第2章:風を待つ椅子
夜明けの名残がビルの窓に薄く貼りついているころ、緑景管理の事務所にはまだ人の声よりも紙の音が響いていた。樹守雫葉は作業日誌を閉じる前に、前日に挟んだケヤキの葉をそっと確かめた。葉の湿りは少し抜け、破れた端は紙に沿って眠るように平たくなっていた。
葉を指先で押さえると、かすかに青い香りがした。実際にはもうほとんど香らないはずなのに、昨日切ったときの甘く苦い空気がまだ胸の奥に残っている。雫葉は日誌を閉じ、鞄に戻す前に一度だけ息を吐いた。
「押し葉、無事?」
背後から声がして雫葉が振り返ると、朝凪伊吹がロッカーの前で軍手を引っ張りながら立っていた。髪には少しだけ寝癖が残っているが、本人は気づいていない様子だ。
「無事。伊吹の寝癖より整ってる」
「え、どこ?」
「右側。枝ぶりが自由」
「樹木管理課としては放置できないな」
伊吹は手ぐしで髪を直そうとしたが、直したつもりのところが余計に跳ねた。雫葉は笑いをこらえきれず目尻を下げる。昨夜の重さがその笑いで少しだけ解けた。
「剪定ばさみ貸そうか?」
「朝から頭皮に刃物は怖いだろ」
「じゃあ、自然樹形で」
「雫葉、俺を街路樹扱いしてる?」
「手入れは必要そう」
事務所の奥から「朝から元気だな」という声が飛んだ。雫葉と伊吹は同時に軽く頭を下げ、それから顔を見合わせて小さく笑った。社内での雫葉と伊吹はいつもこうだった。冗談のやりとりが早く、相手の言葉を拾う手つきには、長く同じ現場を歩いてきた同期同士の呼吸の良さがあった。
今日の現場は、住宅街と小さな商店の間に残る細長い緑地を含んだ古い公園だった。樹木診断と簡単な枝の整理、ベンチ周りの根上がり確認、遊具近くの安全点検。派手な仕事ではないけれど、雫葉はそういう現場が嫌いではなかった。
車に道具を積み込むとき、朝の空気はまだ柔らかかった。濡れたロープの匂い、金属ケースの冷たさ、作業車の車体に映る薄い空。伊吹は剪定バサミのケースを丁寧に置き、雫葉が持っていた測定具を自然に受け取った。
「持てるよ」
「知ってる」
「じゃあ何で取るの?」
「俺が持ちたかったから」
雫葉は一瞬返す言葉を失ったが、伊吹はなんでもない顔で荷台を閉めた。たぶん深い意味などなく、現場の流れとして自然だっただけだ。しかし、その言い方が少し素直すぎるためか、雫葉の胸に小さな引っかかりを残した。
「朝からそういうことを言うと、寝癖が増えるよ」
「寝癖って感情で増えるのか?」
「伊吹の場合は増えそう」
「偏見だな」
車が会社を出ると、東京は少しずつ自分の音を取り戻していった。まだ開ききらない店のシャッター、歩道を急ぐ革靴の音、バスの扉が閉まる際に空気が抜ける音。湿った舗装には、昨日の雨の名残と排気ガスの匂いが混ざり、窓の隙間から薄く入り込んでくる。
雫葉は、車窓から見える街路樹の葉の色を一本一本目で追った。日当たりのいい場所の葉は少し明るく、ビルの影に立つ木は深い緑を残している。同じ東京の同じ朝でも、それぞれの木では別の季節が進んでいるようだった。
「昨日の場所、通った?」
伊吹が助手席から聞いた。雫葉は後部座席で少し顔を上げた。
「朝は別の道にした」
「そっか」
「伊吹は?」
「通った」
「どうだった?」
「空が広すぎた」
伊吹の声は静かだった。雫葉は窓の外に目を戻した。昨日の交差点を思い浮かべると、胸の中にぽっかりとした明るさが広がった。暗い穴ではなく、明るい空白。それが余計に寂しく感じた。
「広いのに寂しいって、変だよね」
「変じゃないよ。木陰って場所を狭くしてくれるから、落ち着くんだと思う」
「伊吹、今日はちゃんとしてるね」
「いつもちゃんとしてる」
「寝癖あるけど」
「そこに戻る?」
雫葉は笑った。伊吹も笑った。軽く戻れる場所があることに彼女は救われていた。昨夜、言葉にしなかったものが残っていても、朝になればいつもの調子で隣にいられる。それがありがたくて同じくらい怖かった。
公園に着くころには、街の音は少し遠くなっていた。通りから一本入っただけで、車の音は葉に吸い込まれ、代わりに鳥の鳴き声とどこかの家から漏れる食器の音が聞こえる。公園の入り口には古い桜の木があり、幹の根元にはまだ黒ずんだ湿り気が残っていた。
雫葉は車を降りて作業用手袋をはめた。公園の土はまだ柔らかく、靴底にしっとりとした感触が返ってくる。滑り台の金属には朝の冷えが残り、ベンチには雨粒が細く並んでいた。
