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ド陰キャ聖女に百合キスは荷が重すぎる!~唇への祝福が最強だとバレてしまい、キラキラ王子様系姫騎士と包容力おばけな女傭兵に迫られています~  作者: 鳥助
第三章

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23.弱る気持ち

「祝福は唇にくれませんか?」


「す、すいません……唇への祝福は行っておりません」




「唇が最強って聞いたんだけど、そこにしてくれない?」


「……それは、出来ません。ごめんなさい……」




「唇に祝福してよ! 私は平気だからさ!」


「わ、私がへ……ごほん。その祝福は現在使われておりません」




 次から次へと飛んでくる、「唇に祝福してください」のお願い。そのたびに断って、謝って、また断って、また謝って。


 ……もう、心が限界です! どうして、みんなそんなに平気で言えるのぉ……!?


 唇だよ? キスだよ? 私の中では人生最大級のイベントなんだけど!? 人生で一度切りかもしれないイベントだよ!


 それを「じゃあ唇でお願い」「最強なんでしょ?」「私は平気だから」くらいの軽いテンションで言われると、陰キャの心は毎回、木っ端みじんに砕け散るんだけど!?


 しかも、断るのも辛い。勇気を出してお願いしてくれた人を断る罪悪感と、「どうして?」という困った顔を向けられる気まずさで、私の精神力は毎回ごりごり削られていく。


 これ、一日に何回も繰り返すんだよ? もう祝福じゃなくて、私のメンタルを削る儀式になってるよ。


 というか、誰ですか! 「唇への祝福が最強」なんて噂を流した人! 出てきてください! お願いだから、その人が代わりに私の業務をやってください!


 私はもう、知らない人と目を合わせるだけでもライフが半分になるのに、そのうえ「キスしてください」なんてお願いまで受け止めろとか、陰キャへの当たり判定が大きすぎるよ!


 女神様ぁ……。もし今、天界から見ているなら、一つだけお願いがあります。祝福の効果を変えてください。


 せめて握手。いや、ハイタッチ。なんなら会釈でも発動する仕様にしてください……。もう私の陰キャライフは、限界です。


 心も体もへとへとで、今にもその場へ溶けてしまいそうだった、その時――。


 バァンッ!


