第80夜 「夜を知る少女」
今日も少女は夜を歩く。
「やっと会えたね」
「夜を歩く子」
少女はそう言って笑った。
深淵の中。
誰よりも普通に見える少女。
特別な力を感じない。
神々しい光もない。
怪異の禍々しさもない。
それなのに。
深淵の父。
黄泉津大神。
黄泉津大神の兄。
長女。
長女の母。
その全員が。
警戒していた。
「……あなた」
深淵の父が静かに言う。
「なぜここに」
少女は首を傾げる。
「来ちゃ駄目だった?」
「……」
「相変わらず真面目だね」
その言葉に。
黄泉津大神の兄が鎖を鳴らした。
「軽口を叩くな」
「ここは遊び場ではない」
少女は肩をすくめる。
「知ってるよ」
「だから来たんだもん」
カクリはじっと見ていた。
少女も見返す。
しばらく。
見つめ合う。
「……」
「……」
れいなが小声で言う。
「なんか似てない?」
「え?」
「ほら」
「雰囲気」
冬華も目を細めた。
「確かに」
「不思議ですね」
総長も頷く。
「空気が似ておる」
はっちゃんが嫌そうな顔をした。
『勘弁してくれ』
『カクリが二人になったみてぇだ』
少女は笑った。
「それ」
「昔も言われた」
「?」
カクリが首を傾げる。
「昔?」
「うん」
少女は答える。
「君みたいな子がいた」
「ずっと前」
「とっても前」
「夜を歩いて」
「迷子を見つけて」
「怪異と話して」
「神様と喧嘩して」
「でも」
「誰も嫌わなかった」
深淵の父が目を閉じた。
「……やめなさい」
「その話は」
「まだ早い」
少女は少し困ったように笑う。
「そうかな」
「私はそう思わないけど」
その時。
青年の身体から溢れていた無数の魂が。
ざわめいた。
「この人」
「知ってる」
「知ってる」
「会った」
「優しかった」
「泣いてた」
少女は小さく手を振る。
「久しぶり」
「元気だった?」
「元気じゃない」
「元気じゃない」
「死んでるし」
「それもそうか」
少女は笑った。
その光景を見て。
青年が初めて驚く。
「……知ってるの?」
「うん」
「結構」
「たくさん」
「え?」
「だって」
「何回も会ったし」
青年が固まる。
「何回も?」
「うん」
「死んだ後」
「迷ってたでしょ」
「……!」
青年の表情が変わった。
「なんで」
「知ってるの」
「見てたから」
「……」
その返答が。
あまりにも自然だった。
カクリがぽつりと言う。
「変な人」
「ありがとう」
「褒めてる?」
「うん」
「やった」
『会話が成立してやがる』
はっちゃんが頭を抱える。
『なんなんだこいつら』
すると。
少女はカクリへ近づいた。
そして。
目の前まで来る。
「ねぇ」
「なに?」
「夜は好き?」
突然の質問。
カクリは少し考える。
「好き」
「どうして?」
「静かだから」
「うん」
「あと」
「星が見える」
「うん」
「怪異もいる」
「うん」
「でも」
「一人じゃない」
少女の笑顔が深くなる。
「そう」
「やっぱり」
「君だった」
黄泉津大神が眉をひそめる。
「どういう意味ですか」
少女は振り返らない。
ただ。
静かに言った。
「この子」
「選ばれたんじゃない」
「見つけたんだよ」
「……?」
「自分で」
「夜を」
深淵が静まる。
誰も理解できない。
だが。
深淵の父だけは。
目を閉じた。
「……そうですか」
「そこまで辿り着きましたか」
「うん」
少女は頷く。
「だから」
「始まる」
その瞬間。
深淵全体が震えた。
ドクン。
巨大な鼓動。
一度。
また一度。
今までとは違う。
もっと近い。
もっと現実に近い場所。
冬華が顔色を変えた。
「待ってください」
「この反応」
「深淵じゃない!」
総長も振り向く。
「何じゃと!?」
れいなが青ざめる。
「じゃあどこ!?」
少女が答えた。
「地上」
「……え?」
「現実世界」
「もう出てきちゃった」
「!」
全員が凍りつく。
青年も振り向く。
長女も。
黄泉津大神も。
深淵の父ですら。
驚いていた。
少女は。
初めて笑顔を消した。
「本来なら」
「深淵の一番下で眠り続けるはずだった」
「でも」
「誰かが起こした」
「誰か?」
カクリが聞く。
少女は静かに答えた。
「君のお姉さんを襲った怪異」
その言葉に。
カクリの瞳が揺れた。
「……!」
「やっと」
少女は言う。
「全部」
「繋がった」
そして。
深淵の遥か上。
現実世界。
誰もいないはずの病室で。
眠り続けていたカクリの姉の指が。
わずかに動いた。
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