20.(シグリッド視点)
前方では傭兵たちが全力で駆けていた。
振り返ると、五メートルを超える巨体の魔物たちが地鳴りを響かせながら迫ってくる。距離は刻一刻と縮まり、このままではすぐに追いつかれるだろう。
「……殿は任せて」
短くそう告げると、私は足を止めた。槍を静かに構え、迫り来る敵を見据える。
七体。数を確認すると、小さく息を吐く。
「この程度なら、問題ない」
次の瞬間、地面を力強く蹴った。一瞬で先頭の魔物との間合いを詰めると、鋭い突きが胸を貫く。穂先は分厚い皮膚も骨も紙のように貫通し、そのまま背中から飛び出した。
槍を引き抜く間もなく柄を捻り、巨体を横へ薙ぎ払う。吹き飛ばされた魔物が後続へ激突し、二体まとめて体勢を崩した。
その隙を逃さない。踏み込みと同時に穂先が閃き、一体の喉を穿つ。返す一撃で隣の額を貫き、巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。
残る魔物たちが咆哮を上げ、一斉に襲い掛かる。
「遅い」
低く呟き、槍を大きく一閃。二体の首が同時に宙を舞い、返す穂先が最後の一体の心臓を正確に射抜く。
これで倒した。そう思った時に、空から魔物の声が聞こえてきた。どうやら、まだみんなの後を追えないみたいだ。
槍を構えた、その時――。
「今度はあいつか! シグリッド、一緒にやるぞ!」
「シグリッドを一人にさせると、リアナちゃんが悲しむからな。一人で良い恰好はさせないぜ」
「絶対にリアナちゃんの所に帰してやるからな!」
先に逃げたはずの傭兵が戻ってきた。みんな、あたしを見て上機嫌に笑っている。まるで、手助けをする時を待っていたかのように。
その心強い存在に、自然の胸が熱くなる。いつもは一人で戦っていたのに、今では背中を守る仲間がいる。それだけで、心が軽くなった。
あたしが一人じゃなくなったのは、リアナのお陰だ。
◇
「みんな、ご苦労だった。重要な情報を持ち帰り、誰一人欠けることなく帰還してくれた。それが何よりの戦果だ。ここから先は騎士団に引き継いでもらう。状況が動けば、また力を借りることになるだろう。それまでは、ゆっくりと英気を養ってくれ。本当にご苦労だった」
傭兵団の団長がそう言うと、部下を連れ添って城へと向かっていった。それを見届けた傭兵たちは一様に気を抜いた。
だったら、もういいか。そう思って、すぐに立ち去ろうとすると――同僚たちが話しかけてきた。
「よお、シグリッド。帰ってきて早々、教会に行くのか?」
「教会っていうか、リアナちゃんに会いに行くんだろう? 今度はこっちが甲斐甲斐しいねぇ……見ていて尊い気持ちになるわ」
「そりゃあ、そうだろう! だって……なぁ?」
ニヤニヤと笑いながら同僚たちが好き勝手に言う。こんなやりとりもあんまりしてこなかったから、どう反応していいか分からない。
でも、からかわれているということは分かる。少し怒った顔をしたけれど、それも可笑しいのか同僚たちは笑った。
「通うのもいいが、しっかり休んでおけよ。また、激しい戦いになりそうなんだから」
「またリアナちゃんに怒られるぞ。まぁ、リアナちゃんに言ってもらった方が一番助かるんだけどな」
「リアナちゃんがいるんだったら、シグリッドのことは大丈夫だろう! あそこまで人のために動ける人は中々いないからな!」
みんなリアナを頼っているみたいだ。それだけ、リアナがしてきたことが大きかった。それは身に染みて感じている。
この環境も、気遣ってくれる心も、リアナが整えてくれたから。そのお陰で私は孤高の名を捨てられた。
「……じゃあ」
軽くそう言うと、同僚たちは短く返事をして見送ってくれた。こんな普通の日常をくれたのは、リアナのお陰だ。
みんなと別れて、通りを歩く。久しぶりに会うリアナのことを思うと、心が穏やかになった。
久しぶりに会うから、どんな反応をしてくれるのか楽しみだった。喜んでくれるだろうか。笑って迎えてくれるだろうか。リアナの顔を思い浮かべるだけで、自然と口元が緩んでしまう。
昔のあたしなら、こんなことは考えもしなかった。他人は他人。自分とは関係のない存在。だから、他人に感情を向ける必要なんてない。深く関わる必要もない。そう思って生きてきた。
あたしは、人と深く付き合ったことがない。……いや、浅く付き合うことさえなかった。
生きるために戦い、戦いたいから戦う。ただ自分の欲求に従って槍を振るい続けた。その結果、最前線で名を上げ、『英雄』と呼ばれるようになった。
けれど、功績を積み重ねるほど、人はあたしを遠巻きに見るようになった。近づく者はいない。あたしも近づけさせない。孤高――そんな言葉が、いつしか当たり前になっていた。
別に、それで困ることはなかった。戦うだけ、生きるだけ。あたしには、それしかなかったから。
だが、戦い続けるうちに体は少しずつ悲鳴を上げ始めた。傷は増え、癒える前に新しい傷を負う。今では動くだけで痛みが走ることも珍しくない。
それでも、止まることは考えなかった。戦う以外の生き方を、あたしは知らなかったからだ。
もし、このまま戦場で命を落とすことになっても、それはそれで構わない。自分で選んだ生き方だ。その結末なら受け入れられると思っていた。
そんなあたしの生き方に、初めて「違う」と言ってくれた人がいる。リアナだった。
あんなに臆病なのに、リアナは周りを変え、あたしを変えた。今までそこまでしてくれた人がいなかったから、驚いた。それと同時に、温かい気持ちが芽生えた。
……幸せな気持ちになれた。そしたら、あたしだけでなくリアナも幸せにしたいと思った。
このまま会いに行ったら、リアナは幸せな気持ちになってくれるだろうか? そんな思いを抱え、通りを進んでいった。