「ここ、いい公園だな」
伊吹が道具を下ろしながら言った。
「いいね。ちゃんと人が使ってる感じがする」
「使われている公園って少し散らかっているよな」
「褒めてる?」
「褒めてる。きれいすぎる場所って、誰も長くいなかったみたいで落ち着かない」
雫葉はうなずいた。砂場の端には小さなスコップが置き忘れられ、ベンチの下には落ち葉が吹き寄せられていた。植え込みの近くには、誰かが昨日避けて通ったらしい水たまりの跡があった。人の気配が残る緑は、少し乱れているほうが生き生きとしている。
最初に確認したのは遊具近くのクスノキだった。枝が大きく張り出し、夏には広い木陰を作る木だ。雫葉は幹を回り込み、根元の土の盛り上がりと樹皮の状態を調べた。指先で触れると表面はしっかりしているが、低いところに古い傷があった。
「ここ、前にぶつけた跡かな」
伊吹がしゃがみ込み、雫葉のすぐ隣に膝をついた。近い。けれど、現場ではよくある距離だった。道具を見る時、傷を確認する時、同じ枝先を見上げる時、肩先の間隔はいつもこの近さまで縮まる。
「たぶん。治癒組織は出てるね」
「思ったより元気だな」
「うん、枝の葉色も悪くない」
「俺の寝癖より状態いい?」
「まだ言うの」
「雫葉が言ったんだろ」
伊吹が笑う。雫葉も笑いかけたが、ふと彼の横顔を見てしまった。伊吹は、真剣に木を見る時、冗談の気配をすっと引っ込める。まぶたが少し下がり、視線が樹皮の凹凸に沿って動いた。雫葉は、その集中する様子が好きだった。
好き、という言葉を胸の中で使った瞬間、指先に触れていた樹皮の硬さが妙にはっきりとしたので、雫葉は慌てて立ち上がり、枝先を見上げるふりをした。
「上の枝、少し混んでるね」
「風が抜けにくそうだな」
「午後の陽が入る側だけ、軽く整えたい」
「同感」
仕事の言葉は安全だった。枝、葉、根、傷、土。名前のついたものを確認していれば、名前をつけられない感情から少し離れられる。雫葉は測定具を取り出し、クスノキの状態を記録した。
公園には少しずつ人が増えてきた。乳母車を押す女性、ベンチで新聞を読む年配の男性、イヤホンをして通り抜ける学生。誰も木をじっと見るわけではないが、木陰に入る時だけ歩く速さが変わる。まぶしさを避けるように体が自然に木の下に近づく。
「木って無口な割に、人を誘導しているよね」
雫葉が言うと、伊吹は枝を見上げたまま笑った。
「何その言い方」
「だって、ここ通りなよって言ってそうじゃない?」
「じゃあ、俺たちは木の通訳か?」
「通訳というより、裏方かな」
「地味だな」
「でも、大事でしょ」
「大事だな」
伊吹の返事が素直で、雫葉は少しだけ口元を緩めた。彼は仕事のことになると、茶化しながらも、芯の部分ではまっすぐ受け止める。東京の緑を守る仕事。言葉にすると大げさだが、実際には、土の湿り具合を確かめ、枝の重なりを整え、苦情にも耳を傾ける日々だ。
昼前の公園には陽の匂いが混じり始め、濡れていたベンチは乾き、土の表面からは温められた匂いが立ち、遊具の金属は少しずつ温度を上げ、砂場の縁には子どもの靴跡が増え始めた。
雫葉と伊吹は、低い枝の整理に取り掛かった。邪魔になる枝を少しだけ落として風の通り道を作り、切りすぎないようにすることも仕事だった。木を整えるというよりも、この場所で木が無理なく立ち続けるための余白を作るのだ。
「雫葉、そこを押さえて」
「はい」
「もう少し右」
「こう?」
「うん、完璧」
「軽いね、褒め方が」
「重く褒めると照れるだろ」
「誰が?」
「俺が」
雫葉は吹き出した。枝を支える手元が揺れそうになり、慌てて力を入れた。伊吹は「危ない、危ない」と言いながらも笑っていた。周りから見れば、またいつもの掛け合いだろう。言葉を交わす間合いも、笑うタイミングも、長い間一緒に仕事をしてきた者同士にしか見えない。その距離感を、誰も特別なものとは思わない。
その言葉は昼の光の下ではよく似合うが、雫葉の胸の中では似合いすぎるほどに少しずつ苦しくなっていた。同期、仲良し、漫才コンビ。どれも嘘ではないが、嘘ではないからこそ本当のことを隠すのに向いていた。
枝を切ると、青い匂いがふわりと広がった。昨日のケヤキの匂いとは違う。こちらはもっと軽く、湿った葉の裏を指で撫でたような匂いだった。 雫葉はその匂いを吸い込み、胸の奥の痛みが少しだけ別の形になるのを感じた。
