第75夜 「黒い笑顔」
今日も少女は夜を歩く。
「じゃあ」
「次は」
「本物を見せてやろう」
黒い笑顔。
それは。
顔だった。
いや。
顔と呼ぶにはあまりにも歪だった。
目がない。
鼻もない。
あるのは。
裂けるほど大きく吊り上がった笑顔だけ。
その笑顔が。
暗闇の中に浮かんでいた。
「……」
カクリはじっと見つめる。
れいなは青ざめた。
「な、なにあれ……」
断姫も震えている。
「嫌……」
「嫌だよ……」
冬華は札を構える。
「総員、警戒!」
総長も刀を抜いた。
「気配が読めぬ!」
「おかしい!」
「そこにおるのに!」
「存在がない!」
はっちゃんも険しい顔になる。
『なんだこいつ……』
『怪異じゃねぇ』
『神でもねぇ』
『生き物ですらねぇぞ』
黄泉津大神が目を細める。
「兄さん」
「これは……」
鎖に縛られた存在は静かに答える。
「知らない」
「私も初めて見る」
全員が驚いた。
黄泉津大神の兄ですら知らない。
そんなものが。
深淵にいた。
「ヒヒヒヒ」
笑顔だけが笑う。
「ようやく」
「見つけた」
「ようやく」
「ようやく」
「完成する」
「……?」
夜禍が首を傾げる。
「完成?」
「何を?」
「家族」
その一言に。
空気が凍った。
「家族?」
マヨイも不思議そうにする。
「うん」
「家族」
「一人じゃない」
「ずっと一緒」
「誰も死なない」
「誰も泣かない」
「だから」
「全部」
「一つになる」
『チッ』
はっちゃんが睨む。
『嫌な予感しかしねぇ』
「お前たちも」
「家族」
「黄泉も」
「長女も」
「夜禍も」
「迷子も」
「全部」
「全部」
「一つ」
すると。
ゴゴゴゴ……
空間が揺れる。
「!」
冬華が目を見開いた。
「何です!?」
れいなの足元。
その影が。
動いた。
「ひゃっ!?」
影から。
無数の腕。
「きゃああ!?」
断姫の影からも。
夜禍の影からも。
総長の影からも。
腕。
腕。
腕。
『おい!』
はっちゃんが黄金の刃で切り裂く。
しかし。
切った腕が。
笑った。
「ヒヒヒ」
『なんだと!?』
「一つ」
「一つ」
「一つ」
「一つ」
黄泉津大神が叫ぶ。
「みんな離れて!」
その時だった。
ゴン。
深淵の奥。
釘の音。
「……!」
長女。
釘に貫かれた少女。
彼女が。
初めて怒った顔をした。
「……やめて」
笑顔が止まる。
「?」
「やめて」
「その子たちに」
「触らないで」
「……」
「お姉ちゃん?」
夜禍が目を見開く。
長女の周囲。
錆びた釘が光る。
ゴン。
ゴン。
ゴン。
そのたびに。
少女の身体から血が流れる。
しかし。
少女は立ち上がった。
「その子たちは」
「私の」
「家族」
「……」
黒い笑顔が揺れる。
「家族?」
「うん」
「だから」
「だめ」
「傷つけちゃ」
「だめ」
ゴゴゴゴゴ……
最深層そのものが震えた。
鎖に繋がれた存在。
黄泉津大神の兄。
その黄金の瞳が細められる。
「……」
「強くなったな」
「長女」
黄泉津大神は涙を流していた。
「帰ってきて……」
「お願い」
「もう」
「十分だから」
「帰ってきて……!」
しかし。
少女は悲しそうに微笑む。
『まだ』
『だめ』
『まだ終わってない』
『この子』
『一人ぼっちだから』
「……?」
「一人ぼっち?」
カクリが呟く。
すると。
黒い笑顔が。
初めて。
笑うのをやめた。
「……」
沈黙。
そして。
小さな声。
「……一人」
「寂しい」
「怖い」
「暗い」
「誰もいない」
「だから」
「家族を作る」
「悪いこと?」
カクリは。
少し考えた。
「悪くない」
「……!」
「でも」
「嫌がる人を」
「無理やりは」
「だめ」
「……」
「そっか」
黒い笑顔は。
まるで。
叱られた子供のように。
小さくなった。
「知らなかった」
「ごめんなさい」
『……はぁ!?』
はっちゃんが目を剥く。
『謝った!?』
総長も驚愕する。
「怪異が謝るじゃと!?」
冬華も唖然とする。
「ありえません……」
しかし。
その瞬間。
ドクン。
黒い笑顔の背後。
さらに奥。
さらに深い闇。
そこから。
巨大な「目」が開いた。
「!」
長女の顔色が変わる。
「駄目!」
黄泉津大神の兄も。
初めて表情を変えた。
「まずい!」
そして。
黒い笑顔は。
怯えた。
「……お父さん」
その一言に。
全員の背筋が凍った。
闇の最奥。
深淵の底。
そこに。
まだ。
何かがいた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




