第74夜 「反転する世界」
今日も少女は夜を歩く。
「始めよう」
その一言と共に。
世界が反転した。
上下も左右もない。
光も影もない。
ただ。
存在だけがねじれる空間。
カクリは一瞬だけ目を閉じた。
そして次に開いた時。
そこは。
何もない白だった。
「……ここ」
「どこ?」
れいなが震える。
冬華が周囲を確認する。
「空間が再構築されています」
「先ほどまでの最深層ではありません」
総長が歯を食いしばる。
「別の位相じゃな」
『クソ……』
はっちゃんが舌打ちする。
『完全に切り離された』
黄泉津大神はその場で膝をついた。
「兄さん……」
「あなたは……」
鎖の存在の声が響く。
どこからでもなく。
どこにもない場所から。
「ここは」
「試す場所だ」
「お前たちの“絆”を」
その瞬間。
白い空間に。
無数の影が現れた。
影。
しかし人間ではない。
怪異でもない。
“記憶の断片”だった。
れいなが息を呑む。
「なにこれ……」
「見覚えあるのに……」
冬華が目を細める。
「これは……」
「過去の記録?」
総長が低く言う。
「違う」
「これは“選別”じゃ」
影が動く。
そして一つ目の光景。
黄泉津大神。
まだ若い姿。
無数の怪異を抱きしめている。
「みんな……大丈夫」
「怖くない」
次の瞬間。
怪異たちが暴走し。
彼女の腕の中で崩壊する。
「……!」
夜禍が叫ぶ。
「お母さん!」
影は変わる。
今度はマヨイ。
暗闇で一人。
声だけを頼りに笑っている。
「大丈夫」
「僕は特別」
しかし。
その声は徐々に途切れ。
誰もいなくなる。
「……」
マヨイの顔が歪む。
次。
カクリ。
雨の中。
誰かを助けようとしているが。
そのたびに相手が消える。
「……なんで」
「助けたのに」
れいなが涙を浮かべる。
「やだ……こんなの……」
断姫が震える。
「全部……壊れてる……」
そして最後。
黄泉津大神の長女。
釘に貫かれた少女。
笑顔のまま。
誰もいない空間で。
ただ一人。
「お母さん」
「帰ってきて」
その声で。
黄泉津大神が崩れた。
「やめて!!」
叫びが白を裂く。
「これは違う!」
「これは過去じゃない!」
「兄さん!!」
鎖の存在の声。
「違うか?」
「では問おう」
「お前たちは本当に“繋がっている”のか?」
その言葉に。
空気が凍る。
はっちゃんが前に出る。
『ふざけんな』
『見せ物じゃねぇぞ』
「ヒヒヒ」
「怒っている」
「でも」
「怒りは弱さだ」
『黙れ』
はっちゃんの神気が爆発する。
黄金の光が空間を焼く。
だが。
届かない。
白は壊れない。
『チッ……!』
冬華が叫ぶ。
「この空間は概念固定です!」
「物理干渉が無効化されています!」
総長が唸る。
「ならばどうする……!」
その時だった。
カクリが。
一歩前に出た。
「……」
「これ」
「違う」
鎖の存在が静かに問う。
「何が違う」
カクリはゆっくりと見上げる。
「全部」
「違う」
「これ」
「ただの」
「こわい記憶」
「……」
「一緒じゃない」
「つながりじゃない」
「ただの」
「バラバラ」
静寂。
鎖が一瞬止まる。
「ほう」
「では」
「本物の繋がりとは何だ」
カクリは少し考えた。
そして。
いつものように。
簡単に言った。
「今」
その瞬間。
白が揺れた。
「……今?」
れいなが呟く。
「うん」
カクリは頷く。
「昔じゃない」
「未来でもない」
「今」
「ここにいる」
「だから」
「一緒」
黄泉津大神の目が見開かれる。
「……今」
夜禍が涙を拭く。
「お母さん」
「今いるよ」
マヨイが笑う。
「僕も」
断姫が飛びつく。
「今いる!」
れいなも叫ぶ。
「私も!」
総長も笑う。
「わしもおるぞ!」
冬華が静かに頷く。
「ここにいます」
はっちゃんが鼻を鳴らす。
『うるせぇな』
『でもまぁ』
『そういうことだ』
その瞬間だった。
白い空間に亀裂が入る。
ピシ……ピシ……
鎖の存在の声が低くなる。
「……なるほど」
「今か」
「だが」
「まだだ」
白の奥から。
何かが動く。
鎖よりもさらに深い。
反転のさらに裏。
そこから。
“黒い笑顔”が現れた。
「じゃあ」
「次は」
「本物を見せてやろう」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




