18.君が好きにさせた(フィオナ視点)(リアナ視点)
国のために戦い、国のために命を捧げる。それが、私に与えられた使命だと信じていた。
だから、魔王軍最強幹部――六魔将軍の一人が戦場に現れたと聞いた時、迷いはなかった。あれを討つのが、私の役目だ。
最強の祝福を受け、最強の付与魔法を纏い、仲間たちの援護を受けてもなお、六魔将軍は圧倒的だった。
剣を交える度に仲間は倒れ、血が流れ、私の身体も限界を迎えていく。それでも、最後の一太刀だけは届いた。
深々と胸を斬り裂き、六魔将軍に致命傷を与えることができた。……それで十分だった。
あとは、後続の英雄たちが仕留めてくれる。私はここで死ぬ。それが一番いい結末だと思っていた。
けれど、部下たちは諦めなかった。血に濡れた私を担ぎ上げ、必死に教会へと運んでいく。その先で待っていたのは、いつも静かに祝福を授けてくれる、一人の聖女だった。
いつも怯えたように、祝福のキスをしてくれる幼気な少女。その少女が私を見て、酷く悲しい顔をして泣いてくれた。
あぁ、最期に泣かせてしまって申し訳ないことをした。嫌な場面を見せてしまった後悔で意識が遠のいていく感覚がした。
その時、いつもはしない――頬へキスを落としてくれた。
だけど、祝福の力は発動しない。それもそうだ。祝福はする側の感情と、される側の感情が合わなければ意味がない。
私はもう十分だと思ったから、自然と祝福を拒否してしまった。それに、こんな傷が治るわけない。回復魔法でも追いつかなかった、魔将軍の呪いの攻撃を受けたのだから。
だけど、聖女は諦めなかった。手にキスをするでさえ、躊躇していた子が――何度もキスをしてくれた。頭、額、鼻、頬、顎。色んなところにたくさんキスをくれた。
それでも、傷は塞がらない。どんどん聖女の顔が曇っていくのが見える。涙をボロボロと零し、必死にキスをしてくれる。
もういい、もう諦めて。私は運命を受け入れたから。だけど、私の思いを打ち砕くように聖女がずっと叫んだ。
「諦めないでくださいっ……! お願いですから、そんな顔をしないでください! 死んでもいいなんて、思わないでください!」
「フィオナ様は、自分一人の命だと思っているのかもしれません。でも、違います……! 兵士の皆さんも、町の人たちも、教会のみんなも……フィオナ様が生きていてくれるから頑張れる人が、たくさんいるんです!」
「それに……私だって、そうです! 私は、フィオナ様に死んでほしくありません……! 誰かのためとか、国のためとか、英雄だからとか……そんな立派な理由じゃないんです!」
「ただ、フィオナ様に生きていてほしいんです! また笑ってほしいんです! また私に『大丈夫』って言ってほしいんです! だから……だから、勝手に終わらせないでください!」
「お願いです……! お願いですから、生きることを諦めないでください! 私は絶対に諦めません! どんなに祝福が失敗しても、何度でもやります! 何百回でも、何千回でも、フィオナ様が助かるまで、私は絶対にやめません!」
「だから……お願いです! フィオナ様も、一緒に生きることを諦めないでください! フィオナ様は、一人じゃないんです……っ!」
涙を流すその必死さに胸が痛んだ。傷の方が痛いはずなのに、それ以上に心が締め付けられる。
どうして、そこまで? 私は死ぬことを受け入れていた。国のために命を捧げられるなら、それでいいと思っていた。
それなのに、この子は違った。英雄だからじゃない。国を守ってきたからでもない。ただ、私だから生きてほしいと願ってくれている。
そんな風に言われたのは、生まれて初めてだった。胸の奥で、何かがほどける。あぁ、そうか。私はまだ、生きてもいいんだ。
もう終わりでいいと、自分で勝手に決めつけていただけだった。本当は――まだ生きたい。
もっと、この子の笑顔を見たい。泣いている顔じゃなく、安心して笑う顔を。一緒に他愛ない話をして、怯えながらも一生懸命祝福をしてくれる姿を見ていたい。
