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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第70夜 「錆びた釘の少女」


今日も少女は夜を歩く。


「……もう少し」


「もう少しだけ」


「待っててね」


「お母さん」


暗闇の中。


誰にも届かない声。


少女は静かに涙を流していた。


その足元。


一本の巨大な錆びた釘。


それが。


少女の影を。


世界そのものへ縫い付けるように。


深く。


深く。


突き刺さっていた。



最深層。


「……」


黄泉津大神は暗闇を見つめていた。


「お母さん?」


夜禍が心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫?」


「……うん」


「大丈夫」


しかし。


その声は震えていた。


はっちゃんがため息をつく。


『大丈夫な声じゃねぇな』


「……」


『知ってんだろ』


『さっきの奴』


黄泉津大神は黙る。


総長も冬華も。


誰も口を挟まない。


長い沈黙。


やがて。


黄泉津大神は。


小さく呟いた。


「……長女」


「え?」


れいなが目を丸くする。


「長女?」


「……」


「私の」


「最初の娘」


全員が息を呑んだ。


夜禍ですら目を見開いていた。


「お姉ちゃん……?」


マヨイも驚いている。


「僕」


「お姉ちゃんいたの?」


「……いた」


黄泉津大神は。


遠くを見るように目を閉じた。


「優しい子だった」


「泣き虫で」


「怖がりで」


「でも」


「誰よりも優しくて」


「誰よりも強い子」


「怪異が泣いていれば」


「駆け寄って」


「迷子がいれば」


「手を繋いで」


「みんなを助けようとした」


「……」


カクリは静かに聞いていた。


なんだか。


少し。


誰かに似ている気がした。


「名前は?」


冬華が尋ねる。


「……」


黄泉津大神の顔が曇る。


「思い出せない」


『はぁ?』


はっちゃんが目を見開く。


『名前を忘れたのか?』


「違う」


「消えたの」


「……」


「名前も」


「存在も」


「記憶も」


「全部」


「失われた」


「……」


「私が」


「壊してしまった」


夜禍が泣きそうになる。


「お母さん……」


「ごめんなさい」


「私は」


「愛し方を知らなかった」


「誰も失いたくなくて」


「誰も一人にしたくなくて」


「だから」


「閉じ込めた」


「全部」


「……」


「その子は」


「怒らなかった」


「泣きもしなかった」


「ただ」


「笑って」


「言った」


『お母さん』


『外に行ってくるね』


『みんなを助ける』


『大丈夫』


『ちゃんと帰ってくるから』


黄泉津大神の瞳から涙が溢れる。


「そして」


「帰ってこなかった」


静寂。


誰も言葉を発せない。


「私が」


「追いかけた」


「連れ戻そうとした」


「でも」


「……」


「気付いた時には」


「釘が」


「刺さっていた」


「釘?」


断姫が首を傾げる。


『まさか』


はっちゃんの顔色が変わる。


『呪年樹の……』


「え?」


「知ってるの?」


『あぁ』


『五寸釘』


『呪い』


『怨念』


『人の悪意』


『それを集め続けた釘だ』


『だが』


『一本だけ』


『別格の化け物がある』


「……」


『世界そのものを呪い殺すための釘』


『神すら殺す』


『最悪の呪具』


『"終焉の釘"』


冬華が青ざめる。


「そんなものが……」


『伝説だ』


『存在しちゃいけねぇ』


黄泉津大神は震えていた。


「……あの子は」


「その釘に」


「触れてしまった」


「そして」


「消えた」


「私は」


「見送った」


「……」


「だから」


「ありえない」


「ありえないのに」


「声がした」


「泣いてた」


「……」


「生きてる」


「まだ」


「生きてる」


夜禍が泣き出した。


「お姉ちゃん!」


マヨイも。


「会いたい!」


「お姉ちゃん!」


その時。


カクリが。


ぽつりと呟いた。


「会える」


「……え?」


「生きてるなら」


「会える」


「迷子なら」


「探す」


「困ってるなら」


「助ける」


「家族なら」


「帰る」


「……」


黄泉津大神が。


呆然とカクリを見る。


「あなたは……」


「本当に」


「変な子」


「うん」


「よく言われる」


すると。


ニコッ。


夜禍が笑った。


「カクリ」


「大好き」


「……うん」


「私も」


マヨイも笑う。


「僕も」


れいなが飛びつく。


「私もー!」


断姫も。


「私も!」


総長も苦笑した。


「まったく」


「騒がしい家族じゃ」


冬華も小さく笑う。


「ですね」


『へっ』


はっちゃんも笑う。


『人数増えすぎだろ』


その時だった。


ゴン。


最深層のさらに奥。


誰も知らない暗闇。


再び。


釘を打ち込む音が響いた。


ゴン。


ゴン。


ゴン。


そして。


少女の悲しそうな声。


「……だめ」


「まだ」


「来ちゃだめ」


「お母さん」


「みんな」


「お願い」


「ここは」


「すごく」


「怖いから」


その直後。


少女の声とは別の。


低く。


不気味な笑い声が。


暗闇の向こうから。


響いた。


「――――ヒヒッ」


その笑い声に。


黄泉津大神の顔から。


血の気が消えた。


「……嘘」


「なんで」


「なんであいつまで」


「そこにいるの……?」

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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