17.私はただの祝福係
最強の祝福が欲しいから、私に優しくしている。好きにさせるために距離を縮めている。そんな可能性は、最初から頭の片隅にあった。
口は禍の元というけれど、本当にその通りだと思う。
フィオナ様は魔王軍との最前線を守る英雄だ。国を守るには力が必要で、そのために最強の祝福を求めるのは何も間違っていない。
そんなこと、私だって分かっていた。
だけど、自分で考えるのと、他人にはっきり言葉にされるのは違う。まるで「それが現実だ」と突きつけられたみたいで、胸の奥がずきりと痛んだ。
……その通りなのに。傷ついている自分がいる。
唇へのキスなんて嫌だ、怖い、絶対にしたくない。そう思っていたはずなのに、その理由が「祝福のため」だと言われただけで、こんなにも苦しくなるなんて。
私は、一体何を期待していたんだろう。もしかして、フィオナ様だけは違うんじゃないか、なんて都合のいい夢を見ていたのかな。
そんなわけないのに。英雄が、私なんかを特別に思う理由なんて、どこにもない。
期待して、勝手に傷ついて、勝手に落ち込んで。……本当に、馬鹿だ。
私なんかが、少し優しくされたくらいで勘違いしてしまうなんて。だから陰キャは駄目なんだ。勝手に期待して、勝手に自滅しているだけじゃない。
本当に情けない。
◇
「はぁ……」
書類を片付ける手を止めて、溜息が出る。この間から自己嫌悪が強くなって辛い。いや、本当に自分が悪いんだから、自己嫌悪じゃないか……。
でも、周りに誰もいなくてよかった。周りに誰かいたら、また迷惑をかけてしまうから。今日は一人でする作業があって助かった。
そう思っていたのに、扉をノックする音が聞こえた。ビクリ、と体が跳ね上がる。
「ど、どうぞ……」
誰とも会いたくないけれど、訪ねてきたのなら会わないと失礼だ。なけなしの勇気を出してそう言うと、扉がゆっくりと開く。そこにいたのは――。
「やぁ、その後の調子はどう?」
……フィオナ様だ。今、会いたくない人がやってきた。ズキズキと痛む胸を抑え、精一杯の笑顔を浮かべる。
「はい、問題ありません。フィオナ様は休憩時間ですか?」
「昨日の事があったからね、リアナが不安になっていないかって心配してたんだよね」
心配そうな視線が向けられると、胸が痛くなる。私の気を引こうと、絆そうとしていると思うと……素直に喜べない。
今まではそんな風に思わなかったのに、あんなことがあったから感じ方が変わってしまった。
「今日の祝福には立ち会えなかったけど、問題なかった? 無理強いをしてくる人はいなかった?」
「今日は大丈夫でした。滞りなく進みましたよ」
「そう……それは良かった。いつも一緒にいてあげられたらいいんだけど、そうじゃなくてすまない。時間がある限り、リアナの傍にいるから安心して欲しい」
……痛い、胸が痛い。昨日のことが頭の中でグルグル回っていて、辛い。
この優しさは最強の祝福を得るための行動。そう思ってしまうと、今までの出来事が全部違って見えてしまう。
抱きしめてくれたことも。お姫様抱っこをしてくれたことも。髪にキスをしてくれたことも。優しい笑顔を向けてくれたことも。
全部、全部。最強の祝福へ近づくための積み重ねだったんだ。……そんなこと、最初から分かっていたじゃない。
英雄が国を守るために力を求めるのは当然だ。フィオナ様は何も悪くない。悪いのは、勝手に勘違いした私の心だ。
「もしかしたら」なんて期待して。「フィオナ様だけは違うかもしれない」なんて都合のいい夢を見て。勝手に信じて、勝手に傷ついている。本当に救いようがない。
「少しでもリアナの気持ちが軽くなるように――」
「……そこまでしてもらうのは、本当に申し訳ないです。そんな価値、私にはありませんから」
……駄目、我慢していた言葉が溢れてくるっ。
「……だから駄目なんですよね、私。陰キャだから、少し優しくされただけで舞い上がって……勝手に特別扱いされた気になって」
「フィオナ様は国を守る英雄。私は、ただ祝福を授けるだけの聖女。それ以上でも、それ以下でもないのに……。ちょっと優しくされたくらいで期待するとか……自意識過剰にも程がありますよね」
「こんなこと考えてるなんて知られたら、絶対困らせるだけだと思います。だから、この気持ちは誰にも知られちゃダメだって……私一人で勝手に抱えて、勝手に消せばいいって思っているのに……」
言っちゃダメって分かっているのに、言葉が零れた。弱い心が耐えきれなかった。本当に私はどうしようもない人間だ。
「私なんてフィオナ様に思ってもらうほどの人間じゃないんです。だから、そんなに優しくしなくてもいいんですよ。祝福は頑張りますから、それで――」
「私は祝福の為だけにリアナに優しくしているんじゃない!」
私の声を遮って、フィオナ様が叫んだ。ビックリして顔を上げると、とても怒っていた。やっぱり、私が余計な事を言ったから?
とても辛そうな顔をして、どことなく悔しそうでもある。そんな複雑な顔をしているのが、どうしてか分からなかった。
「……私が最強の祝福をして欲しいからと言ったから、それだけが目当てだと勘違いさせてしまった。だけど、今までの私の行動を見て、本当にそれだけだと感じたの?」
「そ、それは……」
……そうは感じなかった。だから、余計に混乱する。最強の祝福が欲しいからという理由の他を――考えたくなかった?
「リアナの事が好きだから、優しくしていたの……気づかなかった?」
……私の事が、好き?




