22.優しさの洪水
「リアナさん。どうやら、あなたの祝福は十分に発動できていなかったようですね。普段のあなたの態度については、大目に見ています。ですが、祝福だけは別です。聖女として与えられた使命なのですから、苦手だからでは済まされません。次からは、必ず十分な祝福を授けるようにしてください」
司祭様が厳しい表情でそう言ってきた。……ですよね、分かってる。そんなこと、誰よりも私が一番分かってる。
でも、無理なんです。知らない人に近づくだけでも心臓が壊れそうなのに、笑顔で話しかけて、祝福のために唇を差し出すなんて……陰キャの私には難易度が高すぎる。
祝福が弱くなってしまったのなら、全部私が悪い。聖女なのに、ちゃんとできない。みんなの期待に応えられない。
私なんて、やっぱり聖女には向いていないんだ。胸の奥がずしりと重くなる。……謝りたい。ちゃんと頑張りますって言いたい。
でも、その言葉すら喉につかえて出てこない。結局、私は小さく肩を縮こませ、消え入りそうな声で答えることしかできなかった。
「……申し訳、ありません」
◇
「はぁ~……私って本当にダメダメのダメ。ダメの詰め合わせセットというか、歩く失敗作というか……。きっと女神様も『あれ? なんでこの子を聖女にしちゃったんだろう』って頭を抱えてるよぉ……」
中庭のベンチで一人反省会。だけど、考えれば考えるほど、悪い方向に考えてしまって負の連鎖から離れられない。
これだから陰キャはダメなんだよね。一度失敗すると、その場で終わらせられなくて、「あの時こうすればよかった」「きっと相手は呆れてた」「次も絶対失敗する」と、頭の中で何度も何度も反省会を開くんだよ。
勝手に自分を追い詰めて、最後には存在しているだけで周りに迷惑をかけている気がしてきて、どんどん自己評価が地面を突き抜けていく。
しかも、一晩寝たら忘れられるどころか、数年前の失敗まで「そういえば、あれもあったなぁ……」なんて掘り返してきて、自分で自分の心に追い打ちをかける始末。
「うぅ……陰キャの脳みそって、どうして失敗だけは高画質で永久保存しちゃうんだろう……」
楽しかったことや褒められたことは一瞬で消えるのに、恥ずかしかったことだけは昨日のことみたいに思い出せるなんて、まったくもって欠陥仕様である。
「こんなの毎日続けてたら、そりゃ自己肯定感も絶滅するよぉ……」
「だったら、あたしがどうにかしようか?」
「ひゃっ!? ……シ、シグリッドさん……」
突然の声で驚いて顔を上げると、そこにはシグリッドさんがいた。一体、いつの間に。陰キャの感知を逃れるとは、何者……って、シグリッドさんでした。
すると、シグリッドさんは私の隣に座り、体をこちらに向けてきた。
「今日は落ち込んでいるみたいだね。何があったの?」
「えっと……」
「出来れば教えてもらいたいね。一人で抱え込むのと、誰かに聞いてもらうのは、全然違うよ」
優しい笑顔を向けて、そう言ってくれる。誘導されているような気もするけれど、自己嫌悪まみれになった渇いた心に一滴の雫が落とされたような感覚になった。
「……実は、その……今日、司祭様に叱られちゃって」
ぽつりと漏らした一言をきっかけに、胸の中へ押し込めていた言葉が、堰を切ったようにあふれ出した。
「祝福がちゃんと発動していなかったみたいで……『普段の態度は大目に見るけど、祝福だけはきちんとしてください』って言われて……でも、それはその通りなんです。私が悪いんです。知らない人に近づくだけでも緊張するのに、そのまま笑顔で祝福なんてできなくて……きっと無意識に力も弱くなっちゃって……聖女なのに、こんなこともまともにできないなんて、本当に情けなくて……」
止まらない。一度こぼれた自己嫌悪は、もう誰にも止められない。
「たぶん、私なんかが聖女になっちゃいけなかったんです。もっと明るくて、人前でも堂々としていて、誰とでも笑って話せるような人が聖女になるべきだったんですよ。私なんて、毎日逃げたいことしか考えてないですし……」
そこまで言ったところで沈黙が流れた。その沈黙が気になって顔を上げると、シグリッドさんは静かに口を開いた。
「話は終わりかい?」
「……え?」
「じゃあ、今度はあたしの番だね」
穏やかな声だった。責めるでもなく、否定するでもなく、ただ話を受け止めてくれる声。
「リアナはさ、自分の失敗ばかり見ているけど、一番大事なことを見落としてるよ」
「……大事なこと?」
「ああ。リアナは祝福がうまくいかなかったことを責めている。でも、それって『ちゃんと祝福したい』って思っているからだろ?」
「それは……もちろんです」
「だったら、それだけで十分だよ」
「……え?」
あまりにも予想外の言葉に、思わず間の抜けた声が出てしまった。
「本当に駄目な奴は、自分が失敗しても気にしないし、誰かが困っても知らん顔だ。でも、リアナは違う。人一倍気にして、人一倍苦しんで、それでも『ちゃんとやらなきゃ』って思っている。そんな子を、あたしは聖女失格だなんて思わないね」
その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐ胸に届いた。まるで冷え切って固まっていた心を、大きくて温かい毛布でふんわり包み込まれるような安心感。
こんな優しい言葉を掛けられたのなんて、いつ以来だろう。
「それにね」
シグリッドさんは優しく笑う。
「リアナは自分の欠点を百個は言えるみたいだけど、長所は一つも数えられないタイプだろ?」
「うっ……」
「図星?」
「図星、です……」
「だったら、その役はあたしがやる。リアナが自分で見つけられないなら、あたしが見つけて教えてあげる」
ニコリと微笑む顔を見て、心臓がどくん、と大きく跳ねた。
な、何その台詞……。包容力がすごい。なんだろう、この人。包容力を人の形にしたらシグリッドさんになるの? いや、もしかして包容力の女神様だったりする?
そんなくだらないことを考えてしまうくらい、胸の奥がぽかぽかと温かくなっていく。
「だから、そんなに一人で抱え込まなくていい」
ぽん、と頭に大きな手が乗せられる。その手はごつごつしているのに、不思議なくらい優しかった。
「失敗した日は、一人で反省会をするんじゃなくて、あたしのところへ来な。反省会なら付き合うし、最後にはちゃんと笑って終われるようにしてあげるからさ」
「~~っ」
だ、駄目だ! こんなの陰キャ耐性ゼロの私に、この包容力は刺激が強すぎる!
心臓が持たないから、勘弁してください!




