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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第82夜 「最初の怪異」


今日も少女は夜を歩く。


深淵の天井が砕けていた。


本来なら交わることのない現実と深淵。


その境界は無残に引き裂かれ。


夜空の裂け目から。


無数の黒い影が降り続けている。


まるで黒い雪。


いや。


死者の群れ。


怨念の雨。


そんな光景だった。


そして。


その中心。


ゆっくりと目を開いた存在がいた。


「……」


誰も喋らない。


喋れない。


その存在は人の姿をしていた。


黒い学生服。


黒い髪。


どこにでもいそうな少年。


しかし。


顔が見えない。


そこだけが黒く塗り潰されている。


まるで誰かが存在そのものを消したかのように。


れいなが震える。


「なに……あれ……」


冬華の額に汗が流れる。


「危険です」


「今までの怪異とは格が違う」


総長も刀を握る。


「じゃが」


「妙じゃ」


「妙?」


断姫が聞き返す。


総長は少年を見る。


「怪異に見えぬ」


「……!」


深淵の父が静かに頷いた。


「その通りです」


「彼は怪異ではありません」


全員が振り向く。


「え?」


「怪異じゃない?」


「どういうことですか」


黄泉津大神が尋ねる。


深淵の父は少年を見つめる。


長い沈黙。


そして。


重く告げた。


「彼は」


「怪異になる前の怪異です」


静寂。


誰も理解できない。


はっちゃんが顔をしかめる。


『意味わかんねぇぞ』


『怪異になる前ってなんだ』


深淵の父は答える。


「怪異は」


「最初から怪異ではありません」


「人の恐怖」


「絶望」


「悲しみ」


「執着」


「憎しみ」


それらが積み重なり。


やがて怪異となる。


「ですが」


「彼は違う」


「最初に生まれた」


「怪異の原型です」


空間が静まり返る。


少女が小さく呟く。


「最初の夜」


「……」


深淵の父が頷く。


「そう」


「全ての怪異が生まれる以前」


「夜そのものから生まれた存在」


その瞬間。


顔のない少年が笑った。


口だけが現れる。


不自然に。


異様に。


大きく。


「久しぶりだね」


その声。


優しい。


穏やか。


それなのに。


聞いた瞬間。


全員の背筋が凍った。


「父さん」


「兄さん」


「姉さん」


「まだ生きてたんだ」


黄泉津大神の兄が睨む。


「お前こそ」


「消えたと思っていた」


「消えたよ」


少年は笑う。


「でも」


「呼ばれたから」


「呼ばれた?」


カクリが聞く。


少年の顔が向く。


顔はない。


それなのに。


視線を感じる。


「うん」


「君のお姉さんに」


カクリの瞳が揺れる。


「……!」


深淵がざわめく。


れいなが声を上げる。


「どういうこと!?」


「お姉さんを襲ったんじゃないの!?」


少年は首を傾げた。


「襲った?」


「違うよ」


「会いに行っただけ」


「嘘だ!」


夜禍が叫ぶ。


「お姉ちゃんは倒れたんだ!」


「眠ったままなんだ!」


少年は少し悲しそうにした。


「うん」


「そうなったね」


「でも」


「僕のせいじゃない」


「……」


「彼女が」


「見ちゃったんだ」


「見た?」


カクリが聞く。


少年は頷く。


「本当の夜を」


その言葉に。


深淵の父が険しい顔をする。


「やめなさい」


「その話をするな」


しかし。


少年は笑った。


「どうして?」


「もう遅いよ」


「この子はここまで来た」


「知る権利がある」


黄泉津大神の兄が鎖を鳴らす。


「黙れ」


「お前に決める権利はない」


「あるよ」


少年は答えた。


「だって」


「夜は僕だから」


その瞬間。


世界が止まった。


風も。


音も。


鼓動も。


全て。


一瞬だけ止まる。


れいなが青ざめる。


「え……?」


断姫も声が出ない。


冬華ですら絶句していた。


「まさか……」


少年は静かに笑う。


「怪異は夜から生まれる」


「神も夜を恐れる」


「人は夜に怯える」


「だから」


「夜は僕」


深淵の父が立ち上がる。


その瞳に怒りが宿る。


「違う」


「お前は夜ではない」


少年は笑う。


「そうかな」


「じゃあ」


「聞いてみようか」


そして。


ゆっくりと。


顔のない少年は。


カクリへ手を伸ばした。


「夜を歩く子」


「君は」


「夜が好き?」


カクリは黙った。


静寂。


誰も口を出せない。


深淵全体が。


その答えを待っている。


長い沈黙の後。


カクリは答えた。


「好き」


少年が笑う。


「ほらね」


しかし。


カクリは続けた。


「でも」


笑顔が止まる。


「夜は君じゃない」


完全な静寂。


「夜は」


「もっと優しい」


その言葉に。


少年の身体が。


ぴたりと止まった。


「……」


「迷子がいる」


「泣いてる人もいる」


「怪異もいる」


「でも」


「夜は」


「ちゃんと待ってくれる」


カクリは少年を見る。


真っ直ぐ。


迷いなく。


「だから」


「君は夜じゃない」


その瞬間だった。


少年の身体の奥から。


黒い何かが。


ぐにゃりと蠢いた。


そして。


初めて。


その声に感情が混じる。


怒りでもない。


憎しみでもない。


もっと深い。


もっと暗い感情。


「……そう」


「やっぱり」


「君なんだね」


少年の背後。


無数の黒い影が立ち上がる。


そして。


現実世界。


病室で眠るカクリの姉の瞼が。


ゆっくりと。


開いた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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