「いい匂い」
「雫葉、切った枝の匂い好きだよな」
「好き。木が生きてるって感じがする」
「昨日はつらそうだったけど」
「昨日は……切る意味が違ったから」
伊吹は何も言わなかった。言わないまま、切った枝を丁寧にまとめた。雫葉はその沈黙が好きだった。無理に励まさず、わかったふりもしない、ただ同じ場所にいてくれるだけの沈黙。
公園の端では、小さな子どもが木陰の境目を何度も行き来していた。日向に出ると目を細め、木陰へ戻ると笑う。母親が「危ないよ」と声をかけるが、子どもは葉の影が動くのを追いかけているようだった。
「見て。木陰で遊んでいるよ」
雫葉が小さく言うと、伊吹もそちらを見た。
「ああいうの見ると、仕事ちゃんとしようって思うな」
「普段、ちゃんとしてないみたい」
「普段もちゃんとしてるけど、さらに」
「寝癖は?」
「木陰のせいで直った」
「直っていないよ」
「厳しいな」
子どもの笑い声が葉の間を抜けてこちらに届いた。雫葉はクスノキを見上げた。この枝が一本落ちたらあの子の遊び場は危ない。逆に切りすぎれば夏の逃げ場が減る。手を入れることと残すこと。その境界を間違えないように何度も見て、触れて、考える。
恋にもそういう境界があるのだろうか。踏み込むことと残すこと、伝えることと黙って守ること。その線を間違えると、今の距離は簡単に壊れてしまうのかもしれない。
「雫葉?」
伊吹の声で雫葉は我に返った。
「何?」
「今、枝じゃないものを見ていたよ」
「何それ?」
「考え事しているときの顔」
「また観察力」
「仕事柄」
「便利だね、それ」
「今日は本当に仕事中だから、正当な使い方」
雫葉は髪を耳にかけた。困るとそうする癖を伊吹はたぶん知っているが、知っていても何も言わない。そういうところがまた雫葉を困らせる。
昼の公園は少しにぎやかになった。近くの会社から出てきた人たちがベンチで昼食を広げ、紙袋の音やペットボトルのふたを開ける音が混ざっている。日向には人が長くいられず、自然に木陰に集まっていく。
雫葉と伊吹は、少し離れた水飲み場の近くで休憩を取った。蛇口から落ちた水がコンクリートを濡らし、そこだけ空気がひんやりとしている。雫葉は手袋を外し、指先についた細かな木くずを払った。
「また払ってる」
伊吹が隣で缶コーヒーを開けた。
「癖だから」
「知ってる」
「知ってるなら言わなくていい」
「言いたかったから」
「今日、それ多くない?」
「俺がやりたいから系?」
「そう」
伊吹は缶を口元へ持っていき、少しだけ笑った。冷えた缶の水滴が、彼の指を濡らしていた。雫葉は、その指先を見てしまった。そして、すぐに視線を公園の奥へ逸らした。
そこには、年配の男性がベンチで本を読んでいた。背中を丸めて足元に布の鞄を置き、ページをめくるたびに、木漏れ日が膝の上を動いていた。まるで、本を読むためにその木陰だけが用意されているかのようだった。
「こういう場所って、誰かの日課になってるんだろうね」
雫葉が言った。
「毎日同じベンチとか?」
「うん。たぶん、あの人にとっては、この木陰も込みでこの場所なんだよ」
「ベンチだけ残っても同じじゃないってことか」
「そう思う」
伊吹はしばらく男性を見ていた。いつものように軽口を返さない。その横顔には、現場で木を見る時と同じ静けさがあった。
「俺さ」
「うん」
「いつか、こういう公園の管理計画をちゃんと作れる側になりたいんだよな」
雫葉は伊吹を見た。初めて聞く言葉だった。彼が仕事を大切にしていることは知っていたし、木の変化をよく見たり、道具を丁寧に扱ったりすることも知っていた。しかし、将来の夢のようなことをこんな風に聞いたことはなかった。
「管理計画?」
「ただ危ない枝を切るだけじゃなくて、この木陰を何年先まで残すかとか、どの木を次に育てるかとか、そういうことを考える仕事」
「伊吹、そういうの考えてたんだ」
「まあ、たまに」
「たまにの顔じゃない」
「ばれたか」
伊吹は照れたように鼻の横を軽くかいた。雫葉はそのしぐさに気づき、胸が少し温かくなった。冗談の奥に隠していた本音を、彼が少しだけ見せてくれた気がした。
「似合うと思う」
雫葉はそう言った。声が思ったよりもまっすぐに出て、自分でも少し驚いた。
「本当に?」
「うん。伊吹は、切る木のことだけじゃなくて、そこにいる人のことも見てるから」
