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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第83夜 「眠り姫の目覚め」



今日も少女は夜を歩く。


病室。


静まり返った白い部屋。


規則正しく鳴り続ける心電図。


窓の外では、街の夜景が静かに広がっていた。


長い間、一度も目を開けることのなかった少女。


篠崎冬華たちが何度も見舞いに訪れ、医師たちが原因不明と首を振り続けた少女。


カクリの姉。


その瞼が。


ゆっくりと震えた。


「……」


かすかな呼吸。


指先が動く。


そして。


閉じられていた瞳が、ゆっくりと夜の光を映した。


「……ここ……」


かすれた声。


誰もいない病室で、小さく響く。


その瞬間。


廊下を歩いていた夜勤の看護師が足を止めた。


「え……?」


慌てて病室へ駆け込む。


「篠崎さん!」


ベッドの上では少女がゆっくり身体を起こそうとしていた。


「無理しないでください!」


ナースコールが押される。


病棟が慌ただしく動き始めた。


医師。


看護師。


次々と病室へ集まってくる。


「瞳孔反応正常!」


「血圧安定!」


「意識レベル確認!」


「信じられない……」


担当医は何度もカルテを見返した。


「医学的には説明できない……」


少女はぼんやり天井を見上げていた。


「……夜」


その一言だけを呟く。


一方その頃。


深淵。


ドクン。


空間全体が大きく脈打った。


「!」


黄泉津大神が顔を上げる。


「現実側の反応……!」


冬華も霊力の流れを感じ取る。


「お姉さんが!」


「目覚めた!」


れいなが思わず笑顔になる。


「本当に!?」


しかし。


カクリだけは笑わなかった。


「……違う」


「え?」


「まだ」


「終わってない」


顔のない少年は静かに笑っていた。


「そう」


「始まっただけ」


長女が睨み付ける。


「何をした」


「何も」


少年は肩を竦める。


「眠りから起きても」


「夢が終わるとは限らない」


深淵の父の瞳が鋭くなる。


「つまり」


「記憶ですか」


「さすが父さん」


少年は小さく拍手した。


「その通り」


「彼女は目覚めた」


「でも」


「見たものは消えない」


長女の母が震える。


「まさか……」


「全部覚えてるの?」


「うん」


「全部」


静寂が流れた。


病室。


医師が優しく問いかける。


「分かりますか?」


少女はゆっくり頷いた。


「……はい」


「お名前は?」


「……」


少女は答えようとする。


しかし。


突然。


身体が震え始めた。


「あ……」


瞳孔が開く。


呼吸が乱れる。


「先生!」


「発作です!」


医療機器が激しく警告音を鳴らす。


少女は何もない天井を見つめたまま。


恐怖に満ちた声を上げた。


「いや……」


「まだいる……」


「来ないで……」


医師たちは困惑する。


「誰がいるんです!?」


少女は震える指で。


天井を指差した。


「夜……」


「夜が……」


「まだ……」


深淵。


カクリは静かに少年を見る。


「お姉ちゃん」


「怖がってる」


「うん」


少年は素直に頷いた。


「当たり前だよ」


「全部見たから」


「全部?」


「夜の始まり」


「怪異の誕生」


「深淵」


「父さん」


「神様」


「全部」


深淵の父が低く呟く。


「人には」


「耐えられない記憶です」


「そう」


少年は悲しそうに笑う。


「だから眠った」


「脳が壊れないように」


黄泉津大神が拳を握る。


「あなたは!」


「人間に見せてはいけないものを見せた!」


「違う」


少年は首を横に振る。


「見せたんじゃない」


「見えたんだ」


「彼女自身が」


「夜を覗いた」


その時。


ずっと黙っていた少女が口を開く。


「……違うよ」


全員が振り向く。


普通の少女。


カクリと似た雰囲気を持つ少女。


「夜は」


「覗けない」


「……?」


「夜は」


「迎えに来るもの」


深淵の父がゆっくり目を閉じた。


「……その通りです」


少女はカクリを見る。


「だから」


「君のお姉さんは」


「呼ばれた」


「誰に?」


カクリが尋ねる。


少女は少しだけ寂しそうに笑った。


「夜自身に」


その瞬間。


青年の身体の中にいた無数の魂たちが一斉に空を見上げた。


「……?」


カクリも見上げる。


裂けた深淵の天井。


そこに。


小さな光が一つ。


落ちてくる。


最初は蛍のようだった。


しかし。


近付くにつれ。


その姿が見えてくる。


それは。


一羽の真っ白な梟だった。


翼を広げ。


音もなく深淵へ降り立つ。


梟は真っ直ぐカクリの肩へ止まる。


「……鳥さん」


カクリが小さく呟く。


梟は一度だけ鳴いた。


「ホゥ」


その鳴き声を聞いた瞬間。


深淵の父が。


黄泉津大神が。


兄が。


長女が。


そして顔のない少年までもが。


驚愕の表情を浮かべた。


「まさか……」


少年が初めて笑顔を失う。


「どうして」


「君が」


「ここにいるんだ」

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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