15.連戦連敗
「リアナ、今日も一緒に休憩してくれてありがとう。とても癒やされたよ」
「……そ、それは良かったですね」
目の前にはキラキラの笑顔を浮かべているフィオナ様。その眩しさにやさぐれた私の心が浄化されてしまいそうだ。
なんで、私……膝枕をしようと言ってしまったんだ!? あれは、逃げ場のない拘束イベントだって、なんで気づかなかった!?
膝の上に頭を乗せたフィオナ様がずっと見上げてくるの、本当に心臓に悪かった。美しい顔がずっと向いているってどんな拷問!? 女神のような顔にずっとド陰キャ聖女の顔が見つめられるって精神的負荷が強すぎた!
あと、ずっとドキドキしっぱなし! 休む暇もなく心臓を酷使して、心臓がストライキを起こしてしまうんじゃないかって、気が気じゃなかった!
それに休ませようとしたのに、全然休んでなかったし! ずっと、こっちを見つめて喋ってきてばかりだった! 陰キャに陽キャのキラキラトークは辛いのよ、存在が抹消されるくらいにっ!
はっ! 私の膝が骨と皮ばかりだったから、痛くて寝れなかったとか!? 休ませるはずが、痛めていた!? 私は、私はなんてことを~!
ふにっ――と、突然頬を摘まれた。
「ふふっ、また自分の世界に入ってた?」
「はっ! そのっ……私がフィオナ様の休憩時間を台無しにしたんじゃないかと思いまして……すいません……」
「どうして、そう思うのかな? こんなに元気になったのに」
フィオナ様が元気? 声は高いし、気分は上がっているけれど……そうは見えない。
「えっと……無理しているように見えてしまって……。元気の良いときはもっと体がスムーズに動いていたと思います。今は、その……ゆったりしているので……」
普段、体力も気力も満タンな時は動きが機敏だ。いつでも激しい戦闘が可能だと言わんばかりに、いつでも動けそうな様子だった。だけど、今はそんな感じじゃない。
「今……ちょっと体が重くありませんか? それに、瞼も重いような気がします。しっかりと休まれていないと……私は思います」
率直な感想を伝えるとフィオナ様の笑顔が固まり――少し気まずそうに視線を逸らす。
「まずは体の調子を整えるのを優先してください。それでも、フィオナ様は無理をしてしまう方ですから、以前のように動けなくなってしまいます。そうなるのは、もう……嫌ですから」
あんなに傷ついて、動けなくなって……そんな姿は見たくない。そうならないためにも、日常を健康に生きることが何よりも重要だ。
私なんかに言われても困ると思うけれど、この町に住む聖女として、それは見過ごせない。私だって町のために戦い続けているフィオナ様の力になりたい。
「……本当に困ったね。そう言われると、弱いんだよね。また、泣かせるって思うと……」
すると、困ったようにフィオナ様が笑った。少しは気持ちが伝わったのだろうか? いや、ただ単に迷惑だったかもしれないし……。あぁ、やっぱり……私は肝心な時にダメダメなんだ……。
俯いて、ため息を堪える。自己嫌悪に陥っていた時――顎に手を添えられてクイッと上げられる。
上げた先では、フィオナ様が優しい微笑みを浮かべてくれていた。その目は優しいのに力強くて、不意に鼓動が跳ね上がる。
「また、勘違いしてる。私は嫌だって思ってないよ。それどころか、リアナが私をちゃんと見てくれて嬉しいと思っているよ」
「そ、それは聖女として……心配なので……」
「それは本当に聖女として? リアナが個人的にそう思ってくれてない?」
「……め、迷惑なので……そうは……」
いやいや、そんな重い気持ちを向けるわけにはいかない! 私はただの祝福係だから、みんなが活躍するように力を尽くすだけ。それが自分の仕事だし、価値だし……。
「だけど、ここにリアナの想いで救われた人がいることを知って欲しい。そうなると、どうなると思う?」
「……どう、とは?」
突然の問いかけに首を傾げる。すると、顎に添えられていたフィオナ様の手が、そっと私の髪をすくい上げた。
「えっ……?」
さらり、と髪が指先を滑る。その一房を、まるで宝物でも扱うように優しく持ち上げると――フィオナ様は静かに目を細めた。
次の瞬間――髪へ、そっと唇が触れる。
「……っ!?」
頭の中が真っ白になった。心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。
髪に触れられただけ。たったそれだけのはずなのに、全身が熱を帯びていく。息が詰まり、声にならない。
そんな私を見つめながら、フィオナ様は少し照れたように、それでも幸せを隠しきれない笑みを浮かべた。
「ちょっとしたことで嬉しくなってしまうんだ」
愛おしそうに、もう一度私を見つめる。
「リアナが私を想ってくれている。その事実だけで胸がいっぱいになる。だから……歯止めが利かなくなるんだよ」
無邪気に微笑むその笑顔は、あまりにも眩しかった。
「こんな風にね」
「~~~~っ!?」
その一言で、胸の奥に溜まっていた熱が一気に弾けた。
「な、ななななっ……!」
顔中が燃えるように熱い。耳まで熱くなっているのが自分でも分かる。心臓は暴れるように鳴り続け、まともにフィオナ様の顔を見ることさえできなかった。
「ふふっ、可愛い顔をしているね。じゃあ、私はこれで失礼する。またね、リアナ」
満足そうに微笑んだフィオナ様は、軽く手を振ると颯爽と歩き去っていった。
残された私はというと――。
「…………」
力が抜け、その場にぺたんと座り込む。
「ま、またやっちゃったぁぁ……」
両手で顔を覆い、そのまま前に倒れ込みそうになる。また余計なことを言った。また口説かれる材料を、自分から差し出してしまった。
「そんなつもりじゃないのにぃ……!」
どうして私が何か言うたびに、フィオナ様は嬉しそうな顔をして、さらに距離を縮めてくるの!?
心臓はまだ暴れるように鳴り続けている。顔も熱い。息を吸うだけで、さっき髪に触れた唇の感触を思い出してしまう。
「うぅ……」
でも、不思議だった。恥ずかしくて仕方ない。逃げ出したくなるくらい照れくさい。なのに――嫌じゃない。
「……って、これ、もしかして」
恐る恐る、その答えを口にする。
「わ、私……絆され始めてるぅぅぅっ!?」
私の悲鳴は、誰もいない中庭に虚しく響き渡った。