伊吹はすぐに返事をせず、缶コーヒーを指先でゆっくり回した。雫葉は、それが照れているときのしぐさだと知っている。
「それ、結構うれしいな」
「結構?」
「かなり」
「素直」
「今日だけな」
「明日も素直でいいよ」
そう言ってから、雫葉は息を止めた。明日も……何気なく口にした言葉の中に、自分の願いが混じっていた。明日も伊吹が隣にいることを、当たり前のように望んでいる。
伊吹は雫葉を見た。ほんの短い間だったが、その視線には冗談に戻る前の温度があった。
「じゃあ、明日も少しだけ」
「予約制?」
「雫葉限定で」
雫葉は笑うしかなかった。笑わないと何かが顔に出てしまいそうで、伊吹も笑ったが、その笑いはいつもより少し遅れて届いた。
午後の作業は、公園の奥にある古いイチョウの確認から始まった。根元が舗装を持ち上げており、遊歩道にわずかな段差ができていた。転倒の危険があるため、根を傷めずに舗装を調整する必要があった。
イチョウの葉はまだ青く、扇形の先が風に揺れている。雫葉は根元にしゃがんで土と舗装の境目を見ると、アスファルトは押し上げられてひび割れ、その隙間から細かな草が生えていた。
「木も大変だよね」
「急に何?」
伊吹が隣で図面を広げる。
「伸びたいだけなのに、邪魔って言われることもある」
「人間側の都合もあるしな」
「わかってる。でも、ちょっとだけ木の味方したくなる」
「雫葉は基本、木の弁護士だからな」
「弁護料は葉っぱ一枚で」
「安いな」
「でも、破れた葉っぱは特別料金」
伊吹が笑った。その笑い声が午後の公園に溶けていく。雫葉は図面に目を落としながら、自分の口元も緩んでいることに気づいた。彼の笑いにつられるのは伊吹だけの癖ではない。雫葉だって伊吹が笑えば少し安心してしまうのだ。
作業中、学校帰りの子どもたちが公園を横切った。ランドセルが揺れ、遊歩道に靴音が弾んだ。誰かが木の根に足を取られそうになり、友だちに支えられて笑った。雫葉はすぐに段差の位置を確認してメモに書き加えた。
「今の見た?」
「見た。早めに対応した方がいいな」
「うん。根を削らずに舗装側で逃がしたい」
「管理者に提案しよう」
声は自然に重なった。仕事で言葉が少なくても、たどり着く結論はいつも同じだった。それは、長く同じ班で積み重ねてきた日々が育んだ呼吸だった。雫葉は、その感覚が好きだった。言葉にしなくても伝わるものが増えるほど、言葉にしないと伝わらないものが怖くなった。
公園の外側の遊歩道には細い風が通り、住宅の塀や低い植え込み、自転車が通る音が聞こえる。街の喧騒はすぐ近くにあるのに、木々の内側に入ると音の角が取れていく。東京は場所によって息の仕方が変わる。
雫葉は考え事をすると、いつも枝先を見上げてしまう。葉の隙間から見える空は、朝よりも明るく少し乾いていた。昨日の伐採跡の空とは違い、こちらは葉にろ過されて柔らかく刻まれた空だった。
「何考えてる?」
伊吹が横から聞いた。
「伊吹の将来計画」
「俺の?」
「うん。管理計画を作る側になりたいって話」
「ああ」
「いいと思う。本当に」
「二回言われると、本当に本当っぽいな」
「本当に本当だから」
伊吹は少し黙った。風がイチョウの葉を揺らし、小さな影が隣り合った肩先を静かに通り過ぎていった。雫葉は、言い過ぎたかもしれないと思った。しかし、言わずに引っ込めるには、先ほどの言葉は自分にとってあまりにも大切だった。
「雫葉は?」
「え?」
「この先、どうしたいとかあるの?」
雫葉はすぐに答えられなかった。木そのものを守りたい。木を見て暮らす人の日常も守りたい。それはずっと考えてきたことだった。しかし、伊吹に聞かれると、仕事の話だけでは済まないような気がした。
「今は、ちゃんと現場を見られる人でいたい」
「もう見てるだろ」
「まだまだ。見えてるつもりで、見えてないことも多いから」
「例えば?」
「なくなってから気づくこととか」
伊吹の表情が少しだけ変わった。昨日のケヤキのことを思い出したのだろう。雫葉も同じだった。言葉にすれば、まだ匂いまで戻ってきそうだった。
「それは、俺もある」
「伊吹も?」
「うん、ある」
その続きを伊吹は言わなかったし、雫葉も聞かなかった。聞けば、何かが近づきすぎるような気がしたのだ。今日の公園の風は穏やかなのに、肩先ほどの距離を隔てた空気だけが不思議なくらい張り詰めていた。