その瞬間だった。身体の奥へ、温かな光が流れ込んでくる。今まで何度受けても反応しなかった祝福が、まるで堰を切ったように全身へと広がっていく。
呪いに侵されていた傷口から黒い靄が霧散し、砕けた骨が音を立てて繋がる。裂けた肉が塞がり、失われかけていた命が、もう一度身体へと戻ってきた。
「フィオナ様……諦めないで下さったんですね……」
震える声が聞こえる。視線を向けると、リアナはその場にへたり込み、子どものように泣きながら笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、胸が熱くなる。助かったことへの喜びではない。私が生きたことを、自分のことのように喜んでくれる人がいる。その事実が、何よりも嬉しかった。
私は、この聖女に救われたのだ。命だけじゃない、心まで。
それから私の意識はリアナに向いた。笑っていてほしい。傷ついてほしくない。誰よりも幸せでいてほしい。
そう願うたびに気づかされる。あの戦場で救われたのは命だけではなかった。
あの日、私は――リアナに恋をしたのだ。
◇
「リアナが私を救ってくれた日から、私は恋をしていた。だから、優しくしていたのは最強の祝福を得るだけじゃない、自分に振り向いて欲しかったからだよ」
フィオナ様の告白を受けて、信じられない気持ちだった。まさか、恋をしていたなんて知らなかったから。
じゃあ、今までの行動は私が好きだったためのもの?
抱きしめてくれたことも。お姫様抱っこをしてくれたことも。髪にキスをしてくれたことも。優しい笑顔を向けてくれたことも。
全部、好きだったから?
そう自覚した瞬間、顔が体が熱くなった。ずっと、好きだったからの行動だったなんて……そんなの微塵も思っていなかったから、心の準備が!
逃げたい。恥ずかしすぎて、逃げ出したい。だけど、扉の前にはフィオナ様がいるから、どうやっても逃げられない。
それでも、最後の抵抗とばかりに部屋の隅に寄った。だけど、それがいけなかった。
「どうして逃げるの?」
真剣な目をして、フィオナ様が近寄ってくる。逃げたくて距離を取ろうとしても、後ろは壁、横も壁。角に追い詰められた。
至近距離まで近づいてきたフィオナ様が壁に手を付いて、私はいとも簡単に囲まれた。
「わ、私は、その……」
「逃げなくてもいい。無理に返事をしてほしいわけじゃない。ただ、今までずっと我慢してきた分だけ、私の気持ちは聞いてほしい」
いつもの余裕のある笑みではなかった。どこか必死で、どこか不安そうで。それでも、その瞳だけは真っ直ぐ私を見つめている。
「リアナが笑うと嬉しい。泣いていると胸が苦しくなる。祝福を頑張っている姿を見るたびに、守ってあげたいと思った。怖がりなのに、誰かのためなら自分を後回しにしてしまう。そんな優しいところも、全部好きなんだ」
一つ一つの言葉が胸に落ちてくる。まるで、私の勘違いが本当だったと聞かされているみたいだ。
「だから抱きしめた。安心してほしかったから、お姫様抱っこもした。髪にキスをしたのも……少しでも私を意識してほしかったから。全部、本心だった」
鼓動がうるさい。こんなの、耐えられるわけがない。
「リアナ。さっき君は言ってくれたよね」
フィオナ様は少しだけ微笑んだ。それだけで、心臓がギュッとなる。
「『少し優しくされただけで期待してしまった』って、『フィオナ様だけは違うかもしれないって思ってしまった』って。それは……私のことを、少しでも特別に見てくれていたからじゃないの?」
返事をしようとしても、喉が震えて声にならない。否定したいわけじゃない。でも、認めた瞬間に何もかも変わってしまいそうで怖かった。
「私の本当の気持ちを知って欲しい」
そっと顎に手を添えられ、顔が上を向く。フィオナ様の瞳は、今まで見たことがないほど熱を宿していて、優しくて、切なくて――そのすべてが私だけへ向けられていた。
ゆっくりと、その距離が縮まっていく。息が触れ合うほど近づき、心臓が壊れそうなくらい激しく鳴った。
もう、逃げられない。逃げたくないのかもしれない。そう思った瞬間、私はぎゅっと目を閉じた。




