2.唇のキスの効果
「うぅ、もう嫌だ……。祝福、怖い。人が怖いぃっ」
もう人に会うのが嫌だ! 一生このままベッドに閉じこもっていたい! どうして、突然あんなことになったのっ!?
その時、扉がドンドンッと強く叩かれる。
「ちょっと、リアナ! あんた、祝福の時間でしょ!? 何サボってんのよ!」
この声は他の聖女の……ミレイアさんの声。正直、ほっといて欲しいのだけれど――そう思っていると、突然扉が開かれる。
「何ふさぎ込んでいるのよ! ほら、あんなの仕事の時間よ。さっさと来る!」
「うわー! 止めてください! 出ていきたくありません!」
布団がっ、はぎとられるっ! 必死になって布団を掴むが、チビで非力な私にはその力に抗えなかった。
あっという間に布団がはぎ取られ、衝撃で床に倒れ込んでしまう。
「うぅ……嫌だ……」
「そんなこと言っても仕方ないでしょ! ほら、その水色の髪の毛もぐちゃぐちゃじゃない! そんな姿で人前に出る気!?」
「へへっ、この姿なら外に出なくても――」
「整えるわよ!」
ミレイアは机に置いてあったクシを手に取ると、私の髪の毛を梳かし始めた。触らないでぇっ! 人が怖いから、距離が近いと体が震える!
「これでよし! じゃあ、さっさと祝福しに行くわよ」
ガシッと私の袖を掴むと、強引に引っ張っていく。
「あわわっ! さ、触っ……触っ!」
「触ってないじゃない! どこ見てんのよ! あんたのために触らないでおいてあげているんだから、感謝くらいしなさい!」
優しいのか、厳しいのか分からない! 私は抗えれず、そのままミレイアに引っ張られていった。
◇
「もう……無理、です」
膝から崩れ落ちるように床に座り込んだ。今日も今日とて、数十人の女性たちに百合キスをした。それだけで、もう精神がズタズタに引き裂かれた。
「まったく、あんたって子は……。ほら、立ちなさい」
「私は床と一体になって、人に踏まれるだけの人生を……」
「何いじけてんのよ。ほら、あんたの王子様と戦士様が来たわよ」
ミレイアの呆れた声を聞きながら、なんとか顔を上げる。そこには、フィオナ様のシグリッドさんが困った笑顔を浮かべていた。
「今日もご苦労だったね。リアナが頑張ってくれているお陰で、この最前線は保たれていると言ってもいい。心から感謝を」
「そんなになるまで頑張ってくれたんだね。リアナは偉いな。よし、たくさん褒めてあげるから、おいで」
「ちょっとシグリッド。そんなことをしたら、またリアナはふさぎ込んじゃうでしょ。やめなさい」
「いやいや。頭を撫でさせてくれるから、あたしならいけると思うんだけどねぇ」
「……なんですって?」
……な、なんか険悪な雰囲気になっているような。だ、大丈夫なのかな?
「はー……。あんたの周りは賑やかでいいわね。じゃあ、私は疲れたから休むわ。あとはご勝手にー」
「あっ、ミレイアさん……」
こ、この状況で置いていくなんて、ミレイアさんの薄情者! 私がどうにか出来るわけないでしょー!
二人を見上げてみると、眉間にしわを寄せてお互いに牽制している。こ、こういう時ってどうすればいいの分からない。
やっぱり私は部屋の隅のホコリになって、静かに暮らしていくのが一番いいと思うんだけど……。
「あっ! 聖女様のお姉さーん!」
その声に体が跳ねる。昨日、聞いたことのある声。私の恐怖を呼び起こす声。
恐る恐る振り向くと、そこには唇のキスをした少女がこちらに駆け寄ってきた。
「ひぃぃっ! しゅ、祝福は数日間有効です! だ、だから……今日は必要ないはずです!」
「それは分かってるよ。そんな事よりもさ、聞いてよ!」
今にも逃げ出しそうになるのを寸前で止めると、少女がもっと詰め寄ってくる。一体、なんだというのだ。
「唇にキスをすると、めちゃくちゃ強くなったよ! 普段は絶対に倒せない魔物も倒せちゃった!」
「……へ?」
「アイリスさんの記事を読んだ後にね、やっぱりキスっていうんだから唇が一番効果あるんじゃないかって思ったけど、そうだったみたい! 最強の強さを私は手に入れたよ!」
そ、そんな……唇のキスが最強の祝福になるってこと!? そ、そんなの……知らなかった……。
「ねぇ、どういうこと? 唇にキスって……」
「今の話、本当?」
すると、近くにいたフィオナ様とシグリッドさんが詰め寄ってきた。ちょ、いきなり距離を詰めないで!
「わ、私は……知りません!」
「でも、本当だよ! 聖女様の唇のキスをすると、最強になれるよ! じゃあ、今度からそれでよろしくね!」
なんてことを言うの!? 今すぐその言葉を取り消して欲しい! だけど、その少女はこの場に爆弾発言をした後はすぐに居なくなってしまった。
残される私たち。そして、近くから痛い視線が降り注ぐ。
「い、今のは……その……多分、祝福は……関係ないかと。きっと、火事場のなんとかっていう奴が……その……」
引きつった笑顔を浮かべながら振り返ると、二人が真剣な顔でこちらを見下ろしてくる。その気配にヒュッと息が止まった。
「唇のキスで……最強の力……」
「そんなことが……。しかし……」
この二人は魔王軍侵略戦争の最前線の英雄だ。そして私たち聖女の祝福は、その命綱だった。
だから、もし……私の百合キスの本来の力が発揮されるのが、唇のキスだと知られると――狙われる。
私の人生、終わったぁああっ!