夕方に向かう前、公園にはまた別の表情が現れた。昼休みの人たちはいなくなり、代わりに子どもの声が聞こえるようになった。ベンチに座っていた男性は本を閉じ、ゆっくり立ち上がった。クスノキの木陰は少し位置を変え、滑り台の半分を覆っていた。
雫葉と伊吹は、最後の記録を取った。枝の混み具合、根元の状態、今後の提案、住民の利用状況。紙に書けば簡単だが、その一つひとつの奥には、人の時間が詰まっている。雫葉はそう考えるようになってから、報告書の言葉を雑に書けなくなった。
「雫葉の報告書ってたまに情緒があるよな」
伊吹が覗き込みながら言った。
「え、だめ?」
「だめじゃない。前にさ、木陰の利用頻度が高いって書くところを、日中の滞在を支える木陰って書いてた」
「恥ずかしいから読み上げないで」
「いい表現だと思った」
「報告書だよ」
「報告書でも、見ている人の言葉って出るだろ」
雫葉はペンを止めた。伊吹は、何気なく言っただけかもしれない。それでも雫葉には、その一言が深く届いた。「見てる人の言葉」。伊吹は雫葉が見ているものを見てくれているのだ。
「伊吹はそういうところがずるい」
「また『ずるい』って言われた」
「ずるいよ」
「どの辺が?」
「ちゃんと見てるところ」
「それ、仕事では褒め言葉だろ」
「仕事ではね」
伊吹が黙った。雫葉も自分が余計なことを言ったと気づいたが、今度はすぐに冗談で場を和ませることができなかった。夕方前の公園には子どもの声が遠く響き、葉の音が薄く重なっていた。ここは沈黙が目立たない場所だったため、かえって逃げ場がなかった。
「じゃあ、仕事以外では?」
伊吹が静かに聞いた。
雫葉はペンを握る指に力を入れた。答えてはいけない気がした。けれど、答えないことにも意味が生まれてしまう気がした。こういうとき、友人ならどう返すだろう。同期なら。漫才コンビなら。
「困る」
やっと出た言葉はそれだけだった。
「そっか」
伊吹はそれ以上聞かなかった。聞かない優しさ、踏み込まない優しさ。雫葉はその優しさに助けられ、同時に少しだけ置いていかれた。
「ごめん、変な言い方した」
「いや、俺も変な聞き方した」
「伊吹のほうが変だった」
「そこは譲らないんだな」
「うん」
ようやく笑い声が同じ空気に溶け込んだ。ぎこちない笑い声だったけれど、それでも笑い声だった。周囲から見れば、いつものやりとりに戻っただけに見えるだろう。しかし、雫葉はその前に流れた沈黙を、いつまでも忘れられないと感じた。
作業を終えるころ、風の温度が少し変わった。葉の表面を滑る空気が昼の熱をゆっくり手放していく中、公園の外の道路では車の流れが増え、夕方の支度をする街の音が近づいてきた。
雫葉はクスノキの下に立ち、もう一度枝の抜け方を確認した。朝よりも風が通り、葉の重なりが少しほぐれて木陰の輪郭が柔らかくなっていた。切りすぎず、残しすぎず、今日の仕事としては悪くない。
「いい感じだな」
伊吹が隣に来た。
「うん、風が通る」
「タイトルみたいだな」
「何の?」
「今日の報告書」
「風が通る公園?」
「情緒あるだろ」
「伊吹が言うと、急に雑になる」
「ひどい」
雫葉は笑った。公園の風が作業着の袖を軽く膨らませ、隣に立つ伊吹の袖も同じように揺れている。その小さな同じ動きがなぜか胸に残った。
片付けをしていると、昼に本を読んでいた年配の男性が近づいてきた。雫葉は道具を置いて軽く会釈すると、男性は少し照れたように帽子を取った。
「ここの木、切っちゃうのかと思って心配していたんです」
「今回は混み合った枝を少し整えただけです。木陰は残りますよ」
雫葉が答えると、男性はほっとしたように笑った。
「よかった。ここ、夏は本当に助かるんですよ。本を読むには少し暗いけど、それがいいんです」
「暗い方が良いんですか?」
伊吹が聞いた。
「明るすぎると急かされる気がしてね。ここくらいがちょうどいい」
男性はそう言ってクスノキを見上げ、雫葉は男性の横顔を見て、木陰には明るさを遮る以上の役割があるのだと改めて思った。木陰は、人を少しゆっくりさせ、急がなくていい場所を作る。
「また安心して使ってください」
雫葉がそう言うと、男性は深くうなずいた。
「ありがとう。こういう仕事をしてくれる人がいるから、何でもない毎日が続くんですね」
その言葉は雫葉の胸に静かに染み渡った。何でもない毎日。守りたいと思っていたのはたぶんそういうものだった。特別な記念日ではなく、誰かがいつものベンチに座り、子どもが木陰を走り、風が葉を揺らす時間。
