第84夜 「白い梟と夜の核」
今日も少女は夜を歩く。
深淵に降り立った白い梟。
その一羽が、静かにカクリの肩に止まっていた。
「ホゥ」
その鳴き声は。
不思議なほど柔らかかった。
しかし。
その瞬間。
空気が変わった。
深淵の父が一歩前に出る。
「……これは」
黄泉津大神の兄が鎖を握り直す。
「あり得ない」
長女も息を呑む。
「どうして……この存在が……」
顔のない少年は。
初めて完全に笑顔を消していた。
「……君」
「まだ存在していたの?」
白い梟は答えない。
ただカクリの肩に止まったまま。
静かに瞳を閉じる。
カクリは小さく首を傾げる。
「鳥さん」
「知ってるの?」
梟は一度だけ羽を震わせた。
その瞬間だった。
深淵の天井に走っていた亀裂が。
ぴたりと止まった。
「……!」
冬華が目を見開く。
「修復されている……?」
「違う」
深淵の父が低く言う。
「これは修復ではありません」
「停止です」
「時間の流れそのものが」
「止められている」
れいなが青ざめる。
「そんなことできるの!?」
少女が小さく答えた。
「できるよ」
「この子は」
「夜の外側にいるから」
「外側?」
カクリが聞く。
少女は梟を見つめる。
「夜はね」
「世界の中にあるものじゃない」
「世界の外から落ちてくるものでもない」
「ただ」
「その境目にいるもの」
深淵の父が静かに続ける。
「そして」
「それを管理する存在がいる」
黄泉津大神の兄が目を細める。
「監視者か」
少女は頷いた。
「うん」
「その一羽」
「それがこの子」
白い梟は静かに目を開く。
その瞳は。
人間でもなく。
獣でもなく。
神でもない。
「記録」
「観測」
「修正」
そんな言葉が重なったような。
異質な視線だった。
顔のない少年が一歩後退する。
「まさか」
「直接来るなんて」
梟は少年を見る。
そして。
初めて。
声が響いた。
声というより。
世界に直接流れ込む情報だった。
『逸脱個体確認』
『夜核侵食進行中』
『修正対象認定』
その言葉に。
空間が震えた。
青年の中の無数の魂たちが叫ぶ。
「逃げろ」
「逃げろ」
「来る」
「消される」
青年が顔を歪める。
「やめて」
「まだ」
「僕は」
「途中なんだ」
梟は動かない。
ただ。
カクリを見た。
『観測対象:夜歩行適合個体』
カクリは首を傾げる。
「なに?」
少女が静かに言う。
「君は」
「選ばれてる」
「この夜の」
「鍵として」
その言葉に。
深淵の父が目を閉じる。
「やはり」
「そこまで進みましたか」
黄泉津大神が震える。
「お父様……」
「この子は一体……」
深淵の父は答えない。
代わりに少女が言った。
「夜はね」
「壊せない」
「でも」
「閉じることはできる」
「鍵があれば」
カクリは梟を見る。
「鳥さんが鍵?」
梟は否定も肯定もしない。
ただ一度だけ。
羽を広げた。
その瞬間。
深淵全体が反応する。
ゴォォォォ……
空間が唸る。
そして。
現実世界。
病室のカクリの姉の瞳が。
再び揺れた。
「……っ」
医師が驚く。
「まだ反応がある!」
「さっきのとは違う!」
「今度は……!」
少女はベッドの上で。
小さく息を吸った。
「……鳥……?」
その呟きと同時に。
深淵の白い梟が。
ゆっくりと羽を閉じる。
そして。
カクリの肩から。
一歩だけ。
空中へ浮かび上がった。
『接続開始』
『鍵適合確認』
『夜核封印手順移行』
顔のない少年が叫ぶ。
「やめろ!!」
その声は初めて感情を持っていた。
怒り。
恐怖。
焦り。
そして。
ほんの僅かな。
哀しみ。
「それをやったら」
「僕は」
「また」
「一人になる」
カクリはその言葉を聞いた。
そして。
静かに言った。
「一人じゃないよ」
少年が止まる。
「……え?」
カクリは続ける。
「まだ」
「話してない人がいる」
「まだ」
「助けてない人がいる」
「まだ」
「夜は終わってない」
その言葉に。
白い梟がゆっくりと目を細めた。
そして。
深淵の全てが。
静かに。
次の段階へと進み始めた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




