全身から力が抜ける。心も体も鉛のように重く、今にもその場へ倒れ込んでしまいそうだった。
最近は魔王軍の侵攻が激しくなり、戦場へ向かう傭兵や騎士たちが祝福を求めて教会へ訪れることが増えている。そのせいで、一日に祝福する人数も以前よりずっと多くなった。
もともと人と接するだけで寿命が縮むのに、その人数が増えるなんて……。神様、私に何か恨みでもあるんですか?
……いや、まだそれだけなら耐えられる。問題は、もう一つ。
最強の祝福は、唇へのキスらしい。そんな噂が、じわじわと街中へ広まり始めていることだ。
ど、どうしてそんなことになったの……? 額や頬、手の甲への祝福でも十分すごいのに、どうしてみんな、そこから先を欲しがるの?
私が知る限り、唇への祝福なんて一度しかしていない。それなのに、どうしてそんな情報が漏れているの?
まさか、誰かが見てた? いや、でもあの時は周りにいた人も少なかったような――。
「――リアナ」
「ひゃ、ひゃい!」
「お客さんが見えてますよ」
……びっくりした。その人が指さす方向には、顔見知りの傭兵たちがいた。ちょっと申し訳なさそうにしていて、少しだけ心が和んだ。
「やぁ、リアナちゃん。忙しいところ悪いね。ちょっと話せるかい?」
「は、はい……。私でよければですが……」
「リアナちゃんにしか頼めないことなんだ」
私にしか頼めないこと? でも、私に出来ることは祝福しかないけれど……。
そう不安に思いながら、礼拝堂の端へと移動して話を聞くことになった。
「それで、話とはなんですか?」
「いやな、こんな噂を耳にしたんだよ。唇への祝福が最強だって」
……あっ、ここでもその話が出てくるんだ。心が一気に不安に傾いて、この場から逃げたくなる。だけど、話は終わっていない。
「最近、魔王軍の攻勢が激しくなっていて、戦いが厳しくなっているんだ。ほら、リアナちゃんの祝福は、この町で一番の力を持つだろう? その最強の力があれば、戦いも楽になると思うんだ」
「俺たちは男だからリアナちゃんの祝福は受けられない。だけど、シグリッドだったら、リアナちゃんの祝福が受けられる。このままだと、シグリッドの負担が大きくなって、最悪な結果を招きかねない」
「だからさ、シグリッドに最強の祝福を授けてくれないか? 町の存続が掛かっているんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
町のため。みんなのため。シグリッドさんのため。
誰も自分のために言っているわけじゃない。私を困らせようとしているわけでもない。ただ、この町を守るために、一番いい方法を選ぼうとしているだけなんだ。
だから、責められない。責められるはずがない。……むしろ、正しい。
最強の祝福があるなら、それを使わない理由なんてない。その力で一人でも多くの命が助かるなら、そうするべきなんだ。
頭では、ちゃんと分かっている。だけど――。
「――どうして、ここにお前たちがいる?」
その時、シグリッドさんの声が聞こえた。顔を上げると、傭兵たちの後ろにシグリッドさんが立っていた。
その表情は険しく、傭兵たちを睨んでいるように見える。
「えっ、まぁ……ちょっとな。じゃ、じゃあ! 用事が済んだからこれで!」
すると、傭兵たちは慌てたようにその場を立ち去った。まさか、シグリッドさんが来ただけで、こうも態度を変えるとは驚きだ。
まるで、この場面を見られたくなかったかのように……。
「リアナ」
「は、はい!」
いつもの優しい声じゃない。低く唸るような声。思わず体が震えてしまうくらいに緊張してしまう。
鋭い眼光が私を見る。まるで、逃がさないと言っているように。
「……何を言われた?」
「えっと、さ……最近元気? って、様子を見に来られましたよ」
なぜか、とっさに嘘を言ってしまった。正直に言ったらダメなような気がして。
これで、ごまかせた? そう思ったのだが、シグリッドさんの雰囲気は変わらない。まるで、以前の厳しさが戻ってきた感じだ。
「嘘。そんな話をしたわけじゃないでしょ?」
「うっ」
「何を言われた? 正直に言って」
「そ、それは……」
息苦しい威圧が向けられ、思わず後ろに下がってしまう。だけど、後ろに下がれば下がるほど、シグリッドさんは詰め寄ってくる。
とうとう、壁が背中にくっ付いた。逃げようと体を横にずらそうとすると、シグリッドさんの手がそれを阻む。
見上げると、そこには至近距離のシグリッドさんの顔があった。真剣な目と合うと、拒否出来なくなる。
「リアナ、正直に言って」
「うぅ……シ、シグリッドさんに……最強の祝福を授けてくれないかって相談されました」
「……はぁ。やっぱり、そういうこと」
耐えられなくなって正直に話すと、シグリッドさんが盛大にため息を吐いた。まるで、そのことを知っているかのような様子だ。
「この間のことがあったらから、みんなが心配してくれたみたい。リアナが気にすることないよ」
「そ、そうだったんですね……」
そっか、傭兵のみんなはシグリッドさんが心配だったんだ。だから、あんなことを言ったんだ。
「安心して。リアナには無理やりそんなことはさせないから」
「そ、そうなんですか? 安心しました……だったら、これからは無しという方向で考えても良いってことですね」
「……」
……なぜ、そこで沈黙をするのか。言いようもない不安が押し寄せてきて、恐る恐るシグリッドさんを見上げる。
すると、切なそうに目を細める視線と合ってしまった。シグリッドさんの手がこちらに近づいて頬を撫でたと思うと、指先が唇に触れる。
「あたしが狙っているの、無しにしないで欲しい」
優しいけれど、どこか有無を言わさないような強さのある声。真剣な眼差しを向けられると、それだけで緊張してしまう。
そして、現実を思い知る。私が狙われているという事実に。