男性が去った後、伊吹はしばらく黙っていた。雫葉は道具を片付けながら、さっきの言葉を反芻していた。何でもない毎日が続くこと。それは簡単そうに見えて、実はとても壊れやすいものだった。
「雫葉の言ってたこと、少しわかった」
伊吹が言った。
「何が?」
「木を守るだけじゃなくて、その木を見て暮らす人の日常まで守りたいってやつ」
雫葉は驚いて伊吹を見た。
「覚えてたの?」
「前に言ってただろ。入社してすぐの研修の後」
「そんな前のこと?」
「うん。雫葉が真面目な顔で言ってたから」
雫葉は言葉を失った。自分でも忘れかけていたような言葉を伊吹が覚えていたという事実が胸の奥にまっすぐと届き、嬉しいと感じた。しかし、その嬉しさをどう扱えばいいのかわからなかった。
「よく覚えてるね」
「まあ、印象に残ってたから」
「どうして?」
「その時から、雫葉は木だけじゃなくて人を見てるんだなって思った」
伊吹は道具箱を閉めながらそう言った。視線は雫葉ではなく手元にあるため、余計にその言葉が飾られていないように聞こえた。
雫葉は髪を耳にかけた。困ったときの癖だ。伊吹がそれに気づいたのかどうかはわからない。わからないふりをしてくれているのかもしれない。
「そういうの、急に言わないで」
「困る?」
「困る」
「そっか」
「うん。困る」
二度言ってしまった。けれど、今度の「困る」はさっきとは少し違っていた。嫌なのではない。むしろ、大切にしたいから困るのだ。うまく笑いへ変えられないほど、ちゃんと嬉しいから困るのだ。
夕暮れが公園の奥に入り始めると、葉の色が少し深くなり、滑り台の影が長く伸びて砂場の縁に細い線を作った。遠くで誰かが子どもの名前を呼び、帰りたくない声が少しだけ響いた。
雫葉と伊吹は作業車に道具を積み込んだ。朝には濡れていたロープはもうほとんど乾いており、金属ケースには細かい木くずが付着し、作業着の袖にはクスノキの香りが残っていた。
「今日、いい現場だったな」
伊吹が荷台を閉めながら言った。
「うん。昨日とは違う意味で」
「昨日はなくなる木で、今日は残す木か」
「そうだね」
「どっちも、ちゃんと見ないとだめなんだな」
雫葉はうなずいた。なくなるものを見ること、残るものを整えること、どちらも同じくらい難しい。残るものはただ放っておけば続くわけではなく、手を入れ、見守り、時々余分なものを落としてようやく明日へつながる。
恋もそうなのだろうか。雫葉はまた同じところへ戻りかけ、苦笑した。何を見ても伊吹のことにつながってしまう自分が少し情けなかったが、そういう日なのだと思うことにした。風が通る場所では隠しているものまで揺れやすい。
会社に戻る道は朝よりも少し混んでいて、車内には疲れたような沈黙が漂い、誰かのラジオの音が低く流れていた。雫葉は窓の外を見ながら、今日聞いた伊吹の夢を思い返していた。
公園の管理計画を作れる側になりたい、と。伊吹がそんな未来を持っていたことがうれしかった。うれしいのに少しだけ寂しかった。彼が自分の知らない先を見ていることに気づいたからだ。
雫葉は隣の席ではなく前方の席に座る伊吹の後ろ姿を見た。作業で少し崩れた髪、首筋の乾いた汗の跡、窓の外を眺める横顔の一部。毎日のように見ているはずなのに、まだ知らないところがある。それは当たり前のことなのに、今日は不思議と切なかった。
会社に戻ると、事務所には夕方の白い光が残っていた。報告書を書くための机に向かい、雫葉は今日の公園の様子をまとめた。クスノキの枝整理、イチョウの根元の舗装改善提案、木陰の利用者、風通しの改善。
言葉を選んでいると、伊吹が隣の椅子に腰掛けた。
「そこ、『日中の滞在を支える木陰』って書く?」
「からかわないで」
「からかってない。好きな表現だから」
「報告書の表現を好きとか言わないで」
「だめか」
「だめじゃないけど、困る」
「今日、雫葉を困らせすぎだよ」
「自覚あるんだ」
「少し」
雫葉は画面を見たまま笑った。伊吹は隣で資料を整理している。肩が近い。事務所の椅子同士の距離としては普通なのに、さっきの会話の余韻が残っているせいで空気が少し違って感じられた。
「伊吹の夢、報告書に書いておこうか?」
「何で?」
「将来、公園管理計画を作りたい職員がいるって」
「職員じゃなくて現場スタッフな」
「細かい」