 礼拝堂の扉が勢いよく開かれ、静まり返っていた空気が一瞬で張り詰める。


「急患だ! 聖女様、急患だ!」


 切羽詰まった声が礼拝堂中に響き渡った。飛び込んできたのは、見覚えのある傭兵たちだった。その顔には余裕など一切なく、焦りと動揺がありありと浮かんでいる。


「ど、どうしたんですか!?」


 慌てて駆け寄ると、先頭の傭兵が息を切らしながら叫ぶ。


「強い魔物が現れたんだ! 完全な不意打ちだった。本当なら部隊は壊滅していてもおかしくなかった!」


 その言葉だけで、嫌な予感が胸を締め付ける。


「で、でも……こうして皆さんは……」


「ああ。シグリッドが一人で食い止めてくれた。あいつが前に出てくれなきゃ、誰も生きて戻れなかった」


 その続きを言い淀む傭兵の表情を見て、心臓が嫌な音を立てた。


「……ですが」


 数人の傭兵がゆっくりと脇へ退く。その奥で担架に横たわっていた人物を見た瞬間、私の思考は真っ白になった。


「シグリッドさん……!」


 いつも堂々と立っていた大きな体が、今は力なく横たわっている。右肩から胸にかけて黒い靄が絡みつき、まるで生き物のように蠢いていた。


「っ……ぐ……」


 苦しそうに眉を寄せ、荒い息を繰り返すシグリッドさん。顔色も悪く、額には脂汗が浮かんでいる。


「回復魔法を何度も試した! でも駄目だった!」


 傭兵の一人が焦りを隠せない声で叫ぶ。


「この黒い靄が回復魔法を弾くんだ! 傷は治らないし、どんどん苦しそうになっていく……! 聖女様、どうにかならないか!」


「黒い、靄……」


 その禍々しい瘴気を見つめた瞬間、脳裏に一つの光景がよみがえった。


 あの日のフィオナ様。あの時も、同じように黒い呪いが体へまとわりつき、回復魔法を拒み続けていた。


「……呪い」


 間違いない。これは、あの時と同じだ。


「皆さん、少し離れてください!」


 迷う暇なんてなかった。私はシグリッドさんの傍へ駆け寄ると、その冷たくなり始めた手をぎゅっと握る。


「リア……ナ……」


 薄く開いた瞳が、私を映した。


「大丈夫です。今、私が助けますから」


 私は胸の前で両手を組み、震える指先に祈りを込めながら、女神様へ必死に祝福を捧げていく。


 どうか、この人を助けてください。どうか、この人を連れていかないでください。


 そんな願いを心の中で何度も繰り返し、そっとシグリッドさんの額へ唇を寄せ、優しく口づけを落とした。


 けれど――。


「……っ!」


 黒い靄は、ぴくりとも揺らがなかった。まるで祝福そのものを拒絶するように、禍々しい瘴気は右肩から胸へ絡みついたまま、不気味に蠢き続けている。


「そんな……」


 額への祝福で浄化できない。ということは、それだけ強力な呪いということだ。


 それに――私の祝福……弱くなってる? 祈りを捧げた瞬間、自分でも分かってしまった。


 最近ずっと落ち込み続け、祝福が十分に発動していないと司祭様から叱られ、自分を責め続けてきたせいで、心が擦り減り、祈りに込める力まで弱くなっている。


 こんな時に。どうして、こんな時に限って……!


 私は唇を噛み締め、もう一度女神様へ祈りを捧げる。心を落ち着かせようと深く息を吸い込み、震えを押さえながら、再びそっと額へ口づけを落とした。


 それでも、黒い靄は消えない。私は何度も祈り、何度も祝福を捧げる。一回。二回。三回。


 それでも呪いは少しも揺らぐことなく、逆にシグリッドさんの呼吸だけが苦しそうに乱れていく。


「いや……」


 喉が締めつけられる。頭の中が真っ白になっていく。どうしよう……このままじゃ。このままじゃ、本当に――。


 シグリッドさんが、死んじゃう……!


 その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥から恐怖が一気にあふれ出し、視界が滲んだ。私が、助けなきゃ。私しか、助けられないのに。なのに、どうして……!


 震える手を握り締めた、その時だった。ふわりと、温かな感触が指先へ伝わる。


「……え?」


 見ると、苦しそうに荒い呼吸を繰り返していたシグリッドさんが、ゆっくりと私の手を握っていた。力なんてほとんど残っていないはずなのに、その手だけは不思議なくらい温かかった。


「リア……ナ……」


 掠れた声が、静かに響く。


「……大丈夫」


 息をするだけでも辛いはずなのに、それでもシグリッドさんは笑おうとしていた。


「リアナなら……できる」


 優しく。どこまでも優しく。


「あたしが……ついているから……大丈夫」


「――っ」


 その一言が、胸の奥へ真っ直ぐ届いた。不安で押し潰されそうだった心が、大きく震える。


 泣きそうになる。今すぐ泣いてしまいたい。でも、泣いている場合じゃない。


 シグリッドさんは、こんな状況でも私を信じてくれている。だったら――今度は、私が応えなきゃ。


「……はい」


 私は涙をぐっと堪え、もう一度静かに両手を組む。女神様……どうか、この人を救ってください。私の大切な人を。


 心の底からそう願った瞬間、不思議と胸の中から温かな光があふれ出してきた。恐怖でも、自己嫌悪でもない。誰かを助けたいという、真っ直ぐな願いだけが心を満たしていく。


 私はそっとシグリッドさんの額へ口づけを落とした。その瞬間だった。ぱあっと眩い光が額から広がり、春の日差しのような優しい輝きが黒い靄を包み込んでいく。


 ジュゥゥ……。黒い瘴気が苦しむような音を立て、少しずつ、少しずつ光に呑み込まれていく。


「消えてる……!」


 誰かの驚いた声が礼拝堂に響いた。禍々しかった黒い靄は跡形もなく消え去り、シグリッドさんの苦しそうだった表情も、ゆっくりと穏やかなものへ変わっていった。

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