24.心配していただけなのに
礼拝堂の騒ぎがようやく落ち着き、慌ただしく出入りしていた傭兵たちも一安心したように胸を撫で下ろした。
シグリッドさんは教会の奥にある療養室へ運ばれ、清潔な白いシーツが敷かれたベッドへ静かに寝かされた。
呪いは浄化できたものの、深く裂けた傷や大量の出血によって体力は大きく消耗している。回復魔法を施したがすぐに元通りというわけにはいかないため、念のためしばらくは安静にしてもらうことになったのである。
私はそんなシグリッドさんの隣へ椅子を引き寄せる。もし傷口が開いたり、呪いの残滓が再び現れたりしないよう注意深く様子を見守りながら、何度もその穏やかな寝顔へ視線を向けていた。
さっきまで苦しそうに息を乱し、今にも命の灯火が消えてしまいそうだった姿を見てしまったせいか、胸の奥に残った不安は簡単には消えてくれない。
本当に、大丈夫なんだよね……?
そんなことを考えていると、シグリッドさんがゆっくりと目を開き、私と視線が合うと安心させるように微笑んだ。
「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。ほら、この通り元気だからさ」
そう言いながら、ベッドへ手をついて上半身を起こそうとする。
「じゃあ、そろそろ動いても――」
「駄目です!」
私は反射的にその肩へ手を添え、ぐいっとベッドへ押し戻してしまった。
「おっと」
シグリッドさんは苦笑しながら、されるがまま再び枕へ頭を預ける。
「リアナ?」
「まだ駄目です。呪いは消えましたけど、それで全部終わったわけじゃありません。体には大きな負荷がかかっていますし、呪いの影響が本当に残っていないかも確認しなければいけません」
自分でも驚くくらい真剣な声が出ていた。だって、また無理をして倒れられたらどうするの。あんな苦しそうな姿を、もう見たくない。
「でもさ、あたしは丈夫だから――」
「丈夫だから無茶をしていい理由にはなりません」
思わず言葉を重ねると、シグリッドさんは少しだけ目を丸くした。
「シグリッドさんは、この町の皆さんが頼りにしている英雄なんです。だからこそ、怪我をした時くらいはちゃんと休んでください。治るものをきちんと治さないまま戦場へ戻って、もっと酷いことになったら……それこそ皆さんが悲しみます」
そこまで言ってから、私は小さく俯いた。
「……もちろん、私も」
最後の一言は、消え入りそうなくらい小さな声だった。
言ってしまった。恥ずかしくなって視線を泳がせていると、しばらく黙っていたシグリッドさんが、ふっと優しく笑う。
「……そうか」
その笑顔は、どこか嬉しそうだった。
「そこまで言われたら、観念するしかないね」
小さく肩をすくめると、シグリッドさんは抵抗することなく再び体をベッドへ預け、両手を頭の後ろへ回そうとして傷に響いたのか、「いてて」と苦笑しながら大人しく布団をかぶった。
「今日は、聖女様の言うことを聞いておくよ」
「その方がいいです」
ほっと胸を撫で下ろす私を見て、シグリッドさんはくすりと笑う。
「なんだか立場が逆になっちゃったね」
「えっ!? な、なんかすいませんっ!」
「別に謝らなくてもいいよ。リアナがあたしのことを思ってくれているのが分かって、嬉しかっただけだから」
「え、えーっと……それはその……」
自分で言っといて、凄く恥ずかしい気持ちになった。なんで、私も悲しいなんてことを言ってしまったんだ! うぅ、これじゃあ私がシグリッドさんを気にしているみたいじゃ。
その時、シグリッドさんが私の手を握る。大きくて温かい手。それだけで、心が落ち着いてくる感じがした。
「もう、怖くない?」
「……えっ?」
「さっきまで、リアナは震えていたから。怖がらせちゃってごめんね」
「あっ、いや、そんなことないです! ただ、私に覚悟が足りなかっただけで……」
き、気づかれていた……。シグリッドさんが死んじゃうかもってしれないって思うと、気持ちを抑えきれなくて。
変に思われたかな。「私も悲しい」なんて勢いで口走っちゃったし、今もこうして手を握られたまま動けなくなってるし、きっとシグリッドさんの中では「この子、急にどうしたんだろう」って思われてるよね。
うぅ……やっぱり陰キャは余計なことを言うと駄目だ。家に帰ってから百回は反省する未来がもう見えてる。
そんなことを考えていると、シグリッドさんは私の手をそっと包み込むように握り直し、安心させるような柔らかい笑みを浮かべた。
「リアナ」
「は、はいっ!」
「今日は、本当にありがとう」
真っ直ぐ見つめられる。だ、駄目だ。そんな真正面から見られると、陰キャは逃げ場がなくなるんですけど……!
「リアナが来てくれたから、あたしは助かった」
「そ、そんな……私は当然のことをしただけで……」
「違うよ。リアナが頑張ってくれたから、あたしは助かったんだ」
そう言うと、私の手を握ったまま、どこまでも優しい声で続ける。
「だから、今度はあたしがリアナを助ける番だ」
「……え?」
「リアナが困っていること、苦しいこと、怖いことがあるなら、どんなことでも話してほしい。あたしにできることなら何でもするし、できないことでも一緒に考える。だから、一人で抱え込まないで」
その声音には、一切の迷いがなかった。怒涛ようによう押し寄せてくる言葉に、心臓が持たない!
「リアナの力にならせて」
「~~~~っ!」
な、何ですかその台詞ぃぃぃっ!? 心臓が……心臓がもう限界なんですけど!?
さっきまで生死の境をさまよっていた人とは思えないくらい格好いいことを、そんな自然に言えちゃうの!?
無理無理無理! 看病する側の心臓が先に倒れちゃうよ!
これ、全然看病じゃないよ! 患者さんが聖女の精神力を削ってくる新手の治療法になってるんですけどーっ!