「大事だろ。現場から見えることってあるし」
伊吹の声には静かな強さがあり、雫葉は彼の横顔を見た。朝の寝癖はいつの間にか落ち着いており、少し疲れた目元には今日の公園の緑がまだ残っているように見えた。
「伊吹なら、できるよ」
また言ってしまった。今日はどうも、自分の中にしまっておくべき言葉が外へ出やすいようだ。雫葉はすぐに画面へ視線を戻した。
伊吹はしばらく黙っていた。事務所には、キーボードを打つ音や紙をめくる音、誰かがロッカーを閉める音が響いていたが、彼の沈黙だけが妙に近く感じられた。
「雫葉にそう言われると、ちゃんとやらないとなって思う」
低い声だった。雫葉は、画面の文字が一瞬読めなくなった。
「私、そんな影響力ないよ」
「あるよ」
伊吹の返事は早すぎて、冗談に逃げる隙間もなかった。雫葉は指を止めたまま、何も言えなかった。
「あるから、困る」
伊吹が小さく付け足した。雫葉は息を吸った。伊吹もまた、困っているのだ。自分だけではないのだ、と思った瞬間、胸の奥で何かが静かに熱を帯びた。
「それ、どういう意味?」
聞いてはいけないと思ったのに、声が出ていた。
伊吹は画面から目を離さず、少しだけ笑った。
「働きすぎで語彙が落ちた」
「逃げた」
「拾っておいて」
「拾わない」
「雫葉、落ち葉には甘いのに」
「伊吹は落ち葉じゃない」
「じゃあ何?」
雫葉は答えられなかった。同期、仲の良い同期、社内の漫才コンビ……言える言葉はいくつもあるけれど、そのどれもが今は少し違っていた。
「……仕事仲間」
やっと選んだ言葉はそれだった。間違ってはいないが、正解でもない。伊吹は小さく笑って「そうだな」とだけ言った。
その声が少し寂しく聞こえたのは、雫葉の都合だろうか、それとも自分がそう聞きたかっただけだろうか。恋をしていると、相手の沈黙にまで勝手な意味をつけてしまう。雫葉はそれが怖かった。
夜が窓の外に降りきったころ、報告書はようやく形になった。事務所の明かりは外の暗さに浮かび、窓ガラスには自分たちの姿が薄く映っている。並んで座る雫葉と伊吹の距離はいつも通りだった。
しかし、窓ガラスに映る影を見たとき、雫葉は少しだけ目を逸らした。隣にいることが当たり前のように見える。その当たり前の日常が、昨日から少し恐ろしく感じられる。失われるものも残るものも、見なければいつか形を変えてしまう。
帰り支度をするころには、事務所に紙と土と冷めたコーヒーの匂いが混ざっていた。雫葉はロッカーの扉を閉めて鞄の中の日誌を確認すると、ケヤキの葉はあったが、今日のクスノキの小枝は拾っていなかった。何でも持ち帰るわけにはいかない。
「今日は葉っぱ拾わなかったな」
伊吹が隣で言った。
「毎回拾ってたら標本室になる」
「それはそれで雫葉っぽい」
「部屋、見たことないでしょ」
「ないけど、葉っぱと本が多そう」
「否定しづらい」
「当たった」
伊吹は少し得意そうに笑った。雫葉は鞄を肩にかける。彼に部屋を想像されることがなぜかくすぐったかった。見せたいわけではないけれど、伊吹の中に自分の生活の輪郭が少しあることが不思議とうれしかった。
会社を出ると、夜の風は公園で感じたものよりも冷たかった。ビルの壁に沿って流れる空気には昼間の熱がまだ薄く残っており、歩道の植え込みからは湿った土の匂いが立ち上っていた。遠くの大通りでは車の音が幾重にも重なり、信号待ちの人々の影が横断歩道に伸びていた。
雫葉と伊吹はいつものように駅に向かって歩いた。自然に歩幅が合う。今日はそのことを意識してしまい、雫葉は少しだけ歩くスピードを変えた。すると、伊吹も何も言わずに同じスピードに合わせるのだった。
「合わせた?」
雫葉が聞くと、伊吹はとぼけた顔をした。
「何を」
「歩幅」
「たまたまだろ」
「たまたまが多い」
「同期だからな」
またその言葉だった。雫葉は笑ったけれど、胸の奥は少しだけ沈んだ。同期だから。便利で、優しくて、逃げ道になる言葉。けれど、今日の公園で伊吹は、その便利さに少し困っているように見えた。
「同期って、どこまで許されるんだろうね」
声に出してから、雫葉はしまったと思った。夜道の湿った空気が言葉をそのまま残してしまうからだった。伊吹はすぐには答えなかった。
「難しい質問だな」
「今のなし」
「なしにするの、早い」
「働きすぎで語彙が落ちた」
「それ、俺のやつ」
「拾った」
伊吹が笑った。雫葉も笑った。笑いに戻れたことにほっとしたが、同時に少しだけ物足りなさも感じた。戻したいのか、進めたいのか、自分でも分からなかった。
駅に向かう途中、小さな公園の横を通った。昼間の現場とは違い、ここは街角の狭い公園だった。夜の木々は葉の色を失い、街灯の光の中で影だけが濃く映し出されている。ベンチには誰もいない。滑り台の下には、雨の名残が黒く残っていた。
「今日の公園、夜はどんな感じなんだろうね」
雫葉が言った。
「静かだろうな」
「ベンチの人、明日も来るかな」
「来るんじゃないか。木陰、残したし」
「うん」
「雫葉が守ったんだ」
「私だけじゃないよ」
「じゃあ、俺たちが守った」
「俺たち」その言葉に、雫葉の心が一瞬だけ強く反応した。2人、とは言わない。言わないようにしているわけではないのに、その言葉を避けるように別の形で胸に入ってくる。
「そうだね」
雫葉は小さく答えた。
夜の道に葉擦れの音が混じる。昼間整えた枝とは別の木の音だ。東京には数えきれないほどの木があり、一本一本が誰かの歩く速さや立ち止まる理由を、それぞれに少しずつ変えている。雫葉は、そのことを今日いつもより強く感じていた。
「伊吹」
今度は雫葉が呼んだ。彼がこちらを見た。
「何?」
「今日の話、忘れないでね」
「どれ」
「公園管理計画の話」
伊吹は少し驚いた顔をしたが、それからゆっくり笑った。
「忘れない」
「本当に?」
「うん。雫葉に言ったから、忘れられなくなった」
雫葉は足元を見た。歩道に落ちた葉が靴の先で小さく動いたが、雫葉はそれを拾わなかった。しかし、その葉の形は目に焼きついた。
「私も、覚えてる」
「俺の夢?」
「うん」
「じゃあ、下手なことは言えないな」
「もう言ったから遅いよ」
「厳しい」
「ちゃんと見てるから」
そう言ってから、雫葉は顔が熱くなるのを感じた。「ちゃんと見てる」その言葉は、仕事の話にも、同期としての励ましにもなる。でも、今の自分の声には、それ以上のものが混じっていた。
伊吹は何も言わなかったが、隣を歩く気配が少しだけ静かになった。雫葉は、その沈黙の中で昼間の木陰を思い出した。明るすぎると急かされる、あの男性の言葉。今の沈黙は少し暗い木陰のようで、急がなくていいと誰かに言われているようだった。
改札の明かりが見えてきた。人の流れが増え、会話の続きは少しずつ街の音に溶け込んでいく。雫葉は、このまま何も言わずに別れるのが惜しいと思った。けれど、何を言えばいいのかわからない。
「また明日」
伊吹が先に言った。
「また明日」
雫葉も返した。
それはいつもの言葉だったけれど、今日はその中に昼の公園の風が混じっている気がした。クスノキの匂い、ベンチにいた男性の話し声、伊吹が話した未来。どれも明日へ持っていけるものだった。
伊吹は改札に向かいかけて、少しだけ振り返った。
「雫葉」
「何?」
「今日の報告書のタイトルは『風が通る公園』でいいと思う」
雫葉は一瞬だけきょとんとして、それから笑った。
「正式書類にタイトルはつけないよ」
「心の中で」
「じゃあ、そうしておく」
「うん」
伊吹は満足したようにうなずき、今度こそ改札へ歩いていった。雫葉は、その背中を見送った。今日は振り返ってしまった。昨日はできなかったことを、今日はしてしまった。
伊吹はもう振り返らなかった。それでよかった。もし目が合っていたら、今日の自分は何かを隠しきれなかったかもしれない。
雫葉は地下へ続く階段に向かった。夜の風が背中を撫で、鞄の中の日誌が小さく揺れる。昨日書いた葉がそこにある。今日の風もそこに挟めたらいいのに、と思った。
風は持ち帰れない。けれど、風が通った場所のことは覚えていられる。伊吹が夢を話した公園、木陰を守れた午後、ちゃんと見ていると言ってしまった夜道、どれも形のないまま雫葉の中に残っていく。
同期だからと言い聞かせた距離に、今日は少しだけ風が通った。崩れたわけではない。壊れたわけでもない。ただ、奥にしまっていた言葉が、葉の裏側に触れる光みたいに一瞬だけ透けた。
雫葉は改札に向かう人の流れに混じる前に、ふと枝先を見上げた。駅前の街路樹が夜の中で静かに揺れ、葉の影が街灯の光を細かく揺らしている。その下を、人々は知らずに通り過ぎていく。
毎日はこうして続いている。何でもない顔をして、少しずつ形を変えながら。雫葉はそのことが少し怖く、少しだけ愛おしかった。